閑話 2
「――プロフェッサー……じゃなかった! 学園長、おかえりです~」
私室に戻ると、<
「公の場じゃなければ、プロフェッサーで構わないよ」
以前、執務室に書類を届けた際に注意した事を気にしてるのか、わざわざ言い直したエイに、ウチは苦笑してそう告げる。
身の丈六〇センチほどの三頭身をした、メイド型のぬいぐるみのような見た目だが、これでも皇帝付きの侍女長の教育係を務めた事もある、ウチ自慢の世話係だ。
ウチが外套を脱いで放り投げると、エイは跳び上がり、指のない丸い手で器用に受け取ると、虚空から取り出したハンガーを通して、クローゼットに収める。
「あ~、疲れた~」
ドサリとソファに寝そべって呻く。
ついさっきまでウチ、宮廷に宛てて、本日行われた決闘の報告書を作ってたんだよ。
まったく、
以前から、
厄介な事に、教師の中にも第三皇子派の者はいるからね。
彼らが契約を執り行って、決闘は繰り返されてたのさ。
一度世界に刻まれてしまった理は、ウチでも容易に取り消せない。
さすがに度を過ぎてると、ウチは何度も枢密院経由で苦情を入れたんだけど、連中は聞きもしていないのか、返事ひとつ寄越さなかったよ。
……だというのに!
サイベルトが契約付きで負けたと知った途端、詳細を報告しろと来たもんだ!
腹が立つったらないよ!
せっかくだから、サイベルトとその取り巻きどもがいかにクズなのかを、これでもかと
――ただ顔が気に入らないという理由で、決闘すらする事なく、集団で囲まれ袋叩きにされた男子生徒の事。
――平民特待生達からの金銭搾取。
なにより赦せなかったのは、婚約者の純潔を賭けての決闘だよ!
決闘を断れないように追い込んで、無理矢理その婚約者の身を穢してたんだ。
それが明らかになった時は、さすがに連中を退学にすべきと職員会議に掛けたんだけどね――教師達の反対にあって果たされなかったんだよ。
武官の多い
サイベルト一派を退学にしたとしても、担ぎ上げた第二皇子――シルベルトはまだ学生のままだ。
シルベルトが卒業までの間に、学生ではなくなったサイベルトやその取り巻きは、実家の
そこでなにかしらの功績を――実際にあったかどうかはともかく――挙げられたなら、宮中の評判は学生でしかないシルベルトより、サイベルトに傾く――そんな風に考えたんだろうね。
それくらいならば、功績を立てようのない学生のままで居てくれた方がマシ、とね。
去年、あのふたりが入学してくるまでは、こんな事で頭を悩ませる必要なんてなかったんだ。
派閥貴族の主戦場は宮中だったし、なにより皇子ふたりは自身の宮にいたからね。
時々、
それがいまや両派閥の主戦場は
まず教師が――ウチが育てた連中が、理由も告げずに次々と辞め、入れ替わるように――実際のところ、それが目的だったんだろうけど――両派閥いずれかに属する貴族家の紹介状を持った教師達がやってきた。
ご丁寧に枢密院の承認印入りだから、ウチの一存じゃ断れもしない。
そして今年、長く病に臥せっていた
当人は平民特待生のフリをしてるつもりなんだろうけど、
両派閥も気づいたのか、まだ表立っては動いていないけど、あの子を警戒しているのはよくわかった。
加えて――事態を混乱の坩堝に叩き込んだのが、シャルロット・エルディオンだ。
元々弟ダイスキーな
所詮、実の子は政略結婚によって生まれた後継って認識だろうからね。
対してシャルロットは、愛する弟が真に愛した女と結ばれてできた子だ。
実の弟以外に愛する事を知らないヤツが、弟の恋愛劇を我が事のように誇らしく語るのを、ウチは飽きるほどに聞かされている。
だからこそ、そのふたりの愛の結晶であるシャルロットを溺愛するのは、自然の成り行きと言えた。
――
一緒に呑むたびに、そんな事を言ってたよ……
……酒の席の戯言と思っていたんだけどねぇ。
――シャルロットの婚約者を皇太子とする!
重鎮だけの場とはいえ、まさか皇帝自らそんな事を公に宣言するなんて、誰が思うさ?
