3-6 市場と子供とボルシチと

「先ほどは助けていただきありがとうございました。改めまして、私はここで身寄りのない子供達と一緒に暮らしています、シーナと申します」


 教会のように天井が高く取られた広い部屋の中、子供達含め全員がその空間に揃っている。

 教会のシスターを彷彿とさせるデザインの黒のワンピースを身に纏った女性、シーナさんはそう言って僕たちに向かって頭を下げた。

 その隣ではイリスさんも同じく僕たちへとお礼を述べて頭を下げている。


 ちょっと照れくさい。

 でも最初イリスさんのことを見捨てようとしていた手前少し罪悪感もある。


「頭を上げてください。僕はシーナさんたちからお礼を言われるような人間ではありませんから」


 いや、本当に。


「……?それは一体どういうことでしょうか?」

「気にしないでください。こちらの話です……」


 言葉を濁しつつ、僕たちもシーナさんへと自己紹介を済ませ、早速ここにきた本題へと移る。

 大まかな流れはイリスさんに説明してもらい、シーナさんが理解したところで話し合いへと移行する。


「――えっと、つまりクラヴィス様たちは裕福な家庭出身の方達で、私たちに食料の支援をしていただける、ということでしょうか?」

「はい、その認識で構いません。それに加えて、皆さんが置かれている現在の状況も伺っていますので、そちらもある程度改善される方向へと持っていく予定です」

「そう、ですか……。あの、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


 シーナさんがおずおずと、どこか不安げな表情で尋ねてくる。


「その、助けていただけることは大変ありがたいのですが……その、私たちは何を差し出せばよろしいのでしょうか……?」

「差し出す……?ああ、なるほど」


 これはアレだ。

 無料より怖いものはないってやつだ。


 確かに無償の善意というものは、貧しい暮らしをしている人たちからすればこれ以上にない幸福であると同時に、これ以上にない恐怖だ。

 善意で助けてくれたと思ったら、後から足元を見られた要求をされる。

 シーナさんはそれを恐れているんだろう。


 だから前もってこうして何を差し出せば良いのかと聞いてきているんだ。

 まぁ、最初に聞かれたからと言って素直に要求を伝える人なんて、今言った手法を取る人の中ではごく少数だろう。

 最初に簡単な要求を伝えて安心させて、あとから思ったよりも手間がかかったとか言って要求を引き上げるんだ。

 性格悪いね。


 とまあ、無償の善意に関することはここまでにして。

 善意の対価かぁ。


 あとから面倒ごとが増えないように最終的には父親に今回の件を伝えようと思っていたので、一応対価に関して考えてはいたんだけど……。

 僕が今回得る対価は、受け取る側の僕からすれば大きく感じるものだが、差し出す側のシーナさんたちからしたら実感が薄い。

 だから伝えたとしてもシーナさんたちを安心させることはできないだろう。


 代わりの対価として、シーナさんたちが差し出したという実感を得られる対価……。

 うん、まぁこれしかないかな。


「あの……」

「ああ、すいません。少しぼーっとしてました。それで、シーナさんたちは何を差し出せばいいか、ということでしたよね?」

「……はい」


 おっと、見るからにシーナさんの顔色が暗くなった。

 隣のイリスさんも対価について忘れていたせいか若干気まずそうに顔を暗くしているし、離れた場所にいる子供達も不安そうだ。


 別にそんな酷い要求なんてしないのに。


 とか、そんなことを思っていたのが悪かったのか。

 シーナさんに先手を取られてしまった。


「……あのっ、もし、私の体がお望みであれば従います……っ。ですので、どうかこの子たちに食事を――」

「えっ、いや僕はそんな――」


『――ッッ!!』


 僕が言葉を言い終わるより早く。

 建物の中が聞き取り不可能な騒音で満たされた。


 発生源はそう、子供達である。


 微かに聞き取れる声を拾えば「お姉ちゃんを連れて行かないでっ!」「いやだよぉっ!」「ブッコロしてやるっ!」って感じだ。

 シーナさんは子供たちに好かれているみたいだ。


 僕は現実逃避気味にそんなことを思った。



==========



 二十分ほど経過して、ようやく誤解が解けた。

 子供たちもわかってくれて、今は僕がマジックバックの中にストックしていたお菓子を大人しく食べている。


「も、申し訳ありませんでした……」

「いえ、誤解は解けましたし構いませんよ」


 シーナさんはさっきからずっとこの調子だ。

 早とちりをして恥ずかしいことを口走ってしまったためか、シーナさんの頬はほんのりと赤く色づいている。

 うーん……唆るねぇ。


「クラヴィス様」

「あ、うん。わかってるよ。それじゃあ、僕からの要求を伝えさせていただきますね」

「は、はい」


 流石に真面目な話をする時まで恥ずかしがってはいないようだ。

 恥じらう姿のシーナさんはなかなかに唆ったのでもう少し見いたかったのだが、まぁ仕方ないか。


 僕も多少表情筋に力を入れてキリッとした顔を作る。


「はぅ、可愛い……」


 横からなんか聞こえてきた。

 僕としては真面目に表情を作ったつもりなんだけどなぁ……。


 とりあえず、意識の外に置いておいて。


「僕から皆さんへの要求は簡単に言えば、情報収集です」

「情報収集、ですか?」

「はい。と言っても僕が欲しいのはこの東区、特にここに商売に来る商人たちが口にする情報です」


 商人は助け合いの精神というものを大切にしているらしく、利益になりそうな情報があった場合には仲間の商人たちの間でそれを共有する。

 例えば、あの地域ではこの作物が高く売れた、あそこは物価が下がってきている、あの道は通れないから回り道をした方がいい、なんかの情報だ。

 そして商人は信用というものも大切にしているため、共有される情報はある程度の裏どりをしてかなり信憑性の高いものとなっている。

 

