第2話 3

 フラウベル先生の説明によるとサイベルト以下側近の生徒達は、皇帝陛下の勅命で停学扱いとなり、帝国領最北端――ハウゼン州ロート郡へと送られる事になったそうだ。


 その地の名を聞いてピンと来ない帝国臣民は居ない。


 昨年起きた、『ダム・フロウの悪夢』と名付けられた事件は、主要大手新聞各社の一面に取り上げられ、ハウゼン州は今に至っても対応に追われているのだという。


 ダム・フロウという名の、違法研究を行っていた魔道士によって引き起こされた侵災――魔物大量発生現象によって、今やロート郡は瘴気と魔物の支配する、人の住めない土地となっているんだ。


 サイベルト達は『皇子として騎士として、侵災調伏を果たす為』に、彼の地に赴く事になったのだという。


 もちろんそれは建前だ。


 サイベルト達の愚行――シャルロット・エルディオンを決闘で服従させようとしたのは、学園生徒ばかりではなくその家族までもが知る事となった、いわば皇族の醜聞だ。


 昨日の一件以外にも、フラウベル先生の説明では、ヤツの派閥は決闘にかこつけて、かなり無茶苦茶な事をしていたらしい。


 なんだ? 婚約者の貞操を賭けて決闘していたって――そんな賭け、受ける男も男だろう?


 ……当事者にしかわからない、面倒な事情があったのかもしれないが、巻き込まれた婚約者のご令嬢は溜ったものじゃなかったはずだ。


 そういう決闘を悪用した連中は、退学となって御家ごと排斥――平民に落とされたそうだ。


 そしてそういった者達を抑え切れなかった責任を取る形で、サイベルトは魔物蔓延る侵災の地で、命を賭けて調伏に臨む事になったというわけだ。


 巧く調伏で戦功を立てられたなら失地回復。


 運が悪ければそのまま侵災が調伏されるまで最前線生活だ。


 この処遇を聞くだけで、陛下は側室が生んだ実の子より弟の子である姫様を優遇しているのがよくわかる。


 いろいろ建前を付け加えているが、ぶっちゃけ陛下は決闘の契約によって姫様を服従させようとしたサイベルトにブチギレたんだ。


 加えてヤツを担ぎ上げていた連中のやらかしだ。


 粛清という大鉈を振るうには、絶好の機会だったろう。


「――幸いな事に、ダッグスくん達一年生は、サイベルトくんに仕えて日が浅い事もあり、大事になるような罪は犯していなかったので、一週間の謹慎処分――停学という事になりました」


 フラウベル先生の言葉に、第二王子シルベルト派の生徒は不満げな表情を浮かべ、実害を受けていた中立派の女生徒は不満を露わにした。


 このクラスメイト達の反応からして、ダッグス達は停学が明けても、もはや以前のような横暴な態度を続ける事はできないだろう。


 それがヤツらにとってはなによりの罰となるはずだ。


「そうそう。それとサイベルトくん達の行いを省みた結果、賭け決闘のルールが変更される事になりました。

 これからは賭けがともなう場合は、本人達の同意の他に立会教師三名の承認が必要になり、また契約に他者を巻き込むような内容は承認されなくなります」


 それによって無茶な契約は結べなくしようという事だろう。


「それではみなさん、今日も一日、頑張ってください!」


 そうしてフラウベル先生は、その他の連絡事項を俺達に通達した後、朝礼の終わりを告げた。


 教室を去っていくフラウベル先生はひどくくたびれていて、教室の出入り口に向かう足取りも重いように見える。


 きっと昨日の決闘終了後から、ダッグス達の処遇対応に追われていたんだろう。


 通達された連絡事項の中には、教科担当教師の配置換えも含まれてたんだ。


 フラウベル先生は明言しなかったが、配置換えになった教師はみんなサイベルト派の教師だ。


 契約によって俺への干渉が禁じられたからな。


 実際のところあの契約によって結ばれた規約ルールが、どの範囲まで及ぶか、そして破った場合の罰則がどのようにもたらされるのかはわからないが、儀式を喚起したのは中立派の学園長であり、教師達まで配置換えされたという事は、という事なのだろう。


