第1話 10

 瞬間、騎体の兜が――狼を模したそれが牙を剥き、大顎を開くように上下に分かたれた。


 そして現れるのは、この騎体本来のかお――無貌の仮面だ。


 両腕を交差させて肩甲の内側から大型の短刀を引き抜く。


 それを合図に肩甲が、重厚な金属音を放ちながら肩から動き、背中で固定された。


『――あらわせ。<忠狼騎デヴォーション・ハウンド>ッ!!』


 続けて紡いだ喚起詞に、仮面に紋様が走って仮面にかおが描き出される。


 銀のたてがみがざわめいて、灰白色の粒子を放った。


『ダアアアアアアアァ――――ッ!!』


 踏み込んで来た王騎が咆えて、大剣を振り下ろす。


 迫るその巨大な刃を見据えながら――


『――魔道刃ソーサリー・ファングッ!!』


 俺は喚起詞を重ねて両手の短刀を交差させる。


 激突音すらなく――サイベルトの大剣がなかばから断ち着られて宙を舞い、残った剣身が俺の足元をえぐって轟音を立てた。


 わずかに遅れて、大剣の切っ先が背後の防壁に突き刺さる。


『――な……魔剣だと!?』


 サイベルトが、俺の両手でほのかに青白い燐光を放つ短刀に驚愕した。


 だから……だからこそ、俺は煽るようにヤツに言い放つ。


『あっれ~? やけに簡単に斬れちゃったと思ったら、殿下のはまさか魔剣じゃない?

 いやいや、まさかですよねぇ?

 姫様が言ってましたよ。銘騎は武装も含めて名騎と呼ばれるものだって』


 俺は断たれた大剣の残りを振り下ろした体勢のまま、固まっている王騎の仮面に左右の短刀を見せびらかす。


『だから姫様はこの双刃を用意してくださったんですけどね?

 あれれ~? 殿下の王騎はまさか――ただの数打ちなんですかぁ?

 ひょっとしたら騎体も数打ちの量産騎だったりして!』


 王騎の鬼面の中で、サイベルトが怒りに顔を紅潮させるのがわかった。


『ぐうぅ……』


『あ、ひょっとして図星ですかぁ!?』


『――ナメるなぁッ!!』


 怒号をあげたサイベルトが、残った大剣を横薙ぎに振るう。


 だが、俺は左の短刀でそれを受けて、さらに剣身を削ってやった。


『――チィッ!!』


 舌打ちして、後方に跳ぶ王騎。


『良いだろう。平民ごときにもったいないが、この騎体――王騎の真の力を見せてやる!』


 サイベルトの言葉に応じるように、王騎の胸甲――首元が左右に割れ開かれて、黄金色の珠が現れる。


『――目覚めてもたらせ、<竜核ドラゴン・ハート>……』


 王騎の魔動が膨れ上がり、掲げられた右手の装甲が変形して、竜貌をかたどった。


 牙のように曲げられた手指の先に、紫電をまとった漆黒の球体が出現する。


『おや、それを使えるという事は、どうやら騎体は本当に王騎なのですか』


 なおも嘲るように言い放ち、俺はヤツの一撃を迎え討つべく、短刀を握る両手を胸の前で交差する。


 本来ならば、あんなの真っ正直に迎え討つ必要などない。


 あの程度なら、だ。


 だが、それではヤツは負けを理解しないだろう。


 騎体性能の差とか言って、まだまだ立ち向かってくるはずだ。


 だから、俺はヤツの心を折り砕く為、真っ向からヤツの奥の手に打ち勝つ!


『――目覚めてもたらせ、<忠之欠片デヴォーション・ピース>』


 胸の奥で金属音が響き、魔道器官と補助動力炉が連結される。


 騎体前方に大型多重魔芒陣が描き出され、一直線に連結される。


『――咆えろ! <竜咆ドラゴン・ブレス>ッ!!』


 王騎の右手から、漆黒の奔流が解き放たれた。


 渦巻く紫電を引き連れながら、漆黒の光芒が俺に迫る。


 俺は連結陣目掛けて右拳を振りかぶり――


『――唄え!』


 右腕甲の内側で、刻印を仕込んだ魔道器――約響やっきょうが三発連続で喚起され、燐光と共に排響される。


 右拳に魔芒陣が現れ、それを連結陣目掛けて振り下ろせば、この大魔法は完成する。


『――魔咆ソーサリー・キャノンッ!!』


 兵騎ほどもある極太の光の奔流が溢れ出た。


 光芒は連結陣の強化を受けてさらに膨れ上がり、迫っていた<竜咆ドラゴン・ブレス>を、その向こうにいる王騎ごと呑み込む。


 残心を取るまでもなく、王騎はバラバラに吹き飛んでいて、白目を剥いたサイベルトが地面に転がっていた。


 辺り一面が純白に染め上げられ、やたら大きく硝子が砕ける音がした。


 俺が放った一撃で、闘技場にかけられていた異界化の魔法――<決闘舞台バトル・フィールド>が壊れた音だ。


 星空が砕け落ち、夕焼けの空が還ってくる。


『……な、ななななな……』


 頭上で学園長がおかしな動物みたいに鳴いている。


『――なんそれ!?』


 と、学園長の驚きの声が闘技場に響き渡る。


『ああ、言葉が出てこなかっただけだったんですね』


『はあ!? それ以外になにがあるんだい!?』


『や、魔獣のモノマネかと。以前、姫様の頼みで向かった魔境で、そんな鳴き方をする魔獣を見たことがあったので……』


 やたら丸っこい身体に短い手足を持ち、太い尾をした長毛な魔獣だった。


『いまウチがソレする理由ってないよね!? ナンでそう思った?

 ――や、それよりなんなんだい、今の!?』


『ただの<魔咆ソーサリー・キャノン>です』


 俺の返事に、学園長は目を剥く。


『――それっ!! そもそも<魔咆ソーサリー・キャノン>って、個人で喚起なんてできないものなんだよ! 戦略級の儀式魔法なの!』


『宮廷魔道局で魔道器化に成功したと新聞で読みましたよ?』


『それも宮廷魔道士五人がかりで喚起すんのっ! ひとりで喚起して、しかも王騎の<竜咆ドラゴン・ブレス>に打ち勝つなんて、ありえない事なのっ!

 ――そもそも本来アレはフリート級戦艦の主砲のデットコピーなのに、あんな……あんな……』


 最後の方はよくわからないが、どうやら学園長は俺の攻性魔法がありえないと言いたいらしい。


 学園長すら驚愕する俺の一撃に、観客席の生徒達も目を丸くして、こちらを見ている。


 ……これはアレだろうか? 姫様が持っている小説の主人公がよくやる、アレをやらなきゃいけない場面なのだろうか?


 静まり返った闘技場内。


 俺は空気を読める方だという自負はあるが、自らの力を誇示するようなあのセリフだけは、できる事なら用いたくない。


 従者だからな。主人が褒められるように振る舞うならともかく、自らの力を誇ってみせるのは違うと思うんだ。


 だが、黙ってしまった学園長や生徒達を見るに、話を進めるには……言うしかないのか?


 ……クッ!!


 内心、複雑な心境ながらも意を決し、俺は騎体と同調したまま後頭を掻いて――


『俺、なんか――』


 ――やっちゃいました? と、そう続けようとしたその時。


『――説明しよう!』


 リィナ姉が拡声器マイク片手に椅子の上に立ち上がり、観客席の注意を一気にかっさらった。

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