第2話 2
「――シャルロット様、昨日はなぜ闘技場にいらっしゃいませんでしたの!?」
翌朝、いつものように女体化して教室に向かうと、俺はクラスの女生徒に一斉に取り囲まれた。
彼女達は胸の前で拳を握り、不満げに両手を握り締めている。
女になった俺の身長は、その分が胸に行ってしまったかのように小柄になっていて、クラスの中でも低い方から数えた方が早いくらいになっている。
だから俺を取り囲む女生徒達はみんな俺より背が高く、幼少期に城の侍女――姐さん達に世話を焼いてもらってた頃を思い出して、俺は反射的に萎縮してしまう。
「――み、皆様、朝からお元気ですわね……」
頬が引きつるのを感じながら、なんとかそう切り出すと――
「それはもう!」
「わたくし、昨晩は眠られませんでしたわ!」
「ね~?」
と、女生徒達はきゃいきゃいと黄色い声を交わし合う。
「ええ、ええ! 昨日、わたくし達の為に、ビトゥン殿に果敢に立ち向かったエルディオン様のお姿にも深い感銘を受けましたが――」
そんな中から一歩進み出たのは、クラリッサ様だった。
帝国譜代家臣家にして中立派の取りまとめを担っている、オールソン侯爵家の長女だ。
クラスでは中立派に属している生徒達のリーダー役のような存在。
エルディオン大公家一門も、宮中では一応は中立派と捉えられているようなんだが……
なんせ公国は陛下に自治を認められた、なかば独立国のようなもので、だからこそご自身の発言力の強大さを熟知している御館様は、第二、第三、どちらの皇子の派閥にも属さず、中立派からも距離を置いてきたんだ。
その御館様に倣って、姫様のフリをする俺もまた、クラスではいずれの派閥グループにも属すること無く、孤高の令嬢として振る舞っていた。
……や、実際のトコ、たとえ姫様本人が入学したとしても、あの引き籠もりは自然とこの立ち位置に落ち着いていたはずだ。
――それはさておき、だ。
クラリッサ様は俺の前まで進み出ると、両手で頬を抑えてその細い身をくねらせる。
「……グレイ様とサイベルト殿下との決闘! わたくし、あの方に真の騎士を見ましたわ!」
「……は?」
俺は思わず素の――淑女らしくない声を漏らしてしまう。
「……ど、どういう事です? 本人やリィナからの報告では、騎士とは真逆の振る舞いをしたように思えるのですが……」
貴族の価値観を持つ彼女達からしてみれば、平民がイキって皇子に楯突いたようにしか見えなかったはずだ。
……それが真の騎士?
笑顔を崩さないよう務めつつ、内心で首を捻りまくるのだが、どうしてそんな評価になったのか理解できない。
しかし、クラリッサ様の言葉に他の女生徒達も同意してうなずいているところを見ると、どうやらそれは今、俺を取り囲んでいる女生徒達の共通見解らしい。
クラリッサ様は両手を広げ、紅潮した顔で歌うように続ける。
「わたくしにはあの方の想いがよくわかりましたわ!
主に対して下劣な契約を迫るサイベルト殿下。
そしてそれを貴女は真っ正直に受けて――あのままでは、もし決闘に勝利したとしても、契約が履行されていたのはビトゥン殿だけの可能性もありましたのよ?」
「……え、そうなの?」
……目を丸くする俺に、女生徒達が口々に説明してくれた話をまとめると。
昨日はたまたま学園長が立会人を務めてくれたからよかったものの、サイベルト派の教師が立会人だった場合、俺が願った賭けの対象がサイベルト派すべてではなく、ダッグスだけに改ざんされた可能性もあったのだという。
昨年、サイベルトが入学し、ヤツが派閥連中に行わせた決闘では、そんな不正が何度も行われたらしい。
賭け決闘に勝利しても、<決闘舞台>を喚起した教師によって契約内容を改ざんされ、賭け事態をうやむやにされた者が何人もいるんだとか。
――そんな抜け道があったとは……
どうやら俺は、世界に
昨日の俺は偶然とはいえ、姫様の
だからこそ――あんなクズでも第三皇子だからな。学園長自ら立会人に名乗り出てくれたんだろう。
「大魔道の位を持つ貴女でも、こういう暗闘には疎いようですわね?
良いですか? あの状況でグレイ様が貴女を守るには、サイベルト殿下を決闘の当事者に引き込むしかなかったのですわ!」
まるでそれが事実のように、クラリッサ様は興奮気味に断言した。
……いや、俺、そんなつもりはまったくなかったんだけど……
「あの方は自らが不敬罪に問われる危険を犯してまでサイベルト殿下に楯突き、あまつさえ自身を不利な立場に追いやってまで殿下との決闘に臨み――そして、数の不利を物ともせずに圧勝して見せた!
