男として見られたいミミックと、女として見られたくない剣士
■
リンは対戦者と向き合っていた。
二人は悠然と立っていたが、そばで見ている俺は緊張していた。
うっかり気を抜けば、二人が動き出す瞬間を見逃してしまう。二人がいつ動きだしてもいいように、注意深く見ていたのだ。
――動く!
俺はすかさず『スキル:防御結界』を使用する。
対象は俺でも、リンでもない。リンが持つ
『スキル:防御結界』は対象をモノに変えれば、武器の耐久度を上げ、ダメージをゼロにすることができる。また、全体に張ると対象者が身動きが取れず、こちらが攻撃を仕掛ける前に追撃で負けてしまう。
覚えたスキルは最大限使えるようにするため、こうやってリンの指導のもと練習していた。
リンの
相手は素手ではあるが、魔力を纏うことで防御していた。研ぎ澄まされた技は、防御結界だけではなく、
リンの
なんとか、防御結界を破壊されずに受け流すことが出来た。
「……ふむ。やはり、筋がいい」
リンの対戦者――ジョージ神父が言った。
渋くダンディな声色は、ゆったりとした喋り方でありながら、なんとなく威圧感もある。格闘技と治癒魔法が使える
「攻撃の方向を見極め、最小限の結界を張ることで、
『いや……剣道を授業でかじった程度です』
強いて言うなら、格闘ゲームやってました。
俺が愛好していた格闘ゲームは、シールドでガードすると硬直し、連撃を食らうとシールドが破壊されて負けてしまう。だが、攻撃を受けた瞬間にシールドを解除すると、攻撃を完全にバリアすることができる。
タイミングを見極めることで、いかにフレーム短縮させるかが問題なんだよな。
とはいえ、二人の動きは完全には追えていないし、何より二人の気迫に負けてスキルの発動がギリギリだ。気を抜けば発動する前に終わってしまっている。
これが練習じゃなかったら、間違いなく防御結界を張る前にボッコボコにされてただろう。
もっとも、戦うのは俺じゃなくて、リンだけどね。リンなら俺の援護なしに戦えるだろうし。
ギルドの演習場を後にするジョージ神父を見て、俺は遠い目をした。
あの人、あれだけ強いのに、冒険者じゃなくてギルドの受付やってるんだよな。何でだろ。
「お疲れ様。少し休憩入れて、仕事行こう」
『ああ、うん』
リンの言葉に、俺は上擦った声で返す。
……この数日で、何とかヒナさんへ贈るピアスの金額はだいたい貯まった。
付き合ってくれたリンが、こっそり多めに報酬金を俺に分けてくれたっぽい。
そのことについてお礼を言おうかと思ったけど、言ったら言ったらで「一々感謝しないで」と言われそうだから、心の中で両手を合わせて感謝した。
だけど。
ヒナさんへの贈り物を思い出す度、メルランの言葉が蘇る。
――「つまり君は、自分より弱いヒナを望んでいるんだね?」。
そうじゃない、と思うのに、反論出来なかった。
言語化できないってことは、その通りだったりするのか、とか。
「……どうしたの?」
『あ、いや!』
ぼーっとしていたのだろうか。リンに声をかけられて、俺はなんでもない、と誤魔化す。
だがリンは、じーっと俺を真顔で見ていた。
……まずい。
このままだと、白状するまで睨まれそう。
けど、昨日のことを正直に言いたくはなかった。リンの独特な言葉選びでは、さらに追い打ちくらいそうだし。
なんだ、何言って誤魔化す。ヒナさんに関係しないで、かつなんとなく関係しそうなワードは……!
『そ、その! リンって、強いよなって!』
「うん?」
『ヒナさんも強いんだよな。ギルドの皆が、よく噂してるよ』
「強さ」という話題で、俺は突破することにした。
「ヒナとリン、果たしてどちらが『最強の女』なのか?」――ギルドのテーブル席で、聞こえてきた会話だった。
『冒険者たちって、たまにギルド内のメンバーで試合やってるんだろ? ヒナさんとリンは戦うことあるのかなって』
「ない」
キッパリと、リンは言った。
「私は、ヒナとは絶対に戦わないことにしている」
『え、そうなの? なんで?』
「女同士が真面目に戦闘をしていても、ストリップショーだと思われるから」
呑気に「二人が出たら盛り上がるだろうに」と思っていた俺は、冷水を頭から掛けられたような気分だった。
「皆がそうってわけじゃないけど。試合中に聞こえてきたりするんだ。服が破れたらエロいとか、尻の形がいいとか。胸が大きくて揺れるとか、胸が小さいのも価値があるとか」
淡々と、リンは続ける。
「私は、剣士以外の仕事をしたくない。性的な対象として見られたくない。だから基本的には体の線が出づらい服を着てるし、出来ることなら女をやめたい。……私は私として見られたい、それだけなんだけどね」
リンは、そう言って目を伏せる。
俺は。
リンを最初に見た時、膨らんだ胸で性別を判断してした。
「膨らんだ胸を見ないと女だとわからなかった」ことは失礼な行為だと思ったけど、そもそもリンは「女」として見られたくなかったんじゃないか。
「……どうしたんだ。黙り込んで」
『いや、あの……反省してる』
「は?」
さすがに、真面目に試合をしている選手に向かって、そんなことを言ったことはないけれど。
そういうことを心の中でしてきた記憶は、俺にもあった。同性同士で、そんな会話をすることもあった。
そうすることが「男として当然」だと思った。
――「女同士が真面目に戦闘をしていても、ストリップショーだと思われるから」
リンのこの言葉を聞くまで、「それをされた人はどう思うか」なんて、考えたことがなかった。
「で、本当は何を話したかったんだ」
『え?』
「メルランと話した時から、様子がおかしかった。何か言われた?」
メルランの名前が出て、俺は声が出ないほど驚いた。なんだリン。エスパーなのか!?
「あいつはろくでなしの人でなしだから、耳を貸さない方がいい」しれっとリンは言う。
……これリンが鋭いのか、メルランに信用がないのか、どっちだろ。
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