第1話 11

『――シャルロット・エルディオン公女殿下の専属従者、グレイは騎属シンセサイザーである!』


『――なんだとぉっ!?』


 この場で唯一、その名が示す意味に気づいて、学園長が再び驚きの声をあげた。


 一方、生徒達は聞き慣れない種属名に、みんな首を捻り、リィナ姉の続く言葉を待つ。


 小指を立てて拡声器マイクを握り、片足を観客席の手摺りに乗せて、リィナ姉は謡うように続けた。


『――魔属ソーサロイドの魔道器官と機属アーティロイドの身体を併せ持った彼は、魔を越え機を越えた超人類! そう! 騎属シンセサイザーなのである!』


 その言葉に、一斉に生徒達がざわめき始める。


『そもそもの始まりは、彼が幼い頃――』


 ノリノリで俺がこの身になった経緯を語り始めるリィナ姉に、俺は思わずため息。


『――それを見つけた我らが姫様が――』


 まあ良いか。いずれは学園内に知れ渡る事だろうし。


 それよりも、だ。


 俺は騎体との同調を解除して、鞍房あんぼうから這い出る。


 地面に降りたが、誰もがリィナ姉の語り――俺が姫様に拾われたばかりの頃の話に夢中で気づかない。


「フ……サイベルト、恨みはないが……」


 俺は拳を鳴らしながらヤツの元へ歩み寄り、馬乗りになった。


「……う? あ……き、貴様、なにを?」


 のしかかる重さにサイベルトが目を覚まし、俺を見上げて首を傾げる。


「やだなぁ、殿下。決闘はどちらかが参ったするまで続くんですよ?」


 そう告げると同時に――


「へ? ぶぐ――!?」


 俺は魔道を通して強化した拳を、ヤツの口目がけて振り下ろした。


 戦礼装バトル・スーツ手甲グローブに、サイベルトの前歯が折れて突き刺さる。


 これでコイツの口は封じた。


 ニヤリと笑みを浮かべて、俺はサイベルトを見下ろす。


「さあ殿下、頑張って! 平民の俺に殿下の――王族の力を見せてくださいよ~」


「……あ、あで待て――」


「さあ、さあ!」


 左右連続で拳を放つと、サイベルトの頭が人形のように揺れる。


 それを抑え込む為に、俺は額をヤツの鼻っ柱に叩きつけた。


「――ぷぎゅっ」


 サイベルトがブタのような悲鳴をあげて、鼻血を噴き上がらせる。


「……てめえは覚えてねえだろうがな……」


 俺はその耳元に口を寄せ、囁いた。


「以前の――いや、本来の、というべきなのか?」


 ああ、姫様ほど頭のデキがよくない俺は、姫様の言う事をイマイチ理解し切れてない。


「まあ、仮に前世って事にしておこう。

 そこでてめえが姫様に与えた痛みは、こんなもんじゃなかったんだぜ?」


 ……思い出すだけで吐き気が込み上げてくる。


 姫様を配下達――あの中にはダッグスも混じってたな――に代わる代わる、繰り返し何度も何度も……延々と輪姦まわさせ……


 それに飽きると、 姫様の四肢を遊び半分で切り落とし、目をくり抜いてそこに性器を捩じ込み――激痛に半狂乱になる姫様に対して、愉悦の笑みを浮かべながら侮蔑を投げつけていた――そんなド腐れ外道がサイベルトだ。


「ここが学園でよかったなぁ? どんな怪我をしようが、学園長が綺麗に治してくれる」


 振り下ろした拳が、姫様がくり抜かれたのと同じ右目を叩き潰した。


「ぎゃあああああああ――――あ、あ、ああああああああ――っ!!」


 不意にあがった悲鳴に、リィナ姉の語りに夢中になっていた学園長も生徒達も、ようやく俺達に気づいたようで。


『む? グレイ、なにをしてるんだいっ!?』


「なにって、学園長。決闘はまだ終わってないでしょう?

 王騎を失った殿下に合わせて、生身で戦うなんて、俺って紳士だと思いません?」


「――あっ、あっああ……が……おでのがあああぁぁぁぁ……」


 歯を折り砕かれて、まともに喋れなくなっているサイベルトが、潰れた右目や鼻から鮮血を噴き出しながら泣き喚く。


 両腕を振るおうともがくが、俺は両脚で抑え込んでそれを阻んだ。


 さらに拳を振るう。


「いやあ、さすが王族だなぁ。これだけされても降参しないなんて~」


 右、左、右。


 そのたびにサイベルトは絶叫を発して、まるでそういう楽器のようだ。


『――待て! 終了! 終了だ! 勝者、グレイ!』


 学園長がそう告げて、俺は素直に殴るのをやめて立ち上がる。


 途端、サイベルトに光の柱が降り注ぎ、胸の奥――魔道器官に染み込んだ。


 契約によって定められた理が、ヤツの魔道器官に収められた魂に刻まれているんだ。


 それは決闘の決着でもある。


 それを見て、俺はこっそり安堵する。


 異界化された舞台を壊しちまったから、ひょっとしたら契約も無効になってるかもって、内心ヒヤヒヤしてたんだよな。


 どうやら心配は杞憂だったらしい。


 さすがは大魔道級の大魔法だ。


 光の柱が消え去り、観客席から歓声があがる。


 待機していた救護魔道士が、俺達の方へ駆けて来た。


 俺は胸に右手を当て、左手を後腰に回す従者の礼を取って、慇懃にサイベルトに告げる。


「――それでは殿下。刻まれた理に従い、今後は我が主に近づかれませぬよう、お願い申し上げますよ?」


 笑みと共にそう告げたが、救護魔道士に治癒魔法を受けるヤツは、すでに意識を失ってぐったりとしていた。


「眼球再生はここじゃムリだ。魔道器治療が必要だ! 殿下をお運びするんだ!」


 と、担架に乗せられて運ばれて行くサイベルト。


 それを追って、サイベルト派の生徒達は顔を青ざめさせながら席を後にし、対立派閥――第二皇子シルベルト殿下を擁立しているシルベルト派は、それを指さして哂っていた。


 ウチのクラスの生徒達はというと、両手をあげて俺の勝利を祝ってくれていた。


 だから、俺は彼ら彼女らに向けて一礼。


「――皆様の声援のお陰で、我が主に勝利を捧げる事ができました。感謝致します」


 そう告げれば、歓声はよりいっそう大きくなる。


 それに丁寧に頭を下げて見せながら……


 ……姫様。


 俺は心の中で、この世界で最も大切なあいつに囁く。


 ……まずひとり。命令オーダーを果たしましたよ。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここで1話が終了となります~


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