第1話 9
『――我は世界に新たな理を刻む音なり……』
闘技場に、巨大な魔芒陣が開かれる。
闘技場全体を覆うほどの巨大な球状魔芒陣だ。
本来ならば上級魔道士複数人で喚起させるものなんだが、施設全体に刻印が刻まれたこの闘技場はそれ自体が専用の魔道器となっていて、資格を持つ者の
今、学園長が唄ったのがその喚起詞だ。
周囲で魔法の源となる精霊達が色とりどりに発光を始め、対峙する俺達を取り巻いて騎体の足元にさらなる魔芒陣を描き、虹色の光の柱を立ち昇らせる。
『――ここに集いし者達の意思を紡ぎ上げ、唄と成して奉じる』
景色に波紋が走って、太鼓の音が闘技場全体に響き渡る。
さらに波紋が広がり、管楽器――笛のような音が奏でられた。
『さあ、
場内に響く魔道儀式――契約式の旋律に乗せて、学園長が俺達を促す。
これらの決闘の作法は、学園の入学試験にも出てくる――いわば貴族にとっては常識となる知識で、それに仕えて代理人として立つ事もある従者達にとっても、学園に付き従う際に身に着けさせられる知識だ。
『我は世界に願う! 勝利の暁にはシャルロット・エルディオンの服従を!』
そう唄い上げたのは、決闘を決めたダッグスではなくサイベルトだった。
皇子らしく堂に入った様子で、よく通るテノールが場内に響いた。
契約式の宣誓は、決闘を求めた側から唄われる。
次は応じる俺の番だ。
『わ、我は世界に乞う! 勝利の暁にはサイベルト・ステルシア及びその関係者との断絶を!』
慣れない俺のやや調子っ外れな唄に、サイベルト派の席から野次が飛ぶ。
一方、クラスの女生徒達が多く陣取ったシャルロット派とも言うべき席からは、なぜか黄色い歓声があがった。
互いの宣誓が虹色の文字となって宙に記され、それが解けて魔芒陣となる。
……さあ、いよいよだ。
俺は胸の奥の魔道器官を意識して、騎体に魔道を張り巡らせる。
『――今、互いの誓いは示された! 契約は世界に刻まれ、
互いの宣誓が織り成した魔芒陣がゆるやかな回転を始め――
『ならば征け、
学園長の唄に応じて、俺達の間で激突する。
『――
結びの喚起詞が唄われた直後、ピシリとガラスに亀裂が走るような音がして、空が、世界が割れ砕かれる!
観客席と闘技場内が虹色の膜によって隔てられ、満天の星空が広がっていた。
正式な――儀式としての決闘の場だ。
大規模な魔法によって編み上げられた――一種の
現実とは異なる幻象に支配されたこの場においては、負傷はおろか死でさえも夢幻。
決闘が終われば、勝敗以外はすべてなかったことになるという――世界そのものを書き換える大魔法だ。
『――勝負!』
学園長の合図。
『さあ、平民。このオレにナメた口を利いた事を――』
サイベルトが人差し指をこちらに向けて、なにか言いかけたが――
俺は構わず地面を蹴った。
背後で地面が抉れ飛び、空高く土砂が土柱となって舞い上がる。
一歩目で騎体の周囲に霧が生まれ、二歩目でそれが輪となって広がった。
三歩目でその輪を潜り抜け――その瞬間、俺は音を置き去りにして一気に跳躍。
『おらああぁ――――ッ!!』
目指すのはダッグスの練習騎。
ヤツは一瞬で間合いを詰めた俺に反応する事すらできない。
弱い者から潰すのは勝負の鉄則というのが師匠の教えだ。
俺はダッグス騎の仮面を右手を伸ばし、気合いと共に打ち抜いた。
ただそれだけで――ダッグス騎の首から上は吹き飛び、弧を描いて宙を舞う。
頭部に収められた<
『――は!? え!?』
『――速っ!?」
ダッグスの左右にいた側近が、驚愕の声をあげた。
……バカか、こいつら?
心の中で呟きながら、俺は首を失くしたダッグス騎の左腕を掴む。
――グレイは練習騎(大破)を装備した……なんてな!
腰をひねって騎体を回し――
『――らあぁっ!!』
叫びと共に掴んだ練習騎を、すぐ隣にいた青を基調とした伝承騎にぶん投げる。
再び水蒸気の輪が花開いた。
『うわあ――――ッ!?』
重厚な金属の擦過が激突音を奏で、衝撃に外装を砕きながら二騎は地面を滑るようにして飛んで、観客席とを隔てる虹色の膜にぶつかって落ちた。
『――こ、このっ! 不意打ちとは卑怯だぞ!!』
その時になってようやく、他の兵騎も動き出す。
二騎の重奏騎が
狙いは
良い狙いだ。伊達に脳筋やってるわけじゃないな。
騎乗者保護の為に、胸部と背部の装甲は外装の中で特別頑丈に鍛え上げられている。
だが、それでも重奏騎が振るう大質量の長柄モノなら、その装甲を容易に断ち割る事ができるんだ。
砕く事ができるなら、一般的な兵騎の弱点である頭部を狙うより的がでかい分、胴の方が確実と言えるだろう。
まして前後に陣取って、左右からの同時攻撃。
普通ならば、左右どちらかの腕を犠牲にして受け切り、もう一方の攻撃に対処せざるを得ない場面だ。
こいつらも決して鍛錬をおろそかにしている訳ではないのが、よくわかる攻撃だ。
……普通なら、な。
――あんた、せっかく特騎あげたんだから、芸のひとつもできるようになんなさいよ。
姫様の……透き通った無邪気な声で紡がれる、とんでもない無茶振りが蘇る。
『――ハアッ!!』
瞬間、俺は裂帛の声と共に、大地を踏み砕いて跳び上がった。
直後、
耳を割く金属音が響いて、激しい火花が舞い飛び、一瞬、辺りを青白く染め上げた。
「――――ッ!?」
観客席が驚愕に声を失う。
俺は宙で全身を捻って天地逆さまとなり、両肩の大肩甲の内側の
肩甲の先端は槍のように鋭く、強く頑丈に造られている。
『――くっ!? なにをしている!?』
『貴様こそ! ヤツは!?』
閃光を間近で直視して、俺を見失った二騎が首を巡らせる。
狙うはその頭部。
『っらあ――ッ!!』
落下、そして激突。
狙い通り、肩甲の先端は二騎の脳天から突き刺さり、おそらく
ひょっとしたら騎乗者にも届いているかもな。
『――
かつて俺が騎士団の兄貴達にかけられた言葉を真似て祝ってやったが、ふたりから返事はなかった。
本当に死亡扱いになってるのかもな。
上空に伸ばした脚を振って勢いを付け、その反動で肩甲を引き抜きながらも騎体を跳ばす。
砂埃を舞い上げて着地した俺は、踵を返してゆっくりと見せつけるようにサイベルトの王騎を見据えた。
「お、おい。まだ一分も経ってないよな?」
「な、なんだあの騎体……」
どよめきが広がっていく。
『――お、おま……なんなん? 今の曲芸騎動はなんなん!?』
頭上から大写しになった学園長が、大声で訊ねてくる。
その時、リィナ姉が
『――説明しよう!
あれは姫様のご機嫌を取る為に、グレイくんが必死に身に着けた宴会芸なのである!』
「はあ――――ッ!?」
観客席が一体となって、驚愕の声をあげた。
『……や、尖塔
高度的に、失敗してもまだ宙返りのが生存率が高いのだから間違いないはずだ。
「え? そういう問題?」
誰かの不思議そうな声が聞こえたが、そういう問題だろう?
『――なるほどな。さすがは大魔道が生み出した騎体だ。
平民ごときが使ってもそれだけの性能……ますますあの女が欲しくなったぞ』
と、サイベルトが粘つくような声色で告げた。
『シャルロットを服従させる楽しみが増えたというものだ……』
王騎が、その漆黒の騎体ほども長さのある大剣を背中から引き抜いて、腰溜めに構える。
妖属のひとつ、鬼属を模した仮面の奥でその両眼が青く揺らめく。
金色のたてがみがざわめいて、青白い粒子を放った。
『――ああ、そうだ。それほどの騎体を与えるほどに気に入っている貴様の前で、その身を辱めてやったら、あの女はどんな顔をするだろうなぁ?』
……ヤツが言っているあの女ってのは――あくまで……そう、あくまで俺が身代わりとなった
だが、だ……
『そうだ。名案だ! あの女には、俺が主人である証をその身体に刻み込んでやろう!』
……姫様の身代わりとなっているからこそ――女の身体となったからこそ、その下衆な発想が赦せない。
ましてアイツは、あろうことか姫様を――シャルロット・エルディオンを穢そうと言っているのだ。
『――コロス……』
はっきりと、俺の中でナニかがブチ切れた。
『――やってみせろよ! 平民がああぁぁぁッ!』
サイベルトが咆えて、大剣を掲げて突っ込んでくる。
それを見据えて――
俺は胸の前で左拳を握り、魔道器官を――そこから全身へと繋がって流れる魔道を意識する。
『――目覚めてもたらせ、<
唄う喚起詞は、姫様が俺の為に……俺だけの為に世界に刻んでくれた、姫様を護る為の力だ。
ドクン、と胸の奥で魔道器官が跳ねて。
『オオオオおぉぉぉ――――ッ!!』
俺の咆哮が、異界の星空に覆われた闘技場に響き渡る。
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