第2話 12

「は? ロッティくん、君は最近まで平民だったんだろう?」


 姫様の言葉に、ホーラン先生はあからさまに侮蔑の表情を浮かべた。


「そんな君が、みんなに披露できるような魔術を喚起できる、と?」


 平民であっても、公共施設の魔道器を使っているから、喚楽器デバイスに魔道を通すのは比較的容易に行える。


 だが、平民はという経験が無い者が多く、だから魔術偏重主義のホーラン先生は喚楽器デバイスを喚起できない平民を見下すような態度をよくするんだ。


「あら、でも自分の喚楽器デバイスを使っても良いんですよね?

 わたしも入学の際、大公殿下から喚楽器デバイスを賜ったんです」


 と、姫様はそう応え、ベルトに付けたポーチから短剣ほどの大きさの――ブーメラン状の魔道器を取り出した。


「――ちょっ!? アレって!」


「知ってるの? シャルロットさん」


 思わず驚きの声をあげた俺に、ライが不思議そうに訊いてくる。


「――良いから、身を低くして!」


 と、俺はライを地面に引き倒して組み伏せ、左手の指を鳴らして周囲に結界を喚起する。


 俺達の周囲を七色の多面結晶が包み込んだ。


「む、そんな喚楽器デバイス、見たことがないが……

 まあ良い。できると言うならやってみなさい」


 ホーラン先生は嘲笑混じりの笑みを浮かべ、舞台の向こうの的を指差した。


 レイナとの差を見せつけようというのか、先程彼女が吹き飛ばして抉れた地面のすぐ横に立つ的だった。


 ……ああ、バカだなぁ。そんな事したら……


「ありがとうございます」


 姫様は丁寧にホーラン先生に礼を告げ、すっとを構える。


 ブーメランの片把を握り、もう一方の先を的に向けて。


 ……俺はアレを知っている。


 ――光閃銃レイ・ガン、と、そう呼ばれる種類の……古代遺跡なんかでごくまれに発見されるレア魔道器だ。


 そして、当然ながらこの場面で姫様が持ち出すのだから、ただの――という言い方も変だが――光閃銃レイ・ガンなんかじゃない。


「……目覚めてもたらせ、<虹閃銃ザ・レインボウ>――」


 透き通った声で紡がれる喚起詞。


 的に向けられたその先端に、山吹色の輝きが灯る。


「――輝け! <黄の灼陽サンシャイン・イエロー>ッ!!」


 瞬間、すべてが黄一色に染め上げられた。


 その圧倒的な閃光に、誰も声すらあげられず、駆け抜けた衝撃波に容赦なく地面に薙ぎ倒された。


 ……そして、一瞬後――


 現れた光景に、地面に転がったホーラン先生も生徒達も、息を呑んで固まった。


 俺のすぐ横で地面に伏せて、ライもまた言葉を失っている。


 ……闘技場の一角が――客席を守っているはずの結界ごと丸く切り取られて失くなっていた。


 姫様は手の中で光閃銃レイ・ガンをクルリと回すと、自身も身をひるがえしてホーラン先生に身体を向ける。


 タン、と。


 姫様の靴音が響いて――それが合図だったように、結界に空いた大穴を中心に亀裂が走り、轟音を立てて砕け散った。


 姫様はポーチに光閃銃レイ・ガンを仕舞い、ホーラン先生に丁寧にカーテシー。


「……と、まあ。この程度ですが、いかがでしたでしょうか?

 所詮、平民育ちですので、お目汚し失礼しました」


「――な、な、な……なななな……」


 先日の学園長と言い、この学園の教師の間では、あの魔獣じみた驚き方が流行ってるのだろうか。


 ホーラン先生は消失した一角を指差しながら、続ける言葉を見つけられないようだ。


 と、その時。


 俺の目の前に魔芒陣が描き出され、虹色の光柱が立ち上った。


 その中から、染み出すようにして学園長が現れ――


「――こら~っ!」


 問答無用で俺の頭に拳骨を落とす。


「――いったっ!? あ、やば、ホント痛い……が、学園長!? なんで!?」


 星が飛んだ! マジで痛い! この人、身体強化して俺を殴りやがった!