結果として、今年度は新学期早々、派閥抗争は激化の一途を辿ったんだ。
特にサイベルト派の動きは早かった。
連日、女生徒を集めて茶会を開き、シャルロットを招こうと画策した。
……それがシャルロット――に扮した、グレイの反発を招くとも知らずに……
あの小僧は、公城の侍女に育てられ、幼い頃からシャルロットと接して、女性絶対主義を叩き込まれてるからね……
サイベルト達の対極の思想の持ち主と言って良い。
ましてシャルロット本人の命を受けて、サイベルト達を潰そうとしているのだから、今日の決闘が行われたのは、必然とも言える。
報告書は、枢密院より先に
サイベルト派の連中がどう足掻こうと、サイベルトの処分は免れないだろう。
なんせ契約内容がシャルロットの服従だ。
あの娘を溺愛する
きっと明日には、サイベルト派の一斉粛清が行われることだろうさ。
ざまあみろだよ。
「――プロフェッサー、どうぞです~」
クスクスと笑うウチの前に、エイがお茶を差し出してくる。
ウチは身体を起こしてそれを傾け。一息吐く。
「そうそう、エイ。
かつての同僚の名前を挙げて訊ねる。
どっちも頭のネジがぶっとんだ、イカれた魔道科学者だ。
「ウチはお銀ちゃんだったと思うんだけど……」
人類の進化に多いに貢献し、
だからこそ、今日のグレイの種属を聞かされて――同じ髪色を持つあの娘は、あの人の転生体なんじゃないかと考えたんだけど……
ウチの問いかけに、エイは呆れたような表情を浮かべて肩を竦める。
「それはプロフェッサーご自身が提唱した説ですよ~。
私の記録では、お二方との酒宴の席で~、お二方の
「え? そうなの?」
全然覚えてない……
「はい~。興に乗ったお二方が酔ったプロフェッサーを乗せまくって~、グローバル・スフィアに論文公開させてました~」
「……マジか~。てことは、ウチの<
「ええ。公開論文ですから、私がしっかりと保存してあります~」
……てことは――
「ひょっとして、シャルロットがウチの<
「いえ~、その痕跡はありませんね~。今、精査してみましたが~、プロフェッサーご自身以外の
あ~、あったねぇ……
あの時は月の裏側に放置されてる
――それはさておき、だよ?
「でも、そうなるとシャルロットは、どこから
名称まで一致する確率なんて、それこそ天文学的な数字になるよ?
実際にそれを生み出せる確率となると、野生の猿に歌劇一編を綴らせる方が簡単に思えるくらいだ。
「せっかく<
エイの提案に、ウチは腕組みして呻く。
「……それしかないかぁ……」
そもそもの話、あの娘は異常なんだよね。
わずか十二歳にして、<
それからも次々と先進的な魔道技術を発表しては、帝国の魔道技術を発展させてきたんだ。
ぶっちゃけこの世界の魔道士とは思えないほど、思考がぶっ飛び過ぎてる。
それこそウチら七賢者や、教授級の
あの若さで、どうやって神代級の魔道技術を身に着けたのか……ウチは本当に不思議でならない。
「――<
エイの報告を受けて、ウチは<
ウチの目の前にホロウィンドウが現れて、真っ暗な画面に
間もなく、ホロウィンドウに銀髪の美少女――シャルロットが映し出された。
『――あ、フラーウム先生、ちょうど良かった! あたくしも連絡しようとしてたトコだったんです!』
「む? そうなの? キミに訊きたい事があったから連絡したんだけどね? なにかあったのかい?」
『ええ。今、グレイ達に次の
大抵の事をソツなくこなすこの娘が面倒と言うのだから、よっぽどの事だろう。
「ふむ。先にキミの話を聞こうか?」
そう促すと、銀髪の美少女は真剣な表情でうなずきを返し――
『……聖女が学園に編入されます』
まるでそれが確定された事実のように、シャルロットは断言した。
「――待って待って!? 聖女って、あの?」
『先生の定義で言うところの、幸運度偏向者――運命偏愛乙女の聖女ですね』
シャルロットが告げた名称に、ウチは前のめりになってホロウィンドウに顔を寄せた。
「――キミ、その定義名称をどこから!?」
この世を定義した運命論と幸運度理論――その派生である特異個体の名称を知る者は、この世界には居ないはずなんだ。
シャルロットは困ったように眉尻を落として。
『あ~、そういえば今の先生には、わたしの事をまだ説明してませんでしたね……』
ため息をひとつ、真剣な目でウチを見据えた。
『――わたしが、何度も三歳から繰り返してるって言って……信じてもらえます?』
ウチを見定めるかのように――シャルロットの金色の瞳が揺れた。
「……詳しく聞こうか」
そうして語られたシャルロットの
その理屈ならば彼女の強大すぎる魔動も、本来はこの世界の者が知り得ない知識を有しているのも、すべて説明が付くから。
「……なるほどね。だから
キミ、以前のウチの<
問いかけに、シャルロットは素直にうなずいた。
『生き延びる術を求めて、先生のそれを転写させて頂きました』
道理で賢者級の知識を持ってるワケだよ。
グレイの兵騎を自作したのを考えると、きっと
「……キミの事情はわかった。
ウチも無関係とは言えないからね。キミに協力しようじゃないか」
そう告げると、シャルロットは喜びの涙を浮かべた。
『も、申し訳、ありません……こんな事……先生がこの話を信じてくれた事なんて、いままでなかったから……』
「……だろうね」
グレイを――実在する
そうしてウチに討伐された
それでも真実を打ち明けてくれたシャルロットの強さを、ウチは愛おしく思う。
長い長い孤独と繰り返される理不尽に、打ちのめされて、歪んでしまってもおかしくないのに――それでもこの娘は正道を歩もうとしてるんだ。
なんとかしてやりたいって思うじゃないか。
……だから。
「――キミの
だからここからは、
ウチは両手を打ち合わせて、努めて明るく言ってのけた。
「――さしあたっては……キミさ、学園に来なよ」
ウチの言葉に、シャルロットはその金色の瞳に強い意思を灯して、うなずいて見せた。
「はい。それをお願いしたくて、先生に連絡したんです!」
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