これを真の騎士と言わずになんと呼べば良いのです!?」
「……忠犬」
小声で呟いたつもりだったが、クラリッサ様は金に近い亜麻色の髪をなびかせて俺に顔を寄せて。
「――いまなんと?」
「い、いえ。皆様にお褒め頂き光栄ですわ、と」
細められた目が物騒な色を宿していたから、俺は引きつり笑顔で首を振る。
どういう事かよくわからないが、クラス女子の中で俺の評価がめちゃくちゃ高い。
昨日の決闘での俺は、サイベルト達を一網打尽にする目的の他に、観戦に来ていた貴族達に対しての警告の意味も込めて、あえて悪辣に振る舞っていたんだ。
シャルロット・エルディオンには、皇子だろうと構わずボコる、あたまのおかしい従者が付いてるぞ、と。
ヘタに取り込もうとするなら、狂犬ぶつけられっぞ、と――
その恐怖を越えてなお、シャルロット・エルディオンと交流を図りたいと思える胆力がなければ、姫様の
だから、今のこの状況が理解できない。
「……あなた達、アレの髪や目の色は気にならないの?」
黒や灰の髪色。そして紅い目は、魔属に
生まれ持った、強い魔動が原因だとか姫様は言っていた。
そう。姫様が調べてくれたところ、元々の俺はどうやら魔属――あるいはその子孫だったらしいんだ。
公国領内には魔属の隠れ里が点在しているから、俺はそこから流れて来たのか、あるいは先祖返り的に魔属の血が顕れてしまった結果、親に捨てられたのではないか――というのが、御館様や姫様の見解だ。
捨てられた時の事なんて、幼すぎて覚えてないから、そう説明されても曖昧な返事しかできなかったっけな。
それはさておき、魔属の隠れ里と昔から交流しているエルディオン公国の民と異なり、たいていの帝国臣民は貴族以上の強い魔動を持つ魔属に偏見――恐れを抱いている。
だからこそ魔属は、皇帝直轄地だったあの地に隠れ里を造って生活していたのだし、御館様が治める地として選ばれたわけで。
つまりは
だが、クラリッサ様をはじめ、女生徒達は不思議そうに顔を見合わせ。
「――いまさらですわ。人属であっても、強い魔道器官を持つ者は特異な形質を
クラリッサ様が目を細めて笑う。
「まあ、貴女はその頃には大魔道として大学に席を得ていたようなので、ご存知なくても仕方ないのかもしれませんわね」
へ~、それは確かに知らなかった。
「――なにより……」
と、クラリッサ様はさらに笑みを強くして、俺に手の平を向ける。
「……貴女と同じ髪と目を持つあの方を、どうして恐れる必要があるのです?」
そうして彼女は、後ろで結わえた俺の髪を一房すくい上げて、不思議そうに首を傾げた。
「あー、なるほど……」
つまり、俺の学園でのシャルロット・エルディオンとしての淑女の振る舞いが、図らずもグレイとしての俺自身の信用にも繋がっていたってワケか。
俺が納得したのを見て、女生徒達は目を輝かせて、一歩踏み込んできた。
「シャル様! ぜひ、わたし達とお茶会しません?」
「グレイくんのお話をぜひ! ぜひお聞かせださいませ!」
「――グレイ様のお話だけじゃなく、私はシャルロット様が造ったという魔道器のお話を伺いたいですわ!」
「そうそう! グレイくんの兵騎! アレもエルディオン様がお造りになったって、すごいですよね!」
口々に告げられる言葉に、俺は律儀に返答していく。
女子の話が脈絡もなくあちこちに飛ぶのは、城の姐さん達に鍛えられてるから馴れてるんだ。
そうしてみんなの会話に加わっていると、教室のドアが開いて、担任のフラウベル先生が入室してくる。
「あ~、フラウ先生来ちゃった……」
「エルディオン様、またあとでお話させてくださいませね……」
と、名残惜しそうに言い残し、手を振って席に戻っていくクラリッサ様達に手を振り返し――
「ええ。またあとで」
そう応えれば、朝の他愛もない交流はお開きとなった。
教壇――昨日俺が蹴り砕いたものは綺麗に片付けられ、新しいものが用意されていた――についたフラウベル先生は、俺達を見回してため息をひとつ。
ため息の理由は、本来はすべて埋まっているはずの座席に空いた、空席だ。
ダッグス達、サイベルト派に属していた生徒の席だ。
「――おはようございます、みなさん。
みなさん、ご存知かと思いますが、昨日、エルディオンさんとサイベルトくんの間で決闘が執り行われました。
その顛末について、説明したいと思います」
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