「なんで!? 自分がしでかした事くらいわかるでしょう!?

 ウチ、前に言ったよね!? <星堕としサテライト・ストライカー>は禁止だって!」


 学園長は殴られた頭を押さえてうずくまる俺の前に仁王立ちになり、人差し指を突きつけて早口に怒鳴り散らす。


「――ち、ちがっ……」


「――言い訳しない! 君以外に闘技場ここの結界壊せるような子がいるわけないじゃない! 対戦術級儀式魔法用の結界なんだよ!?」


「や、確かに本気なら、あんな結界、壊せるけど!」


 あらぬ言いがかりに、俺は思わず素で反論する。


「はい、認めた~! 現行犯。学園長室に連行します~!」


「だから、話を! !? !」


 と、必死にそう言い募って、俺は姫様の方に視線を向ける。


 ……信じらんねえ。


 あいつ、こっちなんか知らん顔で、舞台に転がってるクラスメイトを助け起こして回ってやがる!


「――あ……」


 俺の視線を追った学園長は、そこでようやく姫様を思い出したようだ。


「……あの子が?」


 俺はコクコクとうなずく。


「……<虹閃銃ザ・レインボウ>を喚起しました……」


「あ~……」


 学園長は右手で顔を覆って、天を仰いだ。


 深い……それはもう深い溜息。


 それから学園長は舞台の上の姫様に向かって――


「――シャ……ロッティちゃ~ん、ちょっと良いかな~?」


 そう猫なで声で呼びかけ、手招きする。


「あらあら、学園長先生。なんの御用でしょうか?

 あ、ひょっとしてわたし、なにかやっちゃいました?」


 ――言ったーっ!


 絶対言うと思ったっ!


 そもそもレイナのそのセリフにカチンと来て、こんな事しやがったんですもんね!?


 絶対、言う機会を見計らってたんだ!


 その結果、俺はあらぬ疑いをかけられて、学園長にぶん殴られたんだぞ!


 ……と、そう叫び出したい気持ちを、俺は必死に押し殺す。


「うえぇ……」


 学園長は学園長で、素の姫様を知っているだけに、あの姫様の態度におかしなうめき声をあげて……あ、鳥肌まで立ててる。


 トテトテといった風に無邪気に駆け寄ってくる姫様に、学園長は気色悪そうな視線を向けながら、咳払いをひとつ。


「――ホーラン先生。シャ――ロッティちゃんに、この件に関して、少々、指導しますので後の事は、この子に従うように……」


 と、学園長が指を鳴らすと、舞台の上に転移魔芒陣が開いて、学園長の使い魔だというぬいぐるみメイドのエイが現れる。


「……うわぁ……対戦艦主砲シールド全損とか、あたまおかしい事しやがるです~」


 彼女は丸く切り取られた闘技場の一角を見て、第一声、唖然とした表情で呟いた。


 そんなエイを尻目に、学園長は姫様と俺の襟首を引っ掴み、靴音を喚起詞に、転移魔芒陣を足元に描き出した。


「え? あ、あたくしもですか!?」


 思わずそう声をあげると、学園長は疲れた表情で俺に告げる。


「君、一応、学園ここでは彼女の保護者でしょう?」


「――そんなっ!?」


 驚きの声をあげて学園長から逃れようとしたが――不意に姫様が俺の手に両手を絡めて押し止める。


「……ひとりだけ逃げようたって、そうはいかないわ……」


 ニヤリ笑いながら、底冷えのする声で――姫様は、俺の耳元でそう囁いた。


 そして、魔芒陣が喚起され、視界が真っ白に染まる――

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