君が決めること

 俺は、リンに正直に話した。

 

 ――思えば、前世は人に自分の悩みを話すことがほとんど無かったな、なんて思う。

 仕事関係とか、ネタになるような悩みならしたことがある。

 だけど基本は、誰かがボケて、誰かがツッコミを入れるとか、そう言った役割を持ってノリを壊さず話す、みたいな。

 マジな悩みなんて話したら、シラケるか、冷やかされるかだろうと思っていた。

 まあ、そもそもそんなに悩んだことがないんだけどね。


 リンは真面目な顔をしたまま、相槌を打つこともなく、黙って話を聞いていた。

 全部話し終えてから、リンはしかめっ面をし、ハア、と重くため息をついた。

 え、何かまずいこと言ったか俺?

 そう思ったが、リンは片手で手を覆い、「ごめん」と言った。



「私は、あまり役に立ちそうにない」

『あ、いや。いいよ』



 というか、謝ることでもないし。

 俺だって、「好きな子が弱いことを望んでいるんだね」と言われて悩んでる、とか言われても、返答に困るわ。

 そして場が、シンと静まる。


 き、気まずい。


『そう言われてちょっと戸惑っただけで、そこまで深刻に悩んでる訳じゃないから~』とか言おうとしたところで、リンは顔を上げた。


「……私は、そもそも恋愛感情と性的な感情がわからないから」

『恋愛感情と性的な感情がわからない?』

「やっぱり、おかしい?」


 リンが戸惑ったように返した。

 俺には想像がつかなかったから、深く考えず聞き返しちゃったけど。


『おかしいとは思わないけど』

「……そう」


 リンは、何かを言おうとして、またやめる。

 珍しいな。リンがここまで言いづらそうにしてるの。いつもは人が躊躇うようなことでも、スパ、ズバ、ってキレッキレに話すのに。


「私には多分、そういう執着や衝動がない。きっと、これからも恋愛することも、相手に対して性的な欲求も湧かないと思う」

『う、うん』

「だから……私にとって、恋愛も性欲も、みんな演じているように見える」


 リンはゆっくりと話し始めた。


「性的なことを言えば褒めたことになるとか。寝たら本物の『男』や『女』の仲間入りになるとか。性的に褒められないやつは『かわいそう』で、一度も寝たことがないやつは『恥ずかしい』とか。

 自分の立ち位置とか、役どころを守るために、誰かがやっていたことを真似してるように見える」


 ……それは、そうかもしれない。

 さっき、自分の悩みより、「役割」とか「ノリ」を重視していたことを思い出す。

 童貞は笑って当然とか、性的な話題やモノを拒否するやつは潔癖だとか。その人が好きとか、性欲でその話をしているというより、「身内で盛り上がるため」「バカにされないため」に話していたような気がした。


 そもそも俺、ヒナさんの何が好きだって言うんだ?

 単に寂しかったところを、初めて声をかけられて、助けられて、懐いて。

 前世じゃ彼女なんていなかったから、『リア充になれる』とか、優しくてかわいい子に舞い上がっただけなんじゃないか?


 ……あれ。

 俺、「弱いヒナさんを望んでいる」とか以前に、自分が考えていることすらスッカスカだったんじゃね!?



「どうした、マコト」

『いや……こんなに物事を考えたことなかったから、頭がショートしてる……』



 ……なんか、本来悩んでいたところから遠のいているような。

 これ以上は、考えるだけ悪化するんでは?

 と思うのに、頭が勝手に振り出しに戻る。なんだこのループ。俺こんなに暗かったっけ? あれ?


「そんなだから、私には恋愛がどうとかは、何も言えない」けど、とリンは言った。




「ヒナがマコトを連れてきてから、楽しそうだってことはわかるよ」




 その言葉を聞いて、俺はあっさりと負のループから抜け出した。



『……ヒナさんは、元々明るい人だと思ってたけど』

「明るいし、人懐っこい。けど、あそこまで誰かを気にかけているのは見たことがないし、マコトと一緒にいると楽しそうだ」 


 リンはほんの少し笑って言った。


「ヒナが素直なのは、マコトもわかってるんじゃないか?」

『……』


 思い出すのは、ヒナさんの笑顔だ。

 っていうか、笑顔しか思い出せない。それぐらい、いつも楽しそうに笑っていた。

 あれは彼女の気遣いとか、優しさからだとどこかで思っていたけれど。

 俺と一緒にいて、楽しいと思ってくれていたのだろうか。

 それが本当だとしたら、どれだけ嬉しいことだろう。



「それに魔族がどうとか、人間がどうとか、男がどうとか、そういうものには反発したくなるんだ」


「私がこんなだからね」と、リンは言った。


「他の人は平気なのに、ここまで性的な視線を避けようとする自分が、人間的にも生物的にもおかしいんじゃないかって悩んだこともあったけど。……ヒナが、言ってくれたんだ」


 懐かしむように、誇らしげに、リンは言った。


「『リンちゃんが傷つくことは、リンちゃんが決めることなんだから、なんもおかしくない。他人が口出しする方がおかしい』って」


 だから、とリンは言った。


「ヒナのことはヒナが決める。だから、君は君のことを決めたらいいと思う」


 

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