 ダッグス達は一週間の停学となっているが、きっとその間に御家ごと派閥を抜けるかの選択を迫られるのだと思う。


 ――ご迷惑をおかけします。先生……


 俺は退室していく先生に黙礼しつつ、心の中でそう謝罪した。




「――え~、これによって魔属の王ラドムリースは勇者アドルによって討ち倒されました。

 結果、この東ソラース大陸は各国群雄割拠の戦乱の時代に突入していく事になるのですが……」


 配置換えによって、今日から歴史を担当する事になったジバル先生の授業は、非常に面白かった。


 若い頃は冒険者として大陸中を旅していたというだけあって、過去に巡った遺跡で感じた印象などを元に、独自の歴史考察を交えて語ってくれるんだ。


 以前担当していた歴史教師は貴族の出で、しかも生粋のサイベルト派で、ヤツの母の生家であるリングアーベル家の譜代家臣だったから、いかに彼の家が素晴らしいか、いかに帝国成立に貢献したかをやたら細かく語っていたものだ。


 ぶっちゃけリィンベル州総督家――旧リィンベル王国の傍系でありながら、真っ先にステルシア王国に寝返った裏切り者の家系なんだが、だからこそ歴史の授業で生徒達に彼の家に都合の良い歴史観を植え付けようとしていたんだと思う。


 俺は姫様の勉強に付き合っていたから知っている。


 リングアーベル家は肩書こそ辺境伯であり、皇帝妃を排出した家という事もあって軍部や枢密院でもそれなりに発言力はあるのだが、実態は外様扱いなんだ。


 その証拠にリングアーベル領はリィンベル州のおよそ半分が割譲されたものなのだが、その領地は魔境に面した、決して豊かとはいえない土地だ。


 皇室が数代に一度、彼の家から妃を娶るのも、溜め込んだ不満を発散させるのが目的で、決して皇后には据えていないんだ。


 裏切り者は、いずれまた裏切る。


 だからこその生かさず殺さず、というわけだな。


 そんな以前までの歴史授業を開口一番にクソと言い放ったジバル先生に、俺は心の中で喝采を送ったよ。


 以前の授業では、現在のエルディオン公都――旧帝都の侵災調伏・解放戦を行ったのがリングアーベル家って事に改ざんされてたからな。


 実際にそれを行ったのは、陛下や御館様のご生母である皇太后陛下のご生家であるオールダー家の騎士団なのだが、後継に恵まれずに絶えている御家だから、リングアーベル家はその功績を掠め取ったというわけだ。


 ――あの戦には確かに彼の家も参戦していたが、帝都防衛を口実に前線には百名しか送らなかったから、軍部で叩かれとったはずだ。


 というのは、これまでの授業内容を俺達から聞き取った、ジバル先生のお言葉。


 一見すると好々爺なのだが、冒険者をしていたというだけあって、芯がしっかりした人物という印象だ。


 前任教師が用意した教科書を回収し、後日、新たに教科書を配布すると言って、今日は手始めに帝国の前身であるステルシア王国成立以前――魔王が大陸を支配していた時代を題材に、授業をしてくれているんだ。