 つまり、何が言いたいのかと言えば、商人たちの持つ情報から自国内の領土の状況や様子、他国の状態なんかも間接的に知ることができる、ということだ。


 商人の持つ情報はイコールで時事情報。

 時事情報を素早く手に入れることができれば、それだけ早く行動や対応を行える。

 それが敵対している国や怪しい動きをしている貴族のものなら、それが吉と出ることは多いはずだ。


 本来こういった情報収集は諜報員にやらせるものなんだけど、タダで手に入れられるならそっちを選ぶよね。


 と、いった内容を僕が貴族であることを明確にせず、かいつまんで説明すればシーナさんは理解できたようで。

 しっかりと頷いて了承してくれた。

 もちろんイリスさんも。

 ちょっと安心。


「それで、このお仕事はいつ頃から始めればよろしいでしょうか?」

「そうですね……食料の不足で落ちてしまった体力が戻ってからで構いませんので、一月後くらいからお願いします。集めてもらった情報に関しては週に一回のペースで回収に来ますので」

「わかりました」


 その後、情報収集を行ってもらうのは約三年間、ということだけ決めて簡易的な契約書類を作成。


 僕がシーナさんやイリスさんたちの現状を改善の方向へ持っていき、その代わりに商人たちも持つ情報を集めてきてもらう、という契約が成立した。


 それぞれ一枚ずつ契約書を回収したところで、僕はパンッと大きく手を打った。


「難しい話はこれでおしまい。さぁ、約束の食事のご用意をしましょう」


 僕がそう言って食材用のマジックバックから次々と食べ物を取り出していくと、子供たちがわぁっと歓声を上げた。

 僕の方へと近寄ってきて食材を囲むようにしてキャッキャッと嬉しそうにしている。


 うんうん、子供はやっぱり笑っている顔が一番だよね。

 そういう僕も、今現在は見た目が子供なんですけどね。


 そんなことを考えつつ食材を取り出していると、僕の周りにできている子供たちの輪から外れたところで一人の男の子が険しい顔でこちらを見ていることに気がついた。


 焦茶色の髪の毛をツンツンとさせたヤンチャそうな見た目の子だ。

 見た感じ、イリスさんとシーナさんを除いて子供たちの中で一番年上っぽいし、なんなら僕と年が近いかもしれない。


 家格の関係で今までに同年代の子供と言葉を交わした回数はミリーを除いて数えるほどしかないので、純粋に仲良くなりたい。


「ねぇ、君もこっちにおいでよ」

「――ッ!」

「――あっ」


 僕が声をかけると彼はより一層表情を険しくし、次の瞬間ダッと駆け出して扉を乱暴に開けるとそのまま走り去ってしまった。

 止める間もなく彼が走り去った方向に呆然と視線を向ける。

 子供たちも驚いたように扉の方向を見つめている。


「申し訳ありません、クラヴィス様」

「あ、イリスさん」


 いつの間にか隣にイリスさんが立っていた。

 イリスさんは扉の方向へと、複雑な感情の浮かんだ視線を向けている。


「彼、ジンが私たちと一緒に暮らすようになったのは、私たちを養ってくれていた人がいなくなる直前だったんです。なので、彼がここにきてから最も多く見た光景は、飢えと貧しさに苦しむ私たちの姿なんです」

「……」

「おそらく、ジンは私たちが必死に働いても得られなかった量の食べ物を、簡単に出してしまうクラヴィス様に良い感情を抱かなかったんだと思います」

「……だから、走り去っていってしまった、ということでしょうか?」

「ええ。恵んでいただく立場でありながら、申し訳ありません。ジンに変わって謝罪いたします」


 そう言ってイリスさんが頭を下げようとしてくるが、僕はその肩をそっと押してそれを止める。

 悪いのはイリスさんでも彼、ジンでもない。


 今回は、僕が悪い。


 事情を聞いていたのに、無神経だった。


「僕の方こそ、すいません。配慮に欠けていました。よければ彼が向かいそうな場所を教えてもらえませんか?僕が彼を連れ戻してきます」

「……ええ、もちろんです。ありがとうございます」


 ふわりと柔らかく笑みを浮かべたイリスさんからいくつかジンのいきそうな場所を教えてもらう。


「それじゃあ、僕は少し言ってくるから。メイナ、食事の準備をお願いしてもいいかな?」

「はい、お任せください」

「できるだけ胃に優しい料理をお願いね」

「承知いたしました」


 深く、綺麗なお辞儀をするメイナに見送られて僕はジンを探しに出発した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役に転生したけど趣味の料理を楽しんでいたら、悪役令嬢やヒロイン、主人公を餌付けしちゃいました 猫魔怠 @nekomata0827428

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画