3-4 市場と子供とボルシチと
二年前、僕がスキルを所持していることが判明してから今日まで様々な検証や実験を行い、同時に近しい分野のスキルについての知識を収集してきた。
そのおかげで僕は自分のスキルについて一定の理解をすることができた。
まずスキルの発動条件。
これは大きく分けて二つあり、『僕が調理した料理であること』『指定した量の料理を食べ切ること』だ。
一つ目の条件に関してはそのままで、僕が調理したものにしかバフは付与できない。
ただ一つ、少し反則的だと思ったのは、他人が作った料理にほんの少し手を加えただけで僕が作った料理として判定されることだ。
スープに塩を加えたり、ハーブを入れたりして味を整えるのがそれに該当する。
二つ目の条件もそのままと言えばそのままだ。
僕がこれで一人前、と指定した量の料理を食べればバフの効果を得られる。
わかりやすく言えば、スープ一杯で一人前と言えばそれを食べ切ればバフの効果を得られ、鍋一つ分のスープで一人前といえば鍋一つ分を食べ切らなければ効果を得られない。
結局は僕の意思一つで調整できるわけだ。
次に付与できるバフの種類。
これは魔法にも存在している強化魔法と同じものが付与できた。
例外も数個あったが、ちょっと使い所に困るのでここでは詳しく言わないことにする。
次は僕のスキルで得られるバフの効果。
これは強化魔法によるバフよりも、ほんの少しだけ大きく効果を得ることができた。
数字にすると、強化魔法の場合は一・二倍、僕のスキルの場合は一・四倍。
多分、料理を食べ切るための手間と時間がある分上乗せされているんだろう、と僕は考えている。
最後にスキルの効果時間。
これは思っていたよりも長く、個人差はあったが平均して一時間ほどは継続していた。
強化魔法によるバフが五十分程度継続することを考えれば僕のスキルの方が優れている。
だが、こういったバフによる強化は人や魔物との戦闘直前に使用されることが多いのを考えると使い勝手は悪いのかもしれない。
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ただ、日常のちょっとした人助けに使う分にはそれなりに役に立つんじゃぁないだろうか。
僕とメイナの前を先導のために歩くイリスさんの背中を見ながら僕はそう考えた。
つい数十分前、栄養不足と空腹によって倒れていた人とは思えないほどにしっかりとした足取りで僕たちの前を歩いているイリスさん。
後ろからその顔は見えないが、先程チラリと見えた横顔からは色々な感情が溢れていた。
喜びだったり希望だったり、ほんの少しの不安だったり。
僕らが知らないこれまでの生活を思い返して、そしてこの先の未来を考えてのものなんだろう。
イリスさんは根っからの善人のようだ。
願わくば、この先もずっと善人のままでいてほしい。
王族や貴族なんかの特権階級が幅を利かせている社会では、イリスさんのような人が力を持たない多くの人々の助けになるのだから。
さて、これから向かう先でそんな善人のイリスさんや一緒に暮らす子供たちに失礼があってはいけない。
なので、歩いている間に大まかな事情をイリスさんに尋ねることにする。
「イリスさん、歩きながらで構いません。イリスさんの現在の状況や今回の件に関係する事情を聞かせていただけませんか?」
「えぇ、もちろんです。むしろ先に話しておくべきことなのに気が付かず、申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ」
「ありがとうございます。では――」
イリスさんは歩きながら自分の身の上話を語り始めた。
イリスさんが物心ついた時にはすでに親はいなかったらしい。
捨てられたのか、はたまた親自身が死んでしまったのかは全くわからない。
親がいなかったから物乞いや残飯を漁って飢えを凌ぎ、ゴミ捨て場で見つけたボロ布をかぶって道端で眠りにつく日々を送っていた。
そんなある日、一人の中年男性がイリスさんに手を差し伸べ、その手を取ったイリスさんは自分と同年代かつ同じ境遇の少女とその中年男性と生活を共にするようになった。
