第2話 14

「そもそも聖女っていうのはね――」


 そう前置きして、姫様は両手を打ち合わせる。


 途端、姫様の前に燐光を放つ映像盤が開いた。


 映像盤に映し出されているのは、やたらきらきらしい青年達の絵だ。


「――キミ、また人の<書庫アーカイブ>を勝手に……」


 学園長が姫様にジト目を向ける。


「ちょうど良い例なんだもの」


 二人がそんなやりとりをしている間にも、映像盤の中の絵は動き出す。


 どうやら架空の学園を舞台にした物語――城の姐さん達がこっそり愉しんでいる、ロマンス小説に似た話のようだ。


 青年達は家柄の良い生まれで、それ故に御家にまつわる様々な悩みに囚われていた。


 そんな彼らの凍てついた心を、主人公である平民の少女は時には癒やし、時には叱咤して解きほぐしていく。


「いやいやいや……大商家が小娘の思いつきを採用するなんてあります?」


 一人目の青年は下級貴族だが、経営している商会が国内最大手という設定らしい。


 だが、自身の商才の無さが悩みで、それを持つ弟にひどい劣等感を抱いているようだった。


 だが、主人公の少女はそんな彼の為に知恵を絞り、まだ世の中に出ていない奇抜な商品を売り出し大ヒット。


 一方、弟は実は裏であくどい商売で荒稼ぎしていて、それもまた少女活躍によって明らかになるという流れだ。


「……この商会、上層部がこんな問題だらけで、どうやって大手になれたんだ……」


 よほど商会員が有能な者ばかりだったのだろうか。


 よくわからないウチに弟は排除され、商会はまともな経営を取り戻し、青年は少女に感銘を受けて恋心を抱く……


 他の青年達もそうだ。


 武家の嫡男は剣の腕を磨くより魔法が好きだと言えば――


「え? 武家の跡継ぎなんだから、そこは魔法を用いた剣術を磨くように勧めるべきなのでは?」


 だが、少女は青年の魔法の腕の素晴らしさを家族を含めた周囲に説き、彼は騎士ではなく魔道士を目指すようになってしまう。


 武家の跡継ぎは分家の子のものとなり、実質廃嫡された状態なのに、本人も家族もよかった事のように笑っているんだ。


 宰相の息子はその逆――武官になりたいと願うならば鍛錬を積めば良いものを、そうはせずにただひたすら父への不満を愚痴り続けるだけ。


 それを少女は「あなたは間違ってない! 人は好きな事に打ち込むべきよ!」などと言ってのけ、宰相に彼の剣にかける情熱を熱く語ってみせるんだ。


「いや、情熱があるなら、自発的に鍛錬してるんじゃ……」


 行動に移して無い時点で、ボンボンの戯言のように俺には思えるのだが、物語の人々にはそうは映らなかったらしい。


 少女の弁舌に宰相は感動し、青年は騎士団に所属する事になった。


「……いきなり放り込まれて、訓練についていけるのか?」


 というかコレ、コネ入団だよな?


 普通、騎士団って入団にかなり厳しい審査があるはずじゃ……


 極めつけは第二王子だ。


 庶子という生まれに劣等感を抱いていた彼は、同い年の兄――王太子と比べられながらも懸命に生きていた。


 いずれ兄を支える臣下となれるよう、文武両方に力を注ぎ、しかし兄の不興は買わないように、こっそりと目立たぬように鍛錬していたんだ。


 それを主人公の少女が見かけて――


「え? えええ? これ、内乱を誘導してるんですか?」


 少女は語る。


 ――こんなに努力してるんだもの。あなたの方が王にふさわしいわ!


 ――と。


 だが、なぜか王子はそれに奮起し、自らの才能を隠すのをやめる。


 やがてタイミングよく国内に疫病が蔓延し、王子は少女の知恵を借りてその解決に乗り出し――


 家臣達に任せて王宮から出てこない王や王太子と違い、患者の元を直接回って治療に当たる王子と少女の姿に人々は感動し、王子こそ王になるべきと訴え、少女の事は聖女と呼ぶようになった……


 疫病が終息する頃には、兄である王太子までもが自分の至らなさを認め、王に王子を立太子するように勧め始める。


 ……そうして、ラストは国の要職に就いた青年達が少女に笑顔を向けて囲んでいるんだ。


 ――みんなでこの国を良くしていきましょうね!


