第2話 10
「――はい、みなさん、おはようございます!」
先生はいつものように教室を見回して挨拶し――ダッグスが俺の前の席に着いているのを見つけて、一瞬驚きを見せたものの、すぐに嬉しそうな表情を浮かべた。
それから手を叩いて注目を集め――
「今日はみなさんに、新しいお友達を紹介します! それもふたりもですよ!」
と、先生のその言葉に、重苦しかった教室の雰囲気がわずかに和らぐ。
「さあ、ふたりとも、入ってらっしゃい」
そう先生に促され入室して来た編入生の見た目は、対象的だった。
片や濡れたように艷やかな黒髪をうなじの辺りでリボンで結い上げ、人懐っこい笑みを浮かべた黒目の少女。
片や陽光を照り返して輝く銀髪を腰まで伸ばし、微笑に細めた金の瞳で教室内を見回している少女。
黒と白。
どちらも笑みを浮かべているが、黒髪の少女が誰もが手に取りたがる
「――――ッ!?」
俺は思わず息を呑む。
驚きの声をあげなかった自分を褒めてやりたい。
……な、なんで!?
疑問符を山ほど浮かべる俺をよそに、先生に促されて黒髪の少女が自己紹介を始めた。
「レイナ・サイオンジです――じゃなかった、レイナ・ノーデンスでした!
平民だったんですけど、アタシ、魔動が強かったらしくて、聖女だーって言われてお貴族様の養子になったんです」
ザワリと教室がざわめく。
「はいはい! 騒がないのー!
レイナさんも、ノーデンス侯爵家がそう主張しているだけで、まだ
……ノーデンス侯爵家、か。
そんな家が今の時期に聖女と担ぎ上げた少女……なんともきな臭い話だ。
「えへへ。すいません。まだそういう……お貴族様の礼儀とか、よくわかんなくて」
と、レイナは後ろ頭を掻きながら苦笑する。
「えっと、そんなワケで不慣れな事もあると思いますが、どうぞよろしくお願いします!」
そう告げて頭を下げるレイナに、俺達は拍手を送った。
ノーデンス家の養女と聞いて、
それが収まるのを待って、銀髪の少女が口を開く。
「――ロッティ・ゼンシスと申します」
優れた魔道士の証である、よく通る美声。
――間違いない。この俺がこの声を聞き間違えるわけがないんだ。
というか、偽名まで使ってなにしてんですか!?
「皆様、どうぞよろしくお願い致しますね?」
そう告げて微笑みながら、見事に整えられた
と、彼女の金瞳が驚く俺を捉えて、いたずらが成功したのを喜ぶように口元を綻ばせる。
――どう? 驚いた?
その手が素早く動いて、そう
――おまっ!? なんで来ちゃってんの!?
俺も
「先生! ロッティ様の姓――ゼンシスってあのゼンシス家ですの?」
と、俺の隣でクラリッサが挙手してフラウベル先生に訊ねる。
ああ、そうか。
クラリッサのオールソン家とは同門だったから、当然気づくよな。
ゼンシス家っていうのは、今は亡き奥様――姫様の母上様のご生家の家名だ。
勇者アドルの子孫の家系であったオールダー家の外戚家に当たるのだが、御館様と奥様の婚姻のあとはゼンシス家は公国に籍を移している。
奥様以外に後継者がいなかった為に、先代ご夫妻がご逝去なさった後は家名と爵位は御館様預かりとなり――実質、宗家オールダー家同様に絶えた家と思われているんだ。
すでに一門を離れた家とはいえ、宗家を継いだオールソン家の娘としては、かつての同門の名前を無視はできなかったのだろう。
「そうです。彼女――ロッティさんは、先日エルディオン大公殿下に保護された、ゼンシス家の跡取りなのだそうです」
「ええ。わたしの父が先々代様の弟なのだそうで……」
と、姫様は頬に手を当てて、困ったような表情を浮かべて応える。
「ああ、確か冒険者になると出奔された方がいらっしゃいましたわね」
偽名の為に、わざわざそんな人物を見つけてきて
ふたりはきっと相性が良いはずと睨んでいたが、俺の読みは外れてなかったようだ。
「というワケで、ロッティさんは現在、エルディオン大公家の保護下にありまして……シャルロットさん、彼女が馴れるまで手伝ってあげてもらえますか?」
「わ、わかりました!」
先生の問いかけに、俺は即座にうなずく。
混乱のあまり素が出てしまったが、幸い気づいた者はいなかったようだ。
「そういう事なら、わたくしも! かつての同門ですもの。わからない事があったら、なんでも聞いてくださいまし!」
「まあ、嬉しいです。ありがとうございます」
と、姫様はクラリッサの言葉に、まるで花咲くように顔を綻ばせる。
――誰だ、アレ?
あんな……普通のオンナノコみたいな態度の姫様、俺、見たことないんだが?
「で、ではレイナ様は私達が!」
そう声をあげたのは、やはりというか
「はい。ではそれぞれ席に着いてください」
先生に促されて、ふたりは移動する。
「どうぞ、ゼンシス様」
と、姫様――ロッティが御館様に保護されたと聞いて、自分の隣より俺の隣の方が良いと考えてくれたのだろう。
気遣いのできる少女――クラリッサは、一度席を立って姫様に俺の隣を譲った。
「ありがとうございます。オールソン様、とお呼びしても?」
再び丁寧な
「いいのですわ。それより、わたくし名乗ったかしら?」
「いえ、級友となる方のお名前とお顔は、事前に把握しておくべきと思いましたので。
――貴族名鑑で覚えさせて頂きましたの」
と、姫様は口元に手を当てて微笑む。
姫様のよく通る声を聞きつけたのか――フラウベル先生の連絡事項を無視して自己紹介し合っていた、レイナを受け入れたグループの声が静まる。
「あら? わたし、なにかおかしな事を申しましたでしょうか?」
ああ、この感じ……口調を変え、態度さえも偽っていても、
――間違いなく姫様だ。
不思議そうに首を傾げる姫様に、クラリッサも苦笑。
「いいえ。そうよね。帝国淑女たるもの、そうあるべきだわ。
――ねえ、ゼンシス様。わたくし、貴女とお友達になりたいわ。わたくしの事は名前で呼んでちょうだい。
貴女の事は、ロッティとお呼びしてもよろしいかしら?」
「はい。改めてよろしくお願い致しますね。クラリッサ」
「ふふ。よろしくね」
そうしてふたりは席に着き――隣に座った姫様は、俺に向けてにんまりと微笑む。
「――シャルロット様も、よろしくお願い致しますね?」
――こいつ! 俺にどういう反応を期待してるんだ!?
「え、ええ。よろしくお願いするわ」
とりあえず当たり障りのない応えを返し、俺は姫様の笑顔をやり過ごす。
「あ、あたくしの事もシャルと呼んでよろしくってよ?」
本人にシャルロット様と呼ばれるよりは、まだ愛称の方がマシだ。
そんなやりとりをしている間に朝礼は終わり、フラウベル先生と入れ替わりに、一時限目担当の先生がやってくる。
……クソ。なるべく早めにふたりきりになって、事情を問いたださねえと……
俺は授業中、混乱する頭を抱えたまま、ずっとそればかりを考えていた。
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