命令その二:病弱皇子は庶民派?

第2話 1

「――命令オーダー達成おめでとーっ!!」


 決闘を終えて自室のリビングへと戻り、俺とリィナ姉、フェルは歓声と共に手を打ち合わせた。


 仮にもサイベルトは皇子だからさ。


 闘技場からの帰り道、ヤツの派閥に対立してる派閥や、中立を保っている御家の生徒達から祝福の声をかけられたんだけど、俺達は『あくまで姫様の為に戦っただけです』って体で、澄まし顔でやり過ごしたんだ。


 従者の俺達がドヤ顔で喜んだりしたら、それを不敬として、残る敵――第二皇子シルベルト派に足元をすくわれるかもしれないからな。


 寮の廊下を歩く間でさえ、俺達はずっと神経を張り詰めさせてたんだ。


 だから、自室に戻ってからハメを外すくらい、許して欲しい。


「――すごいすごい! 姫様の話じゃ、サイベルトとの断絶は、できたとしても夏季休暇の直前って話だったよね?」


 俺の手を握ってぴょんぴょん跳びはねて喜ぶリィナ姉。


「ああ! 姫様のチューニノート通りならそうだったんだ! でも、ダッグスのバカがイキり散らかしてくれたからさ! それを利用して進行を早めた俺を褒めてくれよ!」


「グレイ、偉い! そんないい子には、お姉さんがご褒美にアイスを作ってあげる!」


「――マジか!?」


 ……アイス。


 それは女神がこの世界にもたらした、天上の菓子だ。


「マジもマジ、しかもチョコミントよ!」


 俺は思わず跪き、胸の前で両手を交差させて<三女神トリニティ>に感謝の祈りを捧げた。


 アイスやチョコは魔法を用いなければ作れない、いわゆる貴族のお菓子だ。


 大量の砂糖を使用するから、平民の口にする事はまずないと言っていい。


 だから、チョコアイスというだけでも、ご褒美としては十分だというのに――チョコミント!


 薬草の一種であるミントを大量に摩り潰し、その絞り汁だけを煮詰めてアイスに練り込むという、手間暇がかかりまくったチョコミントアイスは、下位貴族ですら滅多に口にできない――それこそ上位貴族の特権のようなシロモノ!


 幼い頃、姫様のおやつの余りを食べさせてもらって以来、俺の大好物のひとつなんだ。


 姫様が、匂いや口の中に広がる刺激が苦手と言ってからは、城の厨房長が作らなくなってしまって、滅多に食べられなくなったのが悔やまれる。


「夕食のデザートに出すから、楽しみにしててね! 今夜はごちそうよ~」


 リィナ姉は片目をつむってそう告げると、用意に為に厨房へと向かって行った。


 俺も戦礼装バトル・スーツから着替える為に私室へ向かう。


 フェルは俺の肩に乗って、そのままついてきた。


 手早く私服代わりの侍従服に着替え、再びリビングに戻ってお茶の用意をする。


 茶葉を取りに厨房に行くと、リィナ姉が鼻歌を唄いながらデカい鶏肉を切り分けて、粉をまぶしていた。


 チョコミントアイスだけじゃなく、からあげまで……


 それもまた俺の好物だ。


 リィナ姉が今日の勝利を本当に喜んでくれているのが、よくわかる。


 邪魔しないように適当に茶葉を選んでティーポットに放り込み、蛇口からお湯を注いで俺は厨房を後にする。


『――ところでさぁ』


 ティーポットからカップにお茶を注いだところで、フェルが自分用の小振りなカップを抱えて、そう切り出してきた。


『――チューニノートってナニ?』


「ん? 姫様から聞いてないのか?」


 俺もリィナ姉も、今回の任務に着くに当たって、行動指針とするようにとの説明を受けたのだが……


『あたしは『お仕事』頼まれた以外は、グレイの事を手伝ってあげて~って言われただけだよ~?』


「……ふむ」


 妖精リ・トは気まぐれで飽きっぽい性質をしているから、姫様は細かい説明を省いたのだろうか?