「――今日のテーマは魔王時代ですからね。その後の戦国時代については、また別の機会に語るとして、みなさん、ここまでで気づいた事はありますか?」


 これもまた、前任教師とは異なる点だ。


 ジバル先生は折に触れて、俺達に質問を促す。


 そして本当に些細な疑問であっても、自らの知見や流通している論文などを元に――時には自らの冒険者時代の経験なども交えて答えてくれるんだ。


「――先生のお話では、勇者アドルは決して正義ではなかったかのように感じたのですが……」


 と、挙手して質問したのは、クラリッサ様だった。


「ああ、オールソンくん。君にとっては、やや不満を感じる内容だったかもしれないね」


 ジバル先生は申し訳無さそうに苦笑する。


「あ~、わからない子の為に補足すると、オールソン家は勇者アドルの血統なんだ」


「正確には傍系ですわ。直系宗家であるオールダー家が後継者を失くして途絶えた為に、我が家がそう呼ばれるようになっただけですの……」


 我らが旦那様の元服の際、オールソン家から嫁を娶って、オールダーの名を襲名する話もあったそうだが、その時点で旦那様は奥様と大恋愛の真っ最中。


 弟を溺愛している陛下のご英断によって、その話は闇に葬られたそうだ。


「話を戻すとだね。

 少なくとも魔王はその末期――勇者に討ち取られた段階ではまごうことなき悪だったと思う。

 自らの目的の為に、守るべき魔属すら犠牲にしていたからね。

 だが、勇者アドルが正義だったかというと、私は疑問に感じるんだ」


 お伽噺代わりに勇者アドルの物語を聞いて育った生徒達は、みな一様にジバル先生の言説に首を傾げる。


 俺も隠れ里の長老達の話を聞いていなければ、きっと同じようにしていただろう。


「そもそも魔王が各国に侵攻始めた理由は、魔属の保護が目的だったそうだ。

 これは私自身、魔族の集落を訪れた際に聞かされた話だから間違いない」


 そう。当時、魔属はその見た目の美しさや、強大な魔道器官を保有している事から、各国がこぞって拐かし、隷属化させていたんだそうだ。


 それを解放させる為に、魔王は各国に挙兵したのだと――当時を識る魔属の長老達は語る。


「その後の歴史を鑑みれば、勇者によって魔王が討たれた為に、魔属への弾圧はより苛烈なものとなってしまったとも言える。

 そして魔属の扱いだけでなく、その後、魔王という共通の敵を失くした事によって、タガが外れた各国が起こした戦乱の時代を思えば、私は勇者の行動はただの暗殺行為であって、正義の行いとは言いたくないんだよねぇ……」


 ジバル先生はため息と共に首を振り、質問したクラリッサ様に優しい笑みを向ける。


「悪いねぇ。<三女神トリニティ>に誓って、オールソン家の祖を――勇者アドルを貶すつもりはないんだ。

 彼自身は偉大な英雄だと思うし、その後の行動は真に勇者だと思える」


 再び魔属を隷属化し始めた各国に対し、魔属解放の為に活動し、ついにはオールダー王国を興して保護に努めたのは、他ならぬ勇者アドルだ。


「ただ、歴史は常に多角的に捉え、公平に語らなければ、誤った情報を後世に残してしまうものだからね。

 だから、こんな語りになったわけさ」


「なるほど。確かにそうですわね。

 わたくしも危うく、コリー先生のように偏った思想で歴史を語るところだったのですわね……ご教授、感謝いたしますわ」


 と、クラリッサ様はジバル先生に頭を下げる。


 コリー先生というのは、前任歴史教師だ。


「うんうん。みなさんも逆に私の話がおかしいと思ったなら、バンバン指摘してください。

 私だって、あくまで見聞きした事を元に考察を語っているだけで、実際に当時に生きていたわけじゃないですからね。

 逆に君達のような若い感性だからこそ、見えてくる歴史もあるかもしれない。

 歴史というのは、そういう当時の資料を元に、推測を交わし合う事こそが醍醐味なんだ」


 だから、ジバル先生はたびたび、質問を受け付けるのだろう。


 教団の上のベルが鳴り、歴史の授業は終わりを迎えたのだが――


「――先生! 剣聖アールベインについて、ぜひお話を聞かせてください!」


「それより、聖女ミレディについて、ぜひ!」


 挨拶を告げて去ろうとしたジバル先生に、歴史好きの生徒達が殺到した。


「――もう! 貴方達! 次は魔道実技の時間ですわよ! 早く準備なさい!」


 結局、クラリッサ様がそう叱りつけるまで、ジバル先生は質問攻めにされ続けたのだった。

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