第2話 7

 あの日から一週間の間、ライのリハビリは俺が魔道を繋いで活性化させていった。


 真面目なライは、リハビリ時間以外にも自発的に自身の魔動を巡らせて鍛錬していたらしい。


 その甲斐あって、治療から一週間後にはリィナ姉から魔法の使用が解禁された。


 とはいえ、幼い頃に魔道が壊れたライは魔法をまったく知らなかったから、魔法の基礎――身体強化から教える事にしたんだ。





 ――放課後、寮の裏庭で。


 俺は準備運動を終えたライに説明を始める。


「良いか? そもそも魔法ってのは、世界を形創っている精霊に魔道を繋ぎ、その在り方を書き換える技術だ」


 姫様は「規定化された小規模事象改変」なんて言っていたっけな。


「うん、魔道理論の授業で習ったね。

 魂の器である魔道器官から漏れ出る意思の力――魔動。

 それを魔道に乗せて喚起詞と共に精霊に届ける事で、世界はうたに従う……んだよね?」


 ライが記憶を辿るように、宙に視線を彷徨わせながら答える。


「そうだ。精霊ってのは、人から無意識にこぼれ出た魔動が、それによって織りなされている霊脈に浄化されて、個人の意思を失くしたものだからな。

 そこに喚起詞という意思を与え直す事で、魔法となるんだ」


 つまり魔動と精霊は、存在としては同じモノらしい。


 違いは人の体内外どちらにあるかという点と、俺が今ライに説明したように、人の意思が込められているかどうかという点だろうか。


「ええと、精霊に魔道を繋ぐ事を『魔道を通す』と言って、喚起詞によって精霊に意思を与える事を『魔法を喚起する』と言うって、授業で習ったよ」


「ああ。魔道研究の場なんかでは、その二つをまとめて『精霊の魔動化』とか、『霊脈掌握』なんて表現する場合もあるけどな」


 あくまで余談のつもりだったんだが、生真面目なライは俺が挙げた言葉を反芻してうなずく。


「さて、理論のおさらいが終わったところで、本日の主題テーマの身体強化だ」


 貴族の子なら、魔道教育の始まる七歳頃に、真っ先に教わる基礎中の基礎。


 学園の魔道実技関係の授業で、まず魔術から始めるのは、そういった基礎を教わっていない平民特待生に、魔道を巡らせ、あるいは制御するすべを教える為なんだと思う。


 ――本来ならば、な。


 ホーラン先生の授業は、そういった考えより自らの思想を優先しているように、俺には思えた。


 魔道が壊れているライを切り捨て、平民特待生に魔道の通し方を教えはしても、それは精霊への接続ではなく、喚楽器デバイスの刻印への魔道の通し方なんだ。


 平民であっても公共施設に設置されている魔道器を喚起した経験はあるから、みんな簡単にできるようになっていたっけな。


 当然、そこからは魔術を喚起する実技となって、平民特待生のみんなは魔法の基礎である身体強化を教わらないまま、授業を進められていく事になる。


 ――そういった、ホーラン先生の授業への不満を織り交ぜつつ、俺はライに身体強化の重要性を説明する。


「……グレイって、実技の授業を見たことあるの?」


 ――あ、やべ。


「や、いや……そう! 姫様から伺ったんだよ。そこで感じた、俺なりの考察だ」


 慌てて俺はそう言い訳する。


「ああ、シャルロットさんも、魔道実技の授業は不満げだもんね」


 と、ライは特に疑問に思った様子もなく、笑みを浮かべてそう応えた。


「そ、そんな事より、リィナ姉! アレをライに――」


 ライは気づいていないが、この話題はよろしくない。


 俺は慌てて話を逸らすために、生け垣のそばに控えていたリィナ姉に声をかける。


「はいは~い。ライくん、今日からはなるべくこれを着けて生活してねぇ?」


 そう言ってリィナ姉がライに差し出したのは、一対一組の腕輪だ。


「これは……魔道器?」


「そうそう。身体強化の補助器だねぇ」


 魔法を教わり始めたばかりの子供が着けるものだ。


「魔道を通せば身体強化を喚起してくれるから、それで魔動の動きを覚えると良い」


「適切な魔動量じゃないと喚起できないし、逆に多すぎても制限されるから、適切な魔道制御を覚えられるのよぉ?」


 俺も今の身体になった時に着けられたものだ。


「今日はそれを着けて、闘技場との間を五往復五分突破を目指すぞ!」


「え? ええ? ここから闘技場までって、五百メートルはあるよね? それを五分で?」


 ライの訴えに、俺とリィナ姉は首を傾げる。


「一往復一分を切れば良いだけだろう?」


「身体強化アリなら、余裕よねぇ?」


「ええぇぇぇ……」


 驚きに目を丸くするライ。


「良いか、ライ。平民のおまえは知らないだろうが、身体強化を使いこなす騎士達は、全身甲冑を着込んだ状態でも音の速度で駆けるんだぞ」


「そうよぉ? 上級騎士ともなると、一〇〇メートルを一歩で跳ぶんだから!」


「や、そういう騎士は確かにいるかもしれないけど、それって本当にごく一部でしょ!?」


 ライの言葉に、俺はリィナ姉と顔を見合わせた。


「……少なくとも兄貴達はできるよな?」


「皇室近衛もできるはずよぉ? 前に御館様が騎士団の教導に招いた方はそうだったものぉ」


「いやいやいや、たぶん君らの基準って、すごくおかしいからね!?

 僕、騎士団の公開訓練を見に行った事あるけど、音の速さで走ってる人なんて居なかった!」


 声を張り上げて言い募るライに、俺は苦笑して肩を竦める。


「はは。ライはバカだなぁ。ああいうのは民に安心感を与える為に行われてるんだぞ?

 そんなトコで騎士が本気を出してみろ。安心感を与えるどころか恐怖させてしまうだろう?」


 エルディオン公国でも定期的に公開訓練を行っているから、よくわかる。


 剣舞や掛り稽古なんかのわかりやすい訓練風景を見せて、民を安堵させるんだ。


 そうして騎士に憧れる者を増やそうという思惑もある。


 ……待っているのは、公開されていない地獄の鍛錬の日々なんだがな。


「とにかく、だ。

 身体強化が基礎の魔法とされるのは、それだけ簡単に喚起できるからなんだ。

 なんせ精霊ではなく、自分の魔動を直接制御して魔法を喚起するんだからな。

 だからこそ、込める意思が強ければ強いほど、強化はより強いものになるってわけだ」


「――姫様が回し蹴り一発で、頑丈な教壇吹き飛ばしたりしたのとかもねぇ」


 ……先日の俺の行動だ。


 俺は咳払いひとつ、ライに人差し指を突きつける。


「いきなりそこまでになれとは言わないが、しばらくは五分突破目指して身体強化の特訓だ!」


「ん~、なんか納得いかないけど……わかったよ」


 と、素直なライはボヤきつつも、リィナ姉から魔道器を受け取って喚起すると、俺と一緒に闘技場目指して走り始めた。

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