第2話 8

 ――治療からひと月も経つ頃には、ライは身体強化を完全に使いこなしていた。


 当然、補助器なんてもう着けていない。


 というか、先週、闘技場五往復の三分突破記録を目指した結果、ライの魔動に耐えきれずに、刻印が焼き切れてしまったんだ。


 やっぱり根が素直だと、覚えも早いわねぇ――と、いうのは、ライの成長記録を取っているリィナ姉の言葉だ。


 それを区切りとして、俺とリィナ姉はライのリハビリを次の段階に引き上げた。


 身体強化の上位である、構造強化の習得と魔術喚起の練習だ。


 この二つを同時に行うのは、その方が効率が良いからだ。


 俺達がライの喚楽器デバイスとして選んだのは、ホーラン先生が授業で使っているような楽器型のものではなく、公国騎士団の新兵に支給される鳴剣ホイッスル・ソードだ。


 振る事で剣身に彫られた溝が笛のように鳴り響き、それを定型詞として風精魔術を喚起できる仕組みになっている。


 攻性魔法が苦手な者でもとっさに魔術を喚起できる為、エルディオン公国の新兵はまずこの剣の扱いを学ぶんだ。


 喚楽器デバイスだけあって、普通の剣と違って非常に繊細で脆い造りになっているのだが、その問題を解決する手段が構造強化だ。


 鳴剣ホイッスル・ソードを剣として使う時は、身体強化の要領で剣自体を強化して使うんだ。


 呑み込みの早いライは、先週のうちにはもう構造強化をモノにしていた。


 今ではとっさの状況でも集中を切らさない事、そして構造強化をしながらでも魔術を喚起できる事を目的として、俺と掛かり稽古する段階まで来ている。





「――そういえばさ、グレイは聞いた?」


 鳴音響かせて逆袈裟に斬り上げながら、ライが訊ねてくる。


 この一ヶ月、毎日顔を合わせてきたから、俺達はもう親友と言って良い間柄だ。


 こないだなんて、一緒に街に買い物にも行ったんだ。


 城では一番の年下で、同性同年代の友人なんて居なかった俺にとっては、新鮮な体験だった。


「ん? 聞いたってなにを?」


 彼に合わせて鳴剣ホイッスル・ソードを握る俺は、ライの剣身に柄頭を当ててその軌道を逸し、その衝撃音で鳴剣ホイッスル・ソードの定型詞である鳴音をかき消して、魔術の喚起を妨害した。


 こいつ、恐ろしい事に、もう斬撃と風精魔術の二段攻撃なんてエゲツない攻撃ができるようになってるんだよ。


 剣術も魔術もまだまだ覚え立てで未熟だが、このまま鍛え続けたなら上級騎士――いや、近衛だって夢じゃないだろう。


 なんだったら、旦那様に頼んでエルディオン公国ウチに士官させたいくらいだ。


 剣筋を逸らされたライは、無理に剣を引き戻そうとせず、身を回しながら後方に跳ぶ。


 ライの頭上で振り回された鳴剣が短く鳴いて、俺の追撃を阻む為に風の刃が喚起された。


 俺も同様の魔術を喚起し、同時に地面を蹴る。


 風の刃を追うように走れば、ライの魔術とぶつかり合って風精魔術は燐光を放って精霊へと還る。


 俺はそれを突き破って、一気にライに肉薄した。


「――わわっ!?」


 ライの驚愕の声。


 首元に切っ先を突きつける俺に、ライは両手を挙げて降参を示した。


「――魔術を使う時に、身体強化がおろそかになってるみたいだな。

 次の段階では魔術じゃなく、攻精魔法を覚えてもらうから、無意識にでも身体強化を維持できるように練習した方が良いぞ」


「あ~、常駐化ってヤツだっけ?」


「ああ、寝る時に結界を張りながら寝るのが良い練習になる」


 自分の時の練習方法を教えると、ライは首を傾げる。


「身体強化じゃダメなの?」


「ふふ……それだと寝返り打った拍子に寝台壊しちゃったりするのよぉ。

 ――誰かさんみたいにね」


 と、冷やしたお茶の用意を終えたリィナ姉が、ニヤニヤと俺を見ながらライに説明した。


「ああ、なるほど。というかグレイ、君って結構、いろいろとやらかしてるよね?」


 この一ヶ月、ことあるたびにリィナ姉が俺の過去をほじくり返すものだから、ライは俺の失敗談に詳しくなってしまっている。


「……主が主だからな」


 ライの指摘に、俺はそう応えるしかない。


 姫様あいつのハチャメチャな命令オーダーを果たすには、試行錯誤して強くなるしかなかったんだ。


「まあ、聞く限り、かなり無茶な話ばかりだもんねぇ」


 俺とライはリィナ姉が用意したテーブルセットに座って、お茶に手をつける。


 五連続ぶっ通しでの掛り稽古だったから、火照った身体に冷やされたお茶が心地いい。


「それで、なにを聞いたって?」


「そうそう! 僕も今日、クラスで聞いたんだけどさ、シャルロットさんのクラスに編入生が来るらしいよ? それもふたり!」


「あ~……なんかそんな事言ってたな……」


 クラリッサ様が職員室に行った時に耳にしたとかなんとか。


「編入ってことは、ワケあり貴族か平民特待生なのか?」


 編入自体は珍しい事ではない。


 市井の平民が貴族の目に止まり、その後見を受けて試験を突破した場合、特待生として学園に迎え入れられる。


 貴族の場合でも、病気なんかで入学が遅れてしまって編入という形になる事もあれば、ご落胤が見つかって急遽編入って事もある。


「う~ん。そこまではわからなかったけど、ふたりとも女子って話だったよ」


「……編入生ねぇ」


 ……問題は、姫様のチューニノートには、今の時期の編入生なんて登場しないという事だ。


「あ、それよりさ、さっき言ってた結界の常駐化なんだけど――」


 と、ライにとって編入生は隣のクラスの事で、さして興味のあるものではないらしく、話題はリハビリの一環――自主練習の方法へと移ってしまったのだが……


 この時俺は、なんとも言えないイヤな予感を覚えたんだ。





 ……そうして翌日。


「――ロッティ・ゼンシスと申します」


 先生に促され、みんなの前でそう名乗ったの女生徒に、俺は驚愕した。


「皆様、どうぞよろしくお願い致しますね?」


 そう告げて微笑む彼女に、教室の生徒達は男女問わずに見惚れてしまう。


 それはそうだ。


 ロッティ・ゼンシスと名乗った彼女は――彼女こそ、公国の至宝とまで皇帝陛下や御館様に言わしめる、シャルロット・エルディオン本人だったのだから!


 ……予感はコレか!


 というかさ……姫様、なんで来ちゃってんの!?

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