 あるいは説明したけれど、フェルが聞いていなかっただけなのかもしれない。


 いや、たぶんそうなのだろう。


 あの何事にも慎重な姫様が、任務に関わるフェルにだけ、なにも説明してないとは思えない。


「――開け、保管庫ストレージ


 と、俺はため息混じりに喚起詞を唄い、魔道保管庫を喚び出す。


 扉の意匠デザインかたどられた魔芒陣が開き、光の枠が出現して、物品リストが表示された。


 俺とリィナ姉、そして姫様が共同管理している魔道保管庫内の所蔵物一覧だ。


 その中から『指示書』と記名されたものに触れると、魔芒陣の扉から革張り魔道鍵付きの日記帳が現れる。


「まずはコレを読め……」


 俺の魔道を通せば、小さな金属音を立てて鍵が解除され、俺はそのままフェルに手渡した。


 身の丈ほどもある日記帳を、見た目に反して力のあるフェルは難なく受け取り、ティーセットの横で広げる。


「ふむふむ~?」


 そこに書かれているのは、姫様が学園入学してから十八歳で亡くなるまでに起こり得る――姫様ご自身の体験談。


『……確かにチューニノートだね……』


 フェルの言葉に、俺はうなずいて同意を示す。


 ――チューニ病。


 正式には『若年性妄想没頭症候群』という精神疾患だ。


 発見者である精神科医のチューニ氏によれば、その症状は罹患者によって様々に分類されるそうなのだが、一部の患者はその妄想を執筆という形で表現するらしい。


 そうして形を成した妄想の産物を、一般的にはチューニノートと呼ぶんだ。


 俺もリィナ姉も学園入学に当たって、姫様が学園に行くのをゴネる本当の理由として、この日記帳を見せられた時は、彼女の罹患を疑ったものだ。


 卒業パーティーまでの三年間、時系列に沿ってあらゆるパターンが記された日記帳は、まさに執筆の前段階――プロット制作のように思えたからな。


「それは……姫様が繰り返してきた人生を、事細かに記したものだ」


 しかし今、俺もリィナ姉もそこに記されている内容が事実である事を疑っていない。


「――俺とリィナ姉は、一部ではあるが、そこに記された姫様の人生を体験させられた」


『え? てことは、ふたりともシャルのローカル・スフィア閲覧アクセスしたってこと?』


「ん? どういう事だ?」


 フェルの言葉の意味がわからず、俺は首を捻るが――


『や、追体験したっていうなら、間違いないよね』


 フェルはそう呟いて、なにやら納得したようだった。


『――ああ、だからシャルはあたしにアレを調べさせてたのか……

 それに、その話の通りなら確かに、あの子の異常な魔動や知識も合点がいくね……

 可哀想に……勇者アドルが残したツケが、なんの関係もないあの子に収束しちゃってるんだね……』


 チューニノートのページをペラペラとめくりながら、ブツブツとよくわからない事を呟き続けるフェル。


 やがて彼女はパンとチューニノートを叩いて。


『わかった! あたしももうちょっと本腰入れて、シャルの力になってあげる!』


 いままでは片手間だったということか?


「……おい」


 思わず半目を向けると、ヤツは苦笑を浮かべて人差し指を立てた。


『やだな、怒んないでよ。あたしにはあたしの――妖精リ・トとして守んなきゃいけない規約ルールがあんだよぅ。

 でも、今回のコレは特例として扱えんの!

 それがわかったから、ちょっと頑張っちゃうぞって話なの!』


「……まあ、姫様の力になってくれるなら、俺に依存はない」


『ホント、グレイって姫様ダイスキーだよねぇ?』


 と、フェルはそう呟いて両手で口を押さえ、ニヤニヤといやらしい笑みを向けてくる。


「――バッ!? 俺ごときが恐れ多い!

 俺はあいつを支えられたなら、それだけで十分報われるんだ!」


 途端、フェルは盛大なため息を吐く。


『……こっちの方も力になってあげなきゃダメかぁ。

 シャルも大変だねぇ……』


「む?」


 フェルの言葉の意味がわからず、首を傾げるが――


「――ふたりとも~、夕食の用意ができたよー! 並べるの手伝って~!」


『ほいほ~い!』


 厨房からかけられたリィナ姉の言葉に、フェルがテーブルから飛び立ち、うやむやにされてしまった。


 まあいいか。


 久々に忠狼騎デボーション・ハウンドに騎乗して、腹が減っているのも確かだ。


 釈然としない気持ちはあったものの、空腹に抗えなかった俺は、フェルの後を追って、厨房に向かう。


 ――その晩、リィナ姉が用意してくれた夕食は、どれも俺の好物ばかりで、俺は大いに満足して床に着くことができたのだった。

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