訳が分からないまま突撃しました
「逃げる俺サイテーすぎる」と、「ヒナさんの『大切な人』って誰なんだろう」がグルグルと頭から駆け回って、夜が明けた。
別に睡眠をとる必要はないんだけど、身体に悪いことをした気分だ。こころなしか頭がフラフラしてる。
いや、もっと考えることあっただろう。
例えば、ギルドマスターが言っていたこと。
――「裏に何かがあるのか」。
その時、ヒナさんの様子は明らかにおかしかった。
もしギルドマスターの言う通りなら、ヒナさんへの好意ではない何かでこの行動を起こしたことになる。その場合、ヒナさんに求婚することで何か利益があるってことか?
けど、もし。
もし、ローレンス伯爵が、純粋にヒナさんが好きでやってるのだとしたら。
やつの行動は明らかにアウトだ。ストーカーである。だけどもし、俺がローレンス伯爵なら、告白して諦められただろうか。
――「とても大切な人と」。
あの言葉で、衝動的に俺は逃げ出した。もし理性が勝っていたなら、最後までヒナさんの話を聞いていたはずだ。
そんな俺が、告白してフラれて、同じことをしないとは言いきれない。
――ローレンス伯爵の求婚を受けて、酷く強ばったヒナさんの顔を思い出す。
……なんか、メルランのひと言といい、リンのことといい、ここに来てから、俺って結構サイテーなんだなって思う回数が増えたな。前世はこんなことなかったんだけど、俺ってかなりノーテンキ?
まあそもそも、前世では告白する勇気もなかったんですけどね。
そう考えると、ミミックになって、喋れない・歩けない・戦えない宝箱の姿になっても、人間の姿になって告白しようと思うとかすごいな、俺。
だけど。
例え人間の姿をとったとしても、ヒナさんが想いを返してくれるとは限らない。
そして俺の好意が、ヒナさんにとって良いものとも限らない。リンにとって「女として見られる」ことが苦痛であるように。
そもそも人間の姿をとれたとしても、俺はやっぱりミミックなわけで。
メルランは「珍しくない」と言っていたけれど、魔物からそういう風に見られていたなんて知られた時、ヒナさんは嫌だと思ったりしないだろうか。
……いかん。今回関係ない所までネガティブ思考に走っとる。
ちょっとその辺散歩しようと思った時。
「ヒムロさん!」
……今会うのが一番気まずい人から、声を掛けられた。
だけど聞こえなかった振りをするのは、罪悪感があって。
というか、もう反射神経っていうか。
ヒナさんの声を聞いたら、勝手に体が反応するんだよな。
ああもう、男は度胸、悪いことしたらごめんなさいだ!
『ヒナさん。……昨日はごめ!』
「あのね、ヒムロさん。今日、ローレンス伯爵家に行く」
ん、と言おうとした時、ひゅっ、と小石が頭を掠めて飛んできたような気持ちになった。
暫く頭の中で、宇宙を呆けた顔で見つめる猫が浮かぶ。
『……なんで!?』
思わずツッコんでしまった。
いや、本当になんで? 昨日あれだけ嫌がってたじゃん!? あ、もしかして昨日の心当たりを探るため!? いや敵の本拠地に向かうの危険すぎじゃない!?
念話が思考についていけず、『なんで』としか言えない俺に、「だから」とヒナさんは言って、
その場で正座して、俺に頭を下げた。
「一緒に来てください! ヒムロさん!」
『…………へ?』
セーレにあるローレンス伯爵の住宅は、所謂高級住宅街にあるらしい。
セーレは大きな川が流れており、その真ん中には島がある。そのそばのアパルトマンだそうだ。
……なんていうか、高級住宅街と言う割には、静かというか、意外と地味だ。
もっときらびやかか、ものすごく広い敷地を持つお屋敷のイメージを持ってたんだけど。
「この辺りは高級住宅街と言っても、派手じゃないお金持ちが住んでるから。住むのがステータスなんだよ」
ヒナさんの言葉に、そんなもんなのか、と納得する。
ヒナさんが呼び鈴を鳴らすと、使用人らしい男性が現れた。
「荷物をお持ちします」という男性の言葉に、ヒナさんはサラッと断って奥に進む。
大きく開かれた窓のそばで、薄手のカーテンがヒラヒラと舞っていた。
そこに、長髪の金髪を持つ男が立っている。
「――来てくれて嬉しいよ」
「……本日はお招きありがとうございます」
変わらず柔らかい声で言う伯爵に、ヒナさんはいつもより低い声でそう言った。
……なお、俺は今、ヒナさんが持つバッグの中にいる。
ヒナさんに、「伯爵家に行くから、一緒についてきて欲しい」と言われて、俺は仰天した。
「彼から聞きたいことがあるの。ヒムロさんには、それをこっそり聞いて欲しい」と言われて、それ以外なんも返さなかった。
勢いに流されて、うっかり頷いてここまで来てしまったけれど、ついてくるのが俺でよかったんだろうか。ヒナさんは強いけど、求婚を求めてきた男の家に入るなんて、どんな危険があるかわからないのに。
――その時、ある考えを思いついた。
上手くいくかはわからない。けどいざとなったらソレを使おうと決意して、俺は魔力感知で視覚と聴覚を拾う。元々目とか耳とかないので、バッグの中にいてもわかるのだ。
「立っていないで、座りなよ」
ギルドの時とはうってかわり、ローレンス伯爵は砕けた口調で、ワイシャツにズボンというラフな格好をしていた。
「私の話を受けに来たんだろう?」
「手紙、見ました。あなたがくれた贈り物の中の一つに。……本当に見つかったんですか」
ヒナさんは立ったまま、次の言葉を言った。
「異世界に渡る方法を――異世界人が帰れる方法が、本当に見つかったんですか」
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