 そう告げる少女の姿は、俺にはまるで傲岸不遜な女王のように見えた。


「……え~!? これ、この後どうするんですか? 国の要職、みんなコイツに惚れ込んでてて――あ、王妃になるの? いや、王子! 私は君を縛るつもりはないって、世継ぎ! 世継ぎどうすんの!?」


「――逆ハーレムエンドっていうらしいわ!」


 と、姫様は侮蔑の目を向けている。


「頭のゆるい女子には人気のオチなんだよ。フィクションだからこそ成立する終わり方だね」


「いや、頭だけじゃなく、股もゆるゆるじゃないですか!」


 俺の言葉に、姫様も学園長も同意するように深くうなずく。


「……で、ひょっとして姫様はこんな売女を聖女って言うんじゃないですよね?」


 あちこちの男に愛想を振りまき、挙句の果てには婚約者のいる王子までたぶらかしている。


 こんなの聖女じゃなく性女じゃねえか……


 俺の疑問に、しかしふたりは苦々しい表情を浮かべてうなずいた。


「この物語では、主人公は最終的に癒やしの力に目覚める事によって聖女と呼ばれる事になったけど、聖女の本質ってのはそこじゃない……」


「まるで世界に愛されているかのように、都合よく事態が展開する……それこそが現実での聖女の力なの」


 学園長の言葉を引き継いで、姫様が続ける。


 たしかにこの物語では、主人公にとって都合の良い展開が多々見受けられた。


「……まさか、レイナがそうだと?」


 俺の問いかけに、学園長がうなずく。


幸運度偏向者主人公――この場合は運命偏愛乙女ヒロインと呼ばれるのが正しいのだろうけど、シャルちゃんの話を聞くに、彼女がそうなのは間違いないと思うよ」


「――姫様は彼女と面識が!?」


「ええ。前の回に何度かね……

 さっきも言ったけど、彼女の登場はレアなの。

 あたくしが知る限りだと、サイベルトの学園からの排除が彼女登場の必須条件だと思うのだけど、はそもそもが滅多になかったのよ」


 と、姫様は自嘲気味に鼻を鳴らして肩を竦める。


 姫様のチューニノートを見る限り、サイベルトが排除される最も多い理由が、第二王子シルベルトとの権勢争いの果てによるもので、姫様にとっては偶然要素に頼る部分が多いように思えた。


 だからこそ俺は、強引にでもサイベルトを決闘の場に引きずり出し、学園から排除したんだ。


「まさかサイベルトの排除が、決闘なんて単純な手で……こんなに簡単に成せるなんて思いもしてなかったわ」


「まあ、姫様もなんだかんだで公女殿下ですからね。決闘で解決なんて、思いつかなかったでしょう?」


 俺が胸を反らして告げると――


「そうね。おまえを女体化させて学園に送り込んだ、あたくしを褒め称えなさい」


 姫様もまた、薄い胸を反らしてそう応える。


「ええ? そこは俺を褒めるトコじゃないんですか?」


「――いや、一番賛えられるべきなのは、キミらをフォローしてやってるウチなんだからね?」


 と、学園長は頬杖を突きながら、不満げに俺達に告げた。


「――ありがとうございます」


 俺達は素直に頭を下げる。


 身代わり入学なんて暴挙を赦してくれる学園長には、本当に頭があがらない。


 それから俺は再び姫様に視線を戻して訊ねる。


「それで……姫様は彼女をどうしたいのですか?」


 途端、姫様は腕を組んで首を傾げた。


「――それが問題なのよねぇ」


「……姫様にしては、煮え切らないですね?」


「仕方ないでしょう? 彼女が登場した場合、だいたいの場合、あたくしは投獄されて、その後の情報が入って来なかったのよ」


 そのまま獄中死か処刑か――どのみちロクでもない終わり方だったのだと、姫様は哂う。


「――いや、それって姫様が生き延びる為には、どのみち排除すべき対象って事ですよね?」


「そうなんだけど、あの子にあたくしへの害意があったのかどうかでも、処し方が変わってくるでしょう?」


「……つまり、処すのは決定事項って事で良いんですね?」


 俺の問いに姫様はうなずく。


「少なくともあの子は、自分が一番じゃないと気が済まない性格をしているようだから。

 ――あんた、気づいてなかったでしょう?

 あの子、あんたやクラリッサをすごい目で見てたわよ?」


「え、マジですか?」


 姫様をどうやって連れ出そうか悩んでて、全然気づかなかった。


「あの子にとって、クラスの中心のクラリッサや、婚約が立太子の条件となっているシャルロットという存在は、目の上のたんこぶなのよ。

 だから、あの子が望んでいるかどうかはともかくとして、世界があんた――シャルロットの排除に動くはずよ」


「……お、脅かさないでくださいよ」


「事実よ。だから、あたくしが知る限りのあの子について、先に教えておくわね」


 そうして姫様は、ご自身が経験した聖女レイナのエピソードを披露し始めた。

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