中年男性はイリスさんと少女に質素ながらも温かく、十分な量の食事と屋根のある家、そして人の温かさを与えてくれた。
たった一人で路上で生活していたイリスさんにとって、それはこれ以上にない幸福だった。
そして、時々中年男性が拾ってくる身寄りのない子供たちを新たな仲間に迎え入れつつ、月日は流れた。
二年前、イリスさんと少女が十六歳の時。
イリスさんたちの面倒を見てくれていた中年男性が行方をくらませた。
中年男性が自分達を見捨てるような人間ではないと理解していたイリスさんたちは何日、何週間もの間男性のことを必死に探した。
だが、手がかりすら見つけることはできなかった。
備蓄してある食料も、中年男性が貯めていてくれたお金も残りが少なくなってきてしまっていた。
一緒に暮らす仲間たちの中で最年長であったイリスさんと少女も一応は働いてはいたが、二人とも元々体が弱いこともあってそれぞれ一人分の生活を賄えるだけしか稼げていなかった。
それでも子供たちに辛い思いをさせまいと、自らの食事を子供たちに分け与え、体に鞭を打って働きなんとか子供達を養ってきていたが、それも限界に達した。
その結果が先ほどの僕たちとイリスさんの出会いの場面だと言う。
「大変、だったのですね……」
「えぇ、まぁ。それでも子供たちに辛い思いをさせたくなかったし、私は助けてくれた彼のようになりたかったので。必死に頑張りました。まぁ、結局は倒れてしまったのですけどね」
メイナの言葉にイリスさんは自嘲気味な笑みを溢す。
つい昨日まで頼っていた人物が急にいなくなったのはイリスさんたちに小さくない不安と恐怖を与えたはずだ。
だが、その不安と恐怖に打ち勝ち、子供たちのために倒れるまで働き続けたイリスさんは本当に善人だ。
世の中にイリスさんのように動ける人が何人いるか。
僕は多分無理だ。
他人のために自分を犠牲にするなんて頭の片隅にすら過らないだろう。
だからこそ、イリスさんのことは心底尊敬する。
それからしばらく歩き続けて、やがて昼間なのにも関わらず防壁による影によって常時薄暗い地区にやってきた。
うん、想像はしていたけどドンピシャだ。
僕が暮らすこの王都は高い防壁によって囲まれている。
そして高い防壁に囲まれていれば、その壁に近い部分は必然的に陽の光が遮られ常に影ができて薄暗くなってしまう。
そういった場所はいるだけで自然と気分が沈んでいくのが人間というもの。
当たり前のように人々は壁の近くを避け、陽の光のある場所に住み着く。
そうなると壁の近くの地区は土地の価値が低くなり、大抵の場合は管理者すらいなくなってしまう。
するとどうなるのか。
その答えは至極単純。
犯罪者なんかの国や組織に追われている経歴に傷のある人間や、様々な事情から陽のあたる地区で暮らせるだけのお金を稼げない人々が集まってくる。
いわゆるスラムというやつだ。
イリスさんたちもその例に漏れていないわけだ。
スラムは初めてきたのだが、うん。
ひどく落ち着かない。
辺りが薄暗いもあるのだろうが、歩いているだけでかなりの視線が飛んでくるし、若干だが剣呑な雰囲気も漂っている。
市場に行くからある程度質素に見える服を着てきてよかった。
貴族が着るような服を着ていたら速攻で見ぐるみを剥がされていたに違いない。
まぁ、メイナのメイド服のスカートが外套の下から見えているから完全に隠せているかどうかは別問題だが。
「お二人とも、もうすぐで私が暮らしている場所に着きます」
イリスさんからそう伝えられて少し、曲がり角の向こうで言い争うような声が聞こえてきた。
声からして女性と、男性が何人か、かな。
あ、イリスさんの顔つきが変わった。
確実に面倒ごとだ……。
タッ、と駆け足になるイリスさんの後を追って曲がり角を曲がる。
複数人の子供を背に庇う女性が、ガラの悪い風貌の男性三人に囲まれていた。
「シーナッ!」
「――っ!イリスッ、来ちゃダメッ!」
あー、ほら。
面倒ごとである。
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