第2話 13

 ――一瞬の感覚の喪失。


 わずかに浮遊感と共に視界が戻ってくると、俺達は学園長室へと転移していた。


 自身だけじゃなく、俺達まで一緒に転移できる辺り、学園長もまた大魔道と呼ばれるだけあるというわけだ。


 魔法による空間跳躍に慣れていない俺は、わずかに目眩を感じてふらついたのだが、気軽に――それこそ城内を移動するのにさえ横着して転移魔法を使う姫様は、そんな素振りはまるで見せず、朝から続けていた可憐な少女の演技はどこへやら、応接ソファにドカリと腰を降ろして背もたれに両腕を広げた。


「――グレイ、お茶よ!」


「――あ、はい」


 命じられ、つい条件反射で返事をしたが、ここは学園長室でいつもと勝手が違うのに気づく。


「<保管庫ストレージ>に入れた作り置きしかありませんが?」


「とりあえずそれで良いわ。動いたから喉乾いたのよ。冷やしたので頼むわ」


「ああ、やっぱり姫様はそうじゃないと……」


 いろいろと訊きたい事はあったはずなのだが、とりあえず頭がどうにかなって性格が急変――いや、この場合はまともになったというべきなのだろうか?


 よくわからなくなるが、ともかくいつもの姫様の様子に、俺は安堵しつつお茶の用意を始める。


 と、そんな姫様に学園長が詰め寄った。


「――待て待て待って!? ウチ、キミをお説教する為に呼んだんだよ!? なんでそんなエラソーな態度取れるワケ!?」


「エラソーじゃない姫様なんて、気持ち悪いだけってわかったでしょう?」


 学園長だって、さっきまで鳥肌浮かべてたじゃないか。俺はしっかり見てたぞ。


「――グレイ、キミは黙ってな!」


 おっと、安堵のあまり無駄口を叩いてしまった。


 主人の会話に割り込むなんて、従者としてあるまじき行為だ。


 俺は黙って<保管庫ストレージ>から取り出したカップ二つにお茶を注ぎ、姫様の指示通りに魔法で氷を入れて冷やすと、ふたりの前に差し出した。


 姫様は優雅な動作でそれを口へと運び――


「うん、やっぱり良いわね。おまえを送り出して唯一困ったのは、おまえのお茶が飲めなくなった事よね」


「え? ひょっとして俺いま、お茶以外で姫様のそばにいる価値がないって言われてますか?」


「――い・い・か・ら、説明~!」


 学園長はローテーブルを叩いて、声を張り上げた。


「なんで編入初日から大事件起こしてんの!? てか、なんで闘技場壊したりしたの!?」


「え? イラっとしたから?」


「わぁ~、過っ激~!

 ――って、イラついただけで破壊活動に走って良いなら、ウチは貴族街まるごと消し去ってるよ!

 ああ、そうさ! この国だって何度滅ぼしてやろうと思ったかわからないよ!

 でもね、自重っ! 忍耐っ! 人は我慢して社会の一員になるの!」


「だからフラーウム先生はこんなトコロで、学園長なんかとして飼われてるのね」


 姫様が煽るようにクスクスと口元を隠して哂うと、学園長は顔をしかめて舌打ち。


「……キミ、ウチがここに居続ける理由をわかってて、そんな軽口叩いてるよね?」


 呻くように、そう言って姫様を睨んだ。


 対する姫様は肩を竦める。


「ええ。はフェルがいたから、ようやく確信が持てたの」


 と、姫様はそこで思い出したように手を打ち合わせる。


「そうそう最終手段のひとつとして、あの結界を壊せるか試したかったというのは理由になるかしら?」


「――普通、そっちを理由で挙げるものでしょう!?」


「――だって、本当にイラっとしたのだもの!」


 再び叫んだ学園長に、姫様はカップを置いて身を乗り出す。


「魔術を使えてえらいでちゅね~とかドヤ顔で抜かしてる無能教師とか、普段だったら即処刑モノよ?」


「あ、ですよね? 姫様、よく我慢してるなぁって思ってました」


「ねえ?

 ――挙げ句にあの女よ。与えられただけの魔道器を自分の力みたいに誇っちゃって。

 な~にが『ええ~? アタシ、なんかやっちゃいました~?』よ、死ね!」


 姫様の魔道器官から溢れ出た魔動が周囲の精霊を励起して、バチバチと紫電を舞い散らせる。


 姫様の感情が高ぶった時――特に本当に怒ってる時に起きる現象だ。


 その姫様の怒りに満ちた目が、俺の方に向けられる。


「そもそもグレイ、おまえもおまえよっ!

 今のおまえはシャルロット・エルディオンなのよ?

 なら<星堕としサテライト・ストライカー>なんて手抜きをせず、あたくしがしたように初手から<虹閃銃ザ・レインボウ>を使うべきでしょう!?」


「え!? ちょっと待って!? え? それってグレイも<黄の灼陽サンシャイン・イエロー>喚起できるって事?」


 驚愕に目を丸くする学園長。


 姫様はそんな学園長に不思議そうな表情を向けて――


「あら、そもそもアレはグレイの為にのよ?

 ほら、ヒーローは特別な武器を持ってるものなんでしょう?」


 学園長が驚いているのが心底理解できないというように訊ねる。


「フィクション~! たぶんキミが観たの惑星開拓者キャプテン系のフィクション~!!」


 学園長は叫びながら、ローテーブルに額をガンガン打ち付けた。


「でも、実際に<虹閃銃ザ・レインボウ>は存在するでしょう?」


「そうだよ! だからアレはウチらの若気の至り――ノリと勢いだけで生きてた頃に、ガチでヒーロー作っちゃおうぜってやらかしちゃった、黒歴史の証なんだよ!」


 ふたりが言っている言葉の意味は、高度な魔道技術用語が多くてよくわからないが、学園長が若い頃はけっこうヤンチャしてたってのは理解できた。


「というか、キミ、いま造ったって言ったよね?

 アレに使ってる発振レンズは銀河に――少なくとも既知人類圏ノウンスペースに七つしか存在しない、異星起源知性体由来の特殊結晶が使われてるんだよ? どうやったのさ!?」


「ああ、それなら……」


 と、姫様は俺を手で指し示す。


「グレイの身体が完成した時に、試運転がてらに原型オリジナルを取りに行かせたの」


 ああ、フェルと出会った時に行った魔境の話か。


「は? あそこはアレを誰の手にも渡さない為に、D型攻性生物兵器群を配置してたんだけど!?」


「あんなトカゲごときにウチのグレイが負けるわけないじゃない!」


 誇らしげに胸を反らして見せる姫様。


 グルリと学園長の顔がこちらを向く。


「マジで? キミ、アレ倒せちゃったの?」


「あの大トカゲの事ですか?

 や、さすがにあの時は食われかけて、撃退するのがやっとでしたけどね。

 <虹閃銃ザ・レインボウ>が完成して再度、行った時には倒せましたね」


 俺だけじゃなく、姫様も倒せてたな。


 倒しても倒しても次から次へと湧き出してきて、最終的に三十頭くらい撃ち抜いたらきゃんきゃん鳴いて逃げてくれたんだよな。


「――倒してる~っ! そりゃそうだよ! ウチらの厨二心の限りを詰め込んだ、魔道科学の極みのひとつだもんね! それくらいできちゃうよね!」


 学園長はやけくそ気味に笑い出す。


 そんな学園長に歩み寄り、姫様はそっと肩に手を乗せた。


「先生、本当に人に見られたくないものは、肌見放さず保管する事をお勧めするわ」


 教室でみんなに見せていた可憐なご令嬢然とした声色で、そう告げる。


「――ウチの<書庫アーカイブ>を勝手に覗き見たキミが、それを言うなよ!

 ……とにかく、キミが造った<虹閃銃ザ・レインボウ>には、原型オリジナルのレンズが使われてるって事なんだね?」


「ええ。レンズ以外は風化が激しくて壊れてしまっていたから、造り直す事になったわ」


 姫様の応えに、学園長は深い深い溜息を吐いて、ソファにもたれかかる。


「……わかった。はなはだ遺憾で理解はしたくないけど、とりあえずは納得した事にする」


「誰しも黒歴史を掘り起こされるのは、屈辱だものね」


 クスクスと笑う姫様を学園長はギロリと睨む。


「で? 話を戻すけど、キミが対抗心を燃やしたって事は、レイナは聖女で確定って事で良いのかい?」


「そういえば彼女、自己紹介の時にそんな事口走ってましたけど……アレってノーデンス家が担ぎ上げた、名ばかりの聖女って事ですよね?」


 確かに人並み外れた魔動はあるようだが、それだけで聖女を名乗れるなら、姫様も女体化させられてる俺だって聖女だ。


「あ、ひょっとして聖女ミレディの杖を喚起できたから聖女って事になるんですか?」


 訊ねる俺に、姫様と学園長は困り顔を向けてきた。


「そうだったら楽だったのだけどね……」


 と、姫様は溜息まで吐く。


「まだ目覚めてはいないようだけど、アレは間違いなく聖女よ」


 続けられた姫様の言葉は断言で。


「滅多に登場しない子で、出てきたとしても、もっと後――二年生にあがる直前だから、おまえ達には説明してなかったのよ。

 でも、どういうワケか今の段階で出てきちゃったの。

 そんなワケで、いずれおまえが対応する事になるから、アレについて詳しく教えておくわね」


「あ、俺が対応するのは確定してるんですね……」


 追加命令オーダーって事か……いったいなにさせられるのやら……


 俺のボヤきを完全に無視して、姫様は続ける。


「そもそも聖女っていうのはね――」

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