第1話 8
「――貴様っ! 平民のクセに!」
ダッグスが声を荒げたが、生徒達に良い格好を見せたいのか、手を振ってそれを制して、俺に鷹揚にうなずいて見せた。
「ありがとうございます。
それではお伺いします。ただいまの殿下の発言は、決闘の勝敗に賭けルールを適用するという事でよろしいですか?」
俺の問いかけに、サイベルトは一瞬戸惑ったような表情を見せた。
皇族である自分が求めたのだから、それが通るのが当たり前とでも思っていたのだろう。
口約束ならば勝負の後にどうとでもなる、と。
――だが。
「殿下は今、我が主への要求を口になさいました。となれば、この決闘は賭けルールが適用されるものと愚考いたします」
「……む、む? そうなる――のか?」
脳筋皇子と他派閥に揶揄されているサイベルトは、俺の言葉に首を傾げつつ同意を示して見せた。
――
「ならば、私も勝利した際の要求を提示しなければなりませんね……」
「――はいは~い! こんな事もあろうかとっ!」
と、まるで待ち構えていたように、リィナ姉が客席から飛び降りて、俺のそばまでやってきた。
リィナ姉、それ……姫様が死ぬまでに一度は口にしてみたい言葉ランキング不動の一位って言ってた言葉だかんな……言えたのがバレたら、きっとウザ絡みされるぞ。
などと内心で思ったのは秘密で。
その間にも、リィナ姉はサイベルトに一礼し、高々と告げた。
「姫様より伝言を預かってます。
――姫様は賭けとなっても決闘をお受けになるそうです」
単純なサイベルトは喜色を浮かべる。だが――
「そして勝利の際には殿下及びその派閥からの、一切の干渉を拒否する、だそぉですよ~」
続けられたリィナ姉の言葉に、ヤツは目を剥いた。
いずれサイベルト派と決闘騒動になる可能性がある事は、俺もリィナ姉も姫様に知らされていた。
だからこそ、決闘に賭けルールを適用させる事を計画したし、要求すべき内容を事前に打ち合わせていたんだ。
「む? 一切の干渉を拒否、だと?」
「はい~。要するに関わるな、って事ですねぇ」
「そ、それは……」
――シャルロット・エルディオンに婚約を承諾させた者を立太子する。
公にはされていないが、これは皇帝陛下が公式に――重鎮達もいる場で皇子達に通達した言葉だ。
その場に出席したシャルロットが俺だというのは、陛下と御館様しか知らされてなかった事実だけどな。
――おもしれえ。身代わりも見抜けんボンクラなど皇帝の資格ねえし、良いんじゃね?
と、事前打ち合わせの席で説明する御館様に、陛下は親指立てながらノリノリでゴーサインを出してたっけな……
なんで皇子達には、あの方の素養が受け継がれなかったのか――ホント、不思議でならない。
そんな事を思い出しながら、俺は躊躇を見せるサイベルトに言い放つ。
「あっれ~? ひょっとして殿下、負けた時の事考えてんですか~?」
俺は立ち上がり、頭の後ろで腕を組んで、ニヤニヤと言い放つ。
「魔道に優れた子爵家令息が、平民の俺に負けるとか思ってんですか~?」
左足を振り上げ、踵を軸にクルリと身を回し、ダッグスに身体を向ける。
「おやおや、ダッグス殿~? 殿下はアンタの勝利を疑ってるようですよ~?
ま・さ・かっ! 主に平民出の俺にすら勝てないと思われてるなんて、恥ずかしくないの? ねえ、ねえ、恥ずかしくない?
俺が姫様にそんな風に思われてたら、恥ずかしくて腹かっさばくわぁ~」
ユラユラと身体をくねらせつつ、俺はダッグスを煽る。
『きゃははは! でた~、グレイのタコ踊り!』
俺の肩の上でフェルが笑い転げる。
騎士団の兄貴達に教わった宴会芸のひとつだ。
キレッキレのくねり具合がやたら腹が立つと兄貴達に評価されてから、人をイラつかせたい時に使っている、俺の特技のひとつだ。
「――殿下! 受けましょう! 貴族であるこのオレが、平民などに負けるはずがないでしょう!?」
「む、だがな、ビトゥン……」
言い募るダッグスにたじろぎながら、サイベルトの視線はチラチラと俺の愛騎に向けられている。
ああ、そういう事か。
重奏騎と高等練習騎での決闘だ。
騎体の性能差で敗れる事を懸念しているのだろう。
「ふむ。それでは殿下、こうしましょう!」
俺は両手を打ち鳴らして、名案を思いついたとばかりに告げる。
「ビトゥン殿に加えて、殿下の側近四名を選んでください」
「――ちょっ、グレイ!?」
俺の提案に、さすがのリィナ姉も驚きの声をあげた。
――打ち合わせと違うじゃない!
エルディオンの使用人が用いる
――まあ、任せとけって。
そう応えれば、リィナ姉は諦めたように深く嘆息してうなずいた。
リィナ姉が俺の後ろに下がり、俺はサイベルトを見上げる。
「もちろん、爵騎――伝来騎を使ってもらっても結構ですよ?」
伝来騎というのは、武家に先祖代々継承されてきた兵騎の事だ。
御家の専属錬金鍛冶士によって近代改修を繰り返されてきたそれらは、御家の爵位をもって爵騎と呼ばれたりもする。
「……次男のビトゥン殿が
あ、ひょっとして側近方は、まだ爵騎を扱えないとか?」
往々にして爵騎は、重ねられた近代改修によって、要求される魔動が非常に大きく設定されているそうだ。
その為、嫡男の魔道器官によっては扱えない場合もあるらしく、武家の中には伝来騎を喚起できる者を後継者に据える事もあるんだとか。
つまり武家の者にとって伝来騎を扱えないと言われるのは、御家の名にふさわしくないと言われたにも等しい。
「――殿下! 私をお選びください!」
「いや、俺を! その痴れ者に目にものを見せてくれます!」
「平民が貴族を侮った事を後悔させてやる!」
――などなど……
サイベルト派席から怒号が轟いた。
よーし、よし。脳筋はノせやすくて良いね。
あとはおまえだ。サイベルト……
俺はヤツを見上げて、さらに告げる。
「――なんだったら、殿下自ら加わっても良いんですよ? 武を誇るサイベルト殿下だ。当然、王騎も使えますよね?」
皇族が元服の際に下賜される特別騎。
宮廷魔道士が持てる技術をあらん限りに注ぎ込んで造られる、皇子専用の騎体だ。
「それとも決闘が怖い?」
姫様を演じている時によくやる、相手を見下すような哂いをあえて浮かべる。
「――貴様っ! よくぞ咆えたなァッ!
良いだろう、乗ってやるッ!」
激昂したサイベルトが叫んで、王族席の手摺りに拳を振り下ろした。
激震が走って、煉瓦組みのそれが砕け飛ぶ。
観客席で女生徒が悲鳴をあげた。
「誰か魔道科の教師を呼んでこい! この決闘を霊脈に刻む!」
それは『契約式』と呼ばれる魔道儀式であり、正式な決闘の作法だ。
普通の学生同士の決闘ならば、そこまではしない。
契約式によって霊脈に刻まれた取り決めは、世界の
「オレは戦の用意をする! 貴様、逃げるなよ!?」
歯を剥いて俺にそう言い放ったサイベルトは、決闘に参加させる側近の名を次々と挙げてから、通路へと足音高く鳴らして向かって行った。
「あー、アイツ死んだわ……」
「平民が皇子に勝てるワケないだろうに」
「アイツ、公女殿下のお気に入りだからって調子乗りすぎ」
な~んて俺を叩く声があちこちから上がる。
その一方で――
「グ、グレイくん、シャル様の為にがんばって~!」
「わたし達は応援してるからねっ!」
「皇族だって遠慮するこたぁねえ! 平民の底力を見せてやれ!」
と、シャルロットを慕っている女生徒や、魔動の強さを見出されて学園に入学した平民特待生などから応援の声があがる。
「最後のって不敬罪ギリギリの発言だろうに……」
応援してくれるのは嬉しいが、言葉には気をつけた方がいい。
「……あなたがそれ言う?」
呆れたように溜息を吐くリィナ姉に、肩の上でフェルが胸を反らせた。
『処刑されそうになったら、あたしがグレイを逃してあげるからね!』
「いや、負ける気ねえし。決闘に関わるいざこざは、決闘が終わったらすべて水に流すもんだろう?」
だから俺がダッグスやサイベルトに言った言葉も、すべて不敬には問われない。
これは決闘という儀式に係る、世界に刻まれた
もともとは戦の代替手段として生み出されたものだしな。
そうしていると、ダッグスの練習騎の背後に転送陣が描き出され、四騎の兵騎が出現する。
それと同時に、闘技場の上空に光の膜が広がって、そこにひとりの女性が映し出された。
『――お、ちょうど良いタイミングだったようだね?』
膜の中でそう告げたのは、この学園の長にして帝国五導師に数えられる大魔道――フラーウム・ソラリス女侯爵だった。
――姫様の<
彼女の背後には学園長室が映し出されているから、そこからこの魔法を喚起しているのだろう。
姫様と交流のある数少ない友人のひとりで、当然、彼女もまた<
使えるどころか、応用改良までしている。
学園長の底知れない魔道技術に、俺は思わず息を呑む。
『こんなおもしろイベントをウチに知らせないなんて、キミらも薄情なもんだよ。
――まあ、結果的に知る事になったから良いけどさ』
そうして学園長はサイベルトが騎乗する王騎や一