ローレンス伯爵の正体
……今、なんて言った?
異世界人が帰れる方法? っていうのは、俺とかヒナさんが、日本に帰れる方法ってこと?
「ああ、そうとも。君が帰った後に、有用な資料が見つかってね。だから慌てて、ここまで追いかけてきたのさ」
――「ちょっと気になることがあって、そっちに時間取られちゃって」。
もしかして、帰ってくるのが遅れたのは、元の世界へ帰る方法を探していたから?
それを、ローレンス伯爵が知っているのか?
「それで」硬く低い声で、ヒナさんは尋ねた。「その方法は、教えてくれるんですか?」
「私と結婚してくれたらね」
ローレンス伯爵は涼やかに笑って言う。
そしてそのまま、ヒナさんの方へ歩いて行った。
俺は身構えて、慎重に様子を見る。
「ねえ、どうして断ったんだい?」
「……すでに返答したはずです」
「納得がいかないな」
急に柔らかい声が、威圧的なものへと変わった。
「もっと別の答えがあるんじゃないか? でなければ、断るはずがないだろう」
緊張で、ヒナさんが息を詰めるのがわかった。
……やばい。
俺はなんやかんや、やつをストーカーと言いながら、そのやばさを理解出来ていなかった。
こいつは、ヒナさんへの思いを断ち切れなくてこうしているんじゃない。
断られた自分の自尊心が傷つけられたから、それをなかったことにしようとしているんだ。
どんな理由をつけても、こいつはきっと却下する。断られたことを、なかったことにしたいからだ。
今すぐ逃げよう、とヒナさんだけに念話を送る。けれど、ヒナさんは答えなかった。
「……その、身体の持ち主は。そんなことは言わない」
ヒナさんは男の目を真っ直ぐ見て言った。
「あなたは、ローレンス伯爵じゃない。
……いつまでそうして、彼の体を穢すつもりなの。お兄様」
ヒナさんがそう言った時、ローレンス伯爵はキョトンとした顔をし。
そして。
「――はは」
気が抜けたように、ローレンス伯爵は笑いだし。
「あははははははははははははははははははははははははははは!!」
まるで風船の口が緩んで噴射されるように、嗤う。
ローレンス伯爵はひとしきり嗤った後、ぐしゃぐしゃと髪をかいた。
「……なんだ。気づいていたのか。
まあ、お前が気づかないはずがないか。卑しい性格してるもんな、お前」
まるでホラー映画のように、その端正な顔立ちを醜悪に歪ませた。
「なんで、」
「おいおい、勘違いするなよ」ヒナさんが何か尋ねる前に、その男は遮った。
「僕は別に、お前との結婚なんて望んじゃいない。っていうか、お前となんて考えただけで吐き気がする。けど、お前ごときにフラれたこいつが可哀想だったから、代わりに――」
「違う」
今度はヒナさんが、低い声で遮る。
「なんで、彼の体に乗り移っているんですか。そもそも――どうして生きてるんですか」
「なんだよ。まるで生きていちゃ悪いみたいに」
ローレンス伯爵を名乗る男は、「ああでも」と続ける。
「あの女に殺された時は、本当に悔しかったなあ。――アイツの代わりに異世界に渡る方法を探してたんだろ? お前、あの女に盲信してたもんな。中身空っぽだから、依存して気持ちいいんだろ」
「ってか」男は、ヒナさんが答える前に勝手にしゃべり続ける。
「何、その髪色? ホント、あの女みたいにして気持ち悪い。お前のいいとこなんて金髪とその目の色ぐらいなのに、何勝手に変えてんの? 肌も薄汚ぇし。ってか、名前ヒナって何? アイツの――」
「死んだんだよ」
ヒナさんは、冷えきった声で返した。
「あの人は、死んだの。……私たちが、殺した」
「………………はあ?」
まるで意味がわからないというように、男は言う。
だが、気を取り直したのか、「ふうん」と言って、
「なんだ。アイツ死んだのかよ」
とつまらなさそうに言った。
「まあいいや。なあ、×××××××」
それは、俺の知らない名前だった。
とても長くて、流れるように綺麗な発音で、何だかとても、悲しい響きをした名前だった。
「俺と取引しないか」
「……」
「おいおい、そんな怖い顔すんなって。アイツ、死んだんだろ?」
ならさ、と男は言った。
「お前が俺の言うこと聞いてくれたら、アイツ、蘇らせてやるよ」
ヒナさんが明らかに動揺した。
男はニヤリと口角を釣り上げる。
「どうして生きているかって聞いたろ? そうだよ、俺は一度死んだ。けど、蘇ったんだ」
もったいつけるように区切って、男は言った。
「魔王エリゴールによってな」
その途端。
がたん、とヒナさんの身体が崩れ落ちた。
肩下げのバッグに入っていた俺も、ガタンと音を立てて落ちる。
「……、あ、」
瞬く間もなかった。というか、何が起こったのかわからなかった。
ヒナさんは声が出なくなり、身体が動かなくなっていた。
「あは、……あはははは! なんだよ、簡単じゃないか!」
ヒナさんを見下ろしながら、男は嗤う。
「ローレンス伯爵も、お前も! こうも簡単に精神を縛れる! 身体も動かせなくなる! すごい、すごい! これで僕も用済みじゃない!! お前みたいに、心が読めるだけの能無しじゃなくなるんだ!!」
ヒナさんは、かろうじて指を動かした。
それを見た男が、笑うのを止める。
「なんだよ。動きやがって。くそが」
そして不愉快そうに見下ろして、ヒナさんの指を、踏み潰そうとした。
けれど、それは出来なかった。
周りの空間がぐにゃりと歪み、ヒナさんは吸い込まれる様に消えたからだ。
床に落ちたバッグだけが、そこに取り残される。
「……は?」
理解できないとばかりに、男が呆然と立ち尽くす。
その中で俺は、『スキル:跳躍』を使って、バッグの中から出た。
「は、お前、……宝箱が跳ねてる? は?」
今目にしている現実が何なのかわからないのだろう。
まあ、ヒナさんと二人きりで話をしてるつもりだっただろうし。バッグの中にミミックがいるなんて、思いもしないよな。
『いい加減、その汚い口を閉じてもらおうか』
俺は男に向き合う。
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