強くなりたいんだ

「でも、ヒナなら喜ぶんじゃない。ピアスとかどう?」


 事なげに言うリンに、俺はダメージを喰らいつつ『ホント……?』と返す。

 そう言えばヒナさん、毎日ピアスを変えていた気がする。



「なんの話をしているんだい?」



 と、そこでやって来たのが、メルランだ。

 出会った時の魔術師然とした姿とは違い、ピンクがかったくせのある銀髪をリボンで一つにまとめて、黒いワイシャツと長ズボンを履いている。

 ……くそう、カッコイイ。某カジュアル専門店の広告に出てそう。


「マコトが、ヒナにピアスを贈りたいんだって」

「おや。それはまた」


 メルランは俺たちがいるカウンター席に座った。


「そう言えば、マスターが呼んでいたよ、リン」

「え、何で?」

「さあ」優雅にメルランは笑った。「私の問題行動についてじゃない?」


 ……それはメルランが聞くべきことなのでは?

 と思ったが、リンは「そうだ。あんたのノルマとマコトの指導の件、相談しよう」と言って、席を立つ。

 メルランは飲み物が入ったグラスをテーブルに置いた。カランと浮いていた丸い氷がグラスにぶつかる。

 それで、とメルランは言った。




「ヒナにプロポーズするのかい?」




 ――もしここで何かを飲んでいたら、俺は確実に吹き出していた。

 実際には念話の乱れでなんとかなったけど。



『なななななに言ってんの!?』

「おや、違うのかい? 君から彼女への性欲の気が流れているのだけ――」

『うわぁぁぁぁ!?』



 何、エルフって人の心が読めるんだっけ!? それとも俺がわかりやすいってこと!? ミミック(宝箱)なのに!?

 ――ってかミミックの性欲って何!? 精神は氷室真斗だけど、肉体には性別がないんですが!?



『違うから! 感謝! 感謝の気持ちを込めるだけだから!

 大体、俺ミミックで、ヒナさんは人間だろ!?』

「えー、別に珍しくともないよ?」



 メルランは自分の顔を指さしながら言った。「私、人間とエルフと夢魔の血が混ざってるし」


 メルランの言葉に、俺はちょっと驚く。エルフだけじゃなかったのか。

 同時に、性欲うんぬんは夢魔の血が混ざってるからか、と納得した。

 


「特にこの地域じゃ、人間を名乗るヒトも、いくらか魔族や魔物の血が混ざってたりするんじゃないかな?」

『そうなの?』

「魔王セーレは、人間の花嫁を迎えていたからね。300年前、魔王と花嫁がこの地を治めていたから、異種婚姻は珍しくなかったのさ」



 そう言えば、ちょくちょく聞くな。魔王セーレ。

 この街の名前でもあるし、俺がいたあのダンジョンも魔王が作ったって言ってたし。



「まあ勿論、ヒトにはそれぞれ好みや性的指向があるからね。人間と同じ形がいいと思うヒトもいれば、人間と同じ形では発情できないヒトもいるし。――そこのところは、君が形を変えればいいと思うけどね?」

『……だから、頑張ってんだよ』



 俺は開き直って、白状するゲロることに決めた。

 レベルアップして、人の姿に擬態できるようになる。そう決めていたけど、いざ仕事を始めるとそれだけじゃダメな気がしてきた。





 ここで過ごせば過ごすほど、彼女がすごい人なんだってことがわかる。


 冒険者ギルドは、全員が戦闘員というわけじゃない。

 例えばギルドマスター。彼女は人魚で、陸では歩けず魔導車椅子を利用している。本来人魚は人間の姿をとれば歩けるのがほとんどらしい。けれど彼女は人間の姿のまま生まれ、水中で泳ぐことも出来なかったそうだ。なのに歩けば痛みが走ってしまうという。

「魔法は使えるけど達人級というわけではなく、戦闘力もそこまで高くない」。そう言ったのはギルドマスター本人だった。

 ハンディがあるのに、それをカバーできるような特別な才能があるわけじゃない。

 そんな自分がマスターをやるからこそ、自分にはどうしようもない欠点があっても、気負わず、負い目を感じず、普通に仕事が出来るギルドにしたい。俺がギルドに入ったばかりの頃、そう言っていた。

 そんなギルドマスターだから、リンの「過剰な謝罪と感謝はいらない」を聞いた時、なるほどね、と思ったものだ。

 ……まあ特別な才能があるわけじゃない、っていうのは、嘘だって後からわかったんだけど。それはさておき。


 そんな彼女の意向もあって、冒険者ギルドは戦闘に特化したものばかりではない。けれど、戦闘員の質はかなり高い。

 その中でも、ヒナさんとリンはトップクラスだ。

 ギルドで話す時、強いメンバーは誰だという話題が出てくるんだけど、その中で必ず二人の名前が出てくる。

 

 やっぱりというか。

 ヒナさんが一人であっさり魔猪を倒すのは、他の人ではそう出来ないことらしい。

 わかっていたんだけど、達人がやってると簡単に出来るって勘違いするじゃん。おまけにヒナさんのおかげで、ぐんぐんレベルが上がったわけで。あの域にすぐに達せられるとか思ってました。

 メルランの「300年かけて8レベルってどういうことだよ」と思ったけど、本当に頑張らないとレベルって上がるもんじゃないんだな。


 そんな俺がこんなことを考えるなんて、傲慢かもしれないけど。




『強くなりたいんだ。ヒナさんを守れるように』




 それぐらいならないと、ヒナさんに告白なんて出来ない気がした。


 俺がそう言うと、ふむ、とメルランは言った。





「つまり君は、自分より弱いヒナを望んでいるんだね?」




 ……その言葉を聞いて、俺は呼吸が止まったような感覚に陥った。


「まあ魔族の男と比べて、人間の男は自分より弱い存在と性交したい傾向があるからね」事なげにメルランはそう言う。


「精神が人間なら、そういう考えにもなるのかな」

『ちょ、ちょっと待ってくれ』


 我に返って、俺は遮った。


『俺はそんなつもりで言ったんじゃ……』


 ヒナさんが、魔猪を倒した時を思い出す。

 俺は、強いヒナさんが好きだ。カッコイイと思ったし、得意げに笑うのがかわいいと思った。

 そんな彼女に並び立つためには、強くならないといけないと思ったからで。

 決して、弱いヒナさんを望んだわけでは……。



 たとえば、歩けなくて背負われてばかりの自分とか。

 ヒナさんばかりに頼って、戦えない自分とか。

 ヒナさんの力を借りて、ようやく喋ることが出来た自分とか。

 そういう欠点やコンプレックスを、ヒナさんを持ち下げることで無くそうとしたいとか。

 そんなことを、思わなかったなんて言えるだろうな。

 

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