この衝動は本物だ
彼女の小さな耳には、少しだけ光る青い水晶の石が揺れていた。形は特に述べるような特徴は無い、丸い形にカットされたものだ。
地味かな、と思ったけど、自分のセンスに自信がなかったので、無難なものを選んでしまった。けれど、ヒナさんは心から喜んでくれたみたいで、しきりにピアスの水晶を触っている。
「わ、わー! 本当にありがとう! もうなんて言うか、えっと…………」
暫く考えて、黙る。
悔しそうに唇をかみしめて、ヒナさんは言った。
「語彙力が……語彙力が欲しい……」
限界オタクの嘆きかな?
「ごめん。私、うまく言えなくて……」
『いいって。そこまで喜んでもらえて嬉しいよ』
むしろここまで喜んでくれたのに、ギャグに走った自分が恥ずかしい。何考えてあんなことやったんだ、数分前の俺。
ちょっと自己嫌悪していると、ヒナさんが「本当に嬉しいんだよ」と言って、それから照れくさそうに笑った。
「男の人からプレゼント貰うの、初めてだ」
……その言葉に、無いはずの心臓が止まりそうだった。
『……な、ないんだ』
「うん。ヒムロさんが初めて」
ありがとう、とヒナさんははにかむ。
その笑顔を見ただけで。
この体は酸素なんて必要ないのに、息が出来なくなりそうだった。
ずっと俺は、ヒナさんに「男」として見られたいと思っていた。そう見られるために、人の姿を取れるよう、頑張ろうと。
けど最初から、ヒナさんは宝箱の姿の俺でも、「男の人」だと思ってくれてたんだ。
それがどうしようもなく、言葉にできないぐらい、本当に嬉しかった。
――と同時に、それがイコール『恋愛対象』という意味では無いこともわかるわけで。
うん、勘違いしちゃいかんぞ俺。そういうのは本当に良くない。
……勘違いしちゃ、いけないけど。
俺はヒナさんのことが好きだ、と。
確信めいたなにかが、すとん、と収まるところに落ちてきた。
『……それ、ヒナさんと会った時、ダンジョンで取ってきた水晶なんだ』
俺がそう言うと、「あ、やっぱりそうなんだ」とヒナさんが言う。
「見たことあるなって思ってたんだけど、お店で水晶のピアスが売ってあったのかなって」
『加工してもらったんだ』
あの時、ヒナさんととった青い水晶は、半分はヒナさんに譲ったけど、もう半分はとっておいた。
多分ダンジョンを出る時には、「そうしたい」とどこかで思っていたんだろう。
『初めて会った時、ヒナさんの目が水晶みたいだって思ったから』
そう言うと、ヒナさんはピアスに触れる手を止めた。
……な、なんか滅茶苦茶キザっぽいこと言ったぞ、俺。
ギルドの中が、妙に静かになる。皆素知らぬ顔で酒を飲んだり、ご飯を食べてるように見えたけど、こちらの会話に聞き耳を立ててたんだろうか。
ヒナさんだけでなく、リンもメルランもなんも言わない。う、うわー!
『ごめんさっきの忘れて、じゃ!』
「待って待って待って!」
『スキル:跳躍』でカウンター席から飛び降りようとした瞬間、ものすごい力で引き寄せられた。
「あれ!? っていうかヒムロさん移動出来るようになったんだ!? おめでとう!」
『あ り が と う!!』
ヤケになってお礼を言う。
ジタバタ暴れるとヒナさんに迷惑が掛かりそうなので、大人しく動きを止めた。逃げ出さないとわかったのか、ヒナさんは隣の席に俺を置く。
ヒナさんの顔を見ると、ヒナさんはほんの少し顔を赤くしていた。
「そう思ってくれたの、本当に嬉しいよ。……ありがとう」
『……どういたしまして』
なんかもう、格好がつかない状態で、なんて返せばいいんだか。
だけど、ヒナさんのその態度に、俺は改めて思った。
誰かの真似事でも、なぞり書きでもない。
この衝動は本物だ。
心臓なんかなくても、血なんか流れてなくても、全力で走ったみたいに、俺の体がバクバクと言っている。
俺はこの人が好きなのだと、二度も確信してしまった。
それから料理が運ばれてきて、そのまま食事の時間になった。ちなみにメルランの奢りでは無く、リンがカンパしてくれたものだ。
「まだ新人冒険者のお祝いもしてなかったことだしね」と言って、買って出てくれたのである。なんて言うかリンって、本当に男前だよな。この男前って言葉、なんか言い換えれたらいいけど。
「い、いいのかな? ヒムロさんのお祝いなのに、私が食べちゃって……」
『いいよ、俺食べられないし』
それに皆集まってきて、好き勝手食べてるし。
早く人間の姿になって、ご飯を食べられるようになりたいもんだ。
……あ。
『ヒナさんの好きな料理って何?』
いつか人間の姿をとれるようになったら、ヒナさんと一緒に食べに行きたい。
そんな下心を隠しつつ聞いてみると、ヒナさんは少し、食べている手を止めた。
「……大体のものは好きなんだけど」
『けど?』
「――おにぎり。おにぎりを、食べてみたいな」
……食べてみたいな?
『ヒナさん、前の世界でおにぎり食べたことないの?』
俺がそう聞くと、「あ、ヒムロさんのね!?」とヒナさんは言う。
「ヒムロさんが作ってくれたおにぎりを、いつか食べてみたいなーって。……あ、厚かましいかな?」
『い、いいけど……人間の姿になれたら』
……ヒナさん、なんていうか、天然って言うか、思わせぶりなことを言うよなあ。頭の中で「俺のために味噌汁を作って欲しい」っていうプロポーズがよぎったんだけど。
いや勿論、勘違いしませんけどね。ええ。
ドギマギしながら返す俺は、気づかなかった。
ヒナさんがどこか、遠い目をしていることに。
その言葉に、どれほどの感情を抱えていたのか。
俺はこの後、身を引き裂かれるような想いとともに、思い知ることになる。
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