3-5 市場と子供とボルシチと
三人の男性に囲まれる女性の姿を見て飛び出して行ったイリスさん。
その後ろ姿を見送った僕とメイナは少し離れた場所で、しかし向こうから僕たちの姿がはっきりと見える状態で待機していた。
だって今の状況で僕たちが出て行ったら女性やその後ろの子供たちが混乱して、今以上に面倒なことになるのが目に見えてたし。
だからと言って完全に身を隠したままだと、イリスさんが見捨てられたって誤解してしまうかもだし。
自分から面倒ごとを増やすような人はなかなかいない。
それに少し離れた場所の方が色々と観察しやすいからね。
「あそこの三人を除いて伏兵はいないようですね」
「うん、そうだね。でもまぁ、こんなところにいるような人間が伏兵を潜ませるなんて頭の使い方はしないだろうけどね」
「なかなか酷いことを言いますね」
「だって事実だろうに。見るからに乱暴者って感じだし」
「私はクラヴィス様を見た目で人を判断するような人に育てた覚えはありませんよ」
「……」
確かにメイナから人を見た目で判断しちゃいけない、って教育はされた覚えがある。
けど、僕が今現在持っている感性や考え方は大体前世の幼少期に培ったものだからどうしようもないんだよ。
今から矯正しようにも無意識のうちに見た目での判断とかしちゃうから。
と、僕とメイナが状況を確認しつつ言葉を交わしている間に男性たちとイリスさんが随分とヒートアップしていた。
今にも暴力に訴えそうな雰囲気だ。
流石にまずいな。
「行こうか、メイナ」
「はい」
特に問題がないことを確認し終えて、小走りにイリスさんたちの元に近づいていく。
するとその表情に苛立ちを滲ませてイリスさんを睨んでいた男性の一人がこちらに気がついた。
一瞬訝しげな表情を浮かべるが、次の瞬間その表情は非常にゲスいものへと変化した。
僕の隣にいるメイナに視線を向けたんだろう。
メイナは顔立ちが整っているからなぁ。
「イリスさん」
「……ッ。クラヴィス様」
「一旦落ち着きましょう。このままだと暴力沙汰になっちゃいますから」
「……はい」
「俺たちは暴力沙汰になっても一向に構わないが?」
横から口を挟んできた男性は無視して、とりあえずイリスさんに子供たちと女性に建物の中に避難しているように伝えてもらう。
若干一名「自分もここに残る!」みたいな抵抗をしていたようだったが、他の子供たちと女性に連れられて中に入って行った。
「さて、と。お待たせしました」
女性と子供たちの入っていった扉がしっかりと閉じたのを確認してから男性たちの方に向き直る。
が、その視線は僕の方には向いていない。
かと言ってイリスさんの方にも向いておらず、どこを向いているかと言えば――
「随分とツラの整った女じゃねぇか。それに体つきもなかなかに唆るねぇ」
彼らの視線は僕の後ろに立つメイナへと向けられていた。
ジロジロと舐め回すかのように、ニヤニヤとした視線でじっとりと舐め回すようにメイナの全身を見ていた。
ちょっと気分が悪いなぁ。
メイナは僕のなんだけど。
「なんだぁ、坊主。あの女の代わりにそいつをくれるっていうのか?だとしたら俺たちもあの女から手を引くのもやぶさかじゃねぇなぁ」
おっと、ここで男性たちの目的が確定した。
まぁ状況的にそうとしか考えられないんだけど、憶測だけで行動すると後々痛い目を見ることがあるから。
事実確認、大事。
と、まぁそれはそれとして……。
僕は隣に立つイリスさんにチラリと視線を向ける。
――やっちゃっていいですか?
――もちろん。
アイコンタクトによる承諾も確認。
今にもメイナに向かって汚い手を伸ばそうとする男性たち。
そのリーダー格だろうと思われる人物の股間を、僕は思い切り蹴り上げた。
「――ふぐぉッッ!?」
顔をぐしゃっと歪め、同時に青く染め上げた男性は内股になってその場に崩れ落ちる。
先ほどよりも蹴りやすい高さになった股間目掛けて、僕は追撃を仕掛ける。
「ふぎゅッッ!?ちょっ、まっ、ぐおっ!?ぎっ、いッッ!」
何度も、何度も、何度も、何度も。
力一杯股間を蹴り上げ続ける。
途中から手を使ってガードをしているけれど、軽減されても衝撃は伝わっているだろうしダメージは確実に蓄積されている。
顔色が青色を通り越して紫になり、もうすでに白くなり始めている。
可哀想。
絶対やめないけど。
股間を蹴り上げる足を止めずチラリと左隣に視線を向ければ、もう一つ同じような光景がメイナによって作り出されていた。
何を隠そう、このチンピラまがいの攻撃方法を僕に仕込んだのはメイナなのだ。
曰く「男性と戦ったり、追い払ったりする時は股間だけを狙って蹴りを放つのが最も効率がいいです。わかりやすい急所ですし、どれだけ蹴っても目立った傷にはなりませんから」らしい。
うん、確かに効率はいいけど些か残酷だよね。
絶対やめないけど。
メイナに蹴られてる人は可哀想だな。
メイナは大人だから子供の僕より威力が強いだろうし、僕に護身術として教え込んでくるくらいだからやり慣れているんだろう。
実際、物凄いスムーズな動きで蹴り続けているし。
これで三人中二人は無力化できたかな。
さて、あと一人なんだけど……。
「……ヒッ、や、やめちぇくれぇ……」
僕が視線を向けた瞬間に涙目で懇願してきた。
うん、まぁ気持ちはわかる。
目の前でこんな光景を見せられたら男なら誰でもこうなる。
現に今も僕は股間を蹴る足を止めていないし。
でもそろそろ足が疲れてきたし、リーダー格の男性も意識を失っているからやめようかな。
股間を蹴る足を止め、無事な男性へと向き直る。
「あなたは、こうなりたくありませんよね?」
「は、はい……っ」
股間を押さえたまま意識を失っている男性を顎で示せば、目の前の彼はひどく怯えた様子で返事を返してくる。
これなら素直に引いてくれそうだね。
「なら、あなたの仲間二人を連れてさっさとここから立ち去ってください。それとこの薬を渡しておくので、あなたも含めて必ず飲んでくださいね」
「こ、これは……?」
「ただの鎮痛薬ですよ」
そんなわけがない。
ただの痺れ薬だ。
これを飲めば三日くらいはまともに行動できない。クライスさんで検証済みだ。
本当は僕が作った簡単なスープで、麻痺の効果が付与してある。
僕のスキルってデバフも付与できるんだよ。
優秀だね。
男性は僕の言葉を素直に受け入れ、痺れ薬の入った瓶を人数分持ち、意識を失っている仲間を連れて去っていった。
とりあえず、一件落着だ。
「クラヴィス様も、なかなかに鬼畜なことをしますね。確かあれって神経も麻痺するから体の不要物が垂れ流しになるのではありませんでしたか?」
「……ハハッ。気のせいだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます