ヒナさんへ贈り物をするために
君に感謝を伝えたい
俺がヒナさんと出会って、一ヶ月が過ぎた。
ヒナさんと契約した俺だったけど、この一ヶ月はリンさんが俺の指導係として面倒を見てくれた。
この一ヶ月間、早かったような、短かったような。
慣れない環境(と慣れない身体)や仕事もあって、かなり目まぐるしい日々を送っていた。このいっぱいいっぱいな感じ、入社時期を思い出す。
ただ、入社時期とは違い、このギルドは皆、出来ないことへの埋め合わせや、失敗に対するアフターフォローが上手かった。
「移動を頼む度、『ごめん』とか、『ありがとう』とか、そう何度も言わなくていいから」
俺にそう言ったのは、リンさんである。
「人に迷惑をかけてはいけない」「なにかして貰ったら必ず感謝する」を教育されたザ・日本人の俺は、人に頼んで移動する時、息をするように謝ったり感謝していた。
俺はそれに対して特に何も思わなかったけど、リンさん曰く「移動の自由と引き換えに、私たちが謝罪や感謝を強要している」ように見えて、居心地が悪かったらしい。
「あと、出来ることを出来ないことで帳消しにしなくていい」
これは、俺が戦闘にほぼ参加できず『スキル:収納』を使う度、『これぐらいのことしか出来なくてごめん』と謝った時のことだ。
俺は謙虚さを表していたんだが、彼女には卑下しているように見えたらしい。
「レベルや経験の差はあれど、所属する以上皆対等だよ。それなのにへりくだって身を守らないといけないほど、私たちって冷たく見える?」
『そんなつもりじゃ!』
慌てて否定する俺に、ふう、とリンさんが息をついた。
「ここはギルドだ。個人が出来ないことを、出来る誰かがやるようになっている。それが当然。
一々謝ったり感謝しなくたって、私は君を見捨てないし、君も私を見捨てないでしょ」
『リンさん……』
その言葉に、俺は胸を打たれ。
「あと、私に『さん』はいらない。気色悪い」
……その後の独特な言葉選びに、そこそこ傷ついた。
多分この『気色悪い』は、『水臭い』とか『居心地が悪い』とか、その辺りのニュアンスで使っているとは思うんだけどね。一歩間違えたらパワハラでは?
そんなわけで、俺は今、彼女のことを『リン』と呼び、リンは俺の事を『マコト』と呼んでいる。
ちなみにヒナさんは、俺の事をまだ『ヒムロさん』呼びしていた。
……距離を置きたくて苗字呼びされてたらどうしよう。
と、最初はそんな風に不安になってたけど、
「ヒームーローさぁーん!! 指導期間おつかれさまー!」
仕事からギルドに戻った時、真夏の太陽も逃げ出すほど満面の笑みを浮かべ、手を振って俺に駆け寄ってくれるヒナさん。
――ネガティブ思考とか、一瞬で消えたよね!
あれだ。皆ファーストネームで呼ぶ文化だけど、元・日本人のヒナさんは、前世の記憶に乗っ取って名字読みしているだけなのかもしれない。
ほら、クラスメイトや同僚でも、特に異性相手は苗字で呼びがちじゃん? 多分そんな感じだよ、うん。
いや、本人に聞けって話なんですけどね?
だけど目下、俺には彼女に伝えないといけないことがあった。今はそのことで頭がいっぱいなわけで。
ヒナさんはボードに貼ってあった依頼書を何枚か取ってきて、俺に見せる。
「いよいよパーティー組めるね! ヒムロさん、どこの仕事受けたい!?」
『あ、それなんだけど』
どうしよう。
このキラキラな目に満面の笑みを見ると、すごく言いづらい。
けれどどうしてもやりたいことがあって、俺は頑張って言葉を選び、ヒナさんに言った。
『もう少し、リンさんから教えて欲しいことがあって、指導期間が伸びる……かも……』
――笑顔のまま、ヒナさんが固まった。
そして動かない。
その様子に、俺は慌てて言い直す。
『あ、後一週間! 一週間で終わるから!』
「いっしゅうかん……?」
『うん! 一週間!!』
子鹿のように震えて復唱するヒナさん。俺は激しく首を振るかわりに、蓋をものすごい勢いでパカパカさせた。レベルアップで上がった素早さがここに現れる。
『一週間後に!!! 冒険者ギルドで!!!』
「……わかった! 一週間後だね!」
力強くヒナさんは承諾してくれた。ホッと胸を撫で下ろす。撫で下ろす胸がないけど。
じゃあこれ戻してこよ、とヒナさんはいつもの明るい様子に戻って、ボードへ向かっていく。
一部始終をそばで見ていたリンが、珍しくニヤニヤした顔で言った。
「一週間で、ノルマが達成できるかな?」
『うう』
我ながら、馬鹿なことをしてしまったと思う。けれど、あんな顔を見たら……早めに終わらせたくなるじゃん……。
「まあ、ヒナもずいぶん楽しみにしてたし。一週間で頑張ってみようか」
『よろしくお願いします……』
助け合うのが当然だと言っても、頼む時はちゃんと頼むし、してもらって嬉しかったら、やっぱり感謝したいよね。そっちの方が気持ちいいし。
俺は今、ヒナさんへの贈り物のために、お金を貯めていた。
言っておくけど、下心からの贈り物じゃない。
っていうか、この体で贈り物しても、ギャグにしかなんないし。プレゼントの箱がプレゼントするようなもんだ。
これはあの時、冒険者ギルドに連れて来てくれたヒナさんへの感謝の気持ちである。
ずっと一人ぼっちだった俺は、移動することも、誰かに話しかけることも出来なかった。
ヒナさんが気づかない限り、俺は死ぬまでそうしていたかもしれない。
この体は睡眠が要らない。
だけどふとした瞬間、そして時間が経てば経つほど、あの冷たくて、固くて、暗いダンジョンにいたことを思い出す。
人が通り掛かっても素通りされて、透明になったようなあの感覚。元々血なんて通っちゃいないのに、体がすうっと冷えていく。
そんな時に、必ずヒナさんはやってくる。
ヒナさんが近くに来て、笑って、たくさん話しかけてくれるたび、俺は今が『夢じゃない』ことを知る。
それが本当に嬉しいから、形のあるもので感謝したかった。
……で、何を贈ろうかと悩み、リンに相談したのである。
この街に来た時、宝石店もあるって聞いたし。やっぱ女性に贈るなら、アクセサリーがいいかなって思ったわけで。
しかし。
「趣味のあわないアクセサリーって、もらっても処分に困るけどね」
リンの率直な意見に、女性に贈り物なんてしたことない俺はダメージを食らった。
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