ヒナさん! 空からエルフと剣士が!?

 ずっと暗い場所にいたせいだろう。

 ダンジョンから出ると、目が潰れるんじゃないかと思うぐらい、日差しが眩しかった。目、ないけど。


 明るさに慣れていくと、ようやくヒナさんの姿をちゃんと確認することが出来た。

 ヒナさんの髪色は、黒ではなく、ところどころ落ち着いた赤色が混ざっていた。温かみのあるその髪は、ポニーテールにしてまとめられている。『馬のしっぽ』という名前の通り、彼女の動きに合わせて、襟足がゆらゆらと揺れていた。

 ダンジョンにいた時から分かっていたけど、ヒナさんは美人だ。

「目は口ほどものを言う」という言葉があるけど、青い大きな目はキラキラしていて、好奇心旺盛なその様子は少年っぽさがある。

 肌は健康的に焼けていて、ローブから伸びる腕や脚は綺麗だ。

 ……いや、変な意味じゃなくて。純粋な感想っていうか。

 って、俺は誰に言い訳してるんだ。


 ダンジョンのそばにある森で、ヒナさんと俺は休憩をとっていた。

 開けた場所で、ヒナさんはいい感じの岩に腰掛けて、ズボンのポケットから水筒のようなものを取り出し、ゴクゴクと飲んでいる。


 最初、ヒナさんは俺に水と食糧を渡そうとした。それを俺は断った。



「ヒムロさんはお腹すいたり、喉乾いたりしてないの?」

『いや、俺ミミックだし』



 俺がそう返すと、「魔物や魔族もお腹空くんじゃないの?」とヒナさん。

 俺は他の魔物や魔族をほとんど知らないけど、すくなくとも転生してから何かを飲み食いした記憶は無い。必要ないんだろう。

 ……ご飯が食べられないのは、ちょっと寂しいけど。



『俺のことは気にしないで。ヒナさんが一番働いたんだし』



 そもそも、ヒナさんは自分一人分の食糧と水しか持ってないだろう。大切な飲食を奪うわけにはいかない。

 そんなわけで、ヒナさんだけ飲食の休憩をとっている。


「もう少ししたら迎えが来るみたいだから、それまで待ってよっか」

『迎え? 誰が?』

「さっき言った人だよ」


 さっき言った人。俺は自分の会話ログを探る。

 ……もしかして、元パーティーか!?


「仕事先が近かったんだってー」


 ヒナさんは、間を伸ばしながらビスケットを食べている。今から追放した相手と会うとは、とても思えない。

 ……え、なんで追放した人が迎えに来るの?

 戸惑う俺に気づいたのか、人差し指を頭に押し付けて、ヒナさんは唸った。



「えーとね、なんか私のせいで勘違いさせちゃったみたいなんだけど……」



 ヒナさんがそう言った時だった。


 森の奥から、鳥が一斉に飛び立つ気配がした。

 視覚や聴覚だけじゃわからないけど、なんとなく、周りがザワザワとしてる。なんだろう?


 そう思った瞬間。

 突然、ヒナさんの目の前に、誰かが現れた。


 どこからか走ってきたとか、そんなことは一切なく。

 どちらかと言うと空から飛び降りてきた、と言わんばかりに、その人はやって来た。


 

 その人は、この世のものとは思えない、美しい風貌をしていた。

 ピンクがかった白銀の髪に、長い前髪から覗く紫色の切れ長の瞳。中性的で優しげな顔立ちをしている。顔だけだと性別は掴めなかっただろう。ただ、その顔を支える太い首や、大きな杖を持つ角張った腕が、男であることを主張していた。

 そして一番の特徴は、長く尖っている耳。


 ――エルフだ!?


 え、なんで突然エルフの男が現れるんだ!?



「――やあ、ヒナ」



 甘く優しい声で、ヒナさんの名前を呼んだ。

 ヒナさんは、ビスケットの食べかすがついたまま、エルフの男を見上げていた。


 その時だった。



 一瞬、当たりが暗くなる。

 空にあった太陽が、何者かによって隠されたからだ。

 その何者かは、俺たちの頭上から降りてきた。

 いや、落ちてきたという方が正しいか。


 輝く何か――細剣レイピアを構えながら。

 エルフの男目掛けて、落ちてきた。


 砂埃が、辺りに舞う。


 俺には刺さってないのに、風圧と威圧でビシビシ感じる。ついでに小石や木の枝も飛んできた。

 一応『スキル:防御結界』を張ったけど、その前にヒナさんが抱えてその場を離れてくれた。


 砂埃が晴れる。

 そこに立っていたのは、黒髪の人間だった。

 短く切りそろえられた真っ直ぐな黒髪に、黄色味がかったその肌は、どことなく東洋人を思わせる。

 細剣レイピアを持ってエルフの男の上に落ちてきたのは、人間だった。

 振り返ると、鋭い目がこちらを見た。こちらも中性的な顔立ちと服装だったため、一見男性かと思ったが、膨らんだ胸から女性だということがわかる。

 ……いや、変な意味じゃなくて! 単に性別の確認だから! いや、それで確認するのも失礼だけども!


 ともかく。

 落ちてきた人間の女性の下には、エルフの男が伸びていた。それを中心に、地面が割れている。さっきの衝撃のせいだろう。

 人間の女性は自分よりずっと背丈のあるエルフの男の胸ぐらをつかみ、そのまま移動した。


「やっほー、リンちゃん。……進捗はどう?」


 ヒナさんが話しかける。すると、リンと呼ばれた女性は、はあ、とため息をついた。


「全然ダメ。こいつ、すぐ仕事サボる。ノルマの金額まで、まだまだかかりそう」


 そういうわけだから、とリンさんは言った。


「悪いんだけど君の追放期間、まだ伸びる」

「あのさ、リンちゃん。やっぱりその言葉選びやめない?」


 人聞き悪いし、とヒナさんが言う。

 え? と、リンさんは真顔で首を傾げた。


 空から人が落ちてくるという、突然の展開に頭がついてこないような。

 なんとなく、状況が読めてきたような。

 けれどここは。



『えーと、順番ずつ説明してもらえる?』


 俺が尋ねると、ヒナさんはとても言いにくそうに話してくれた。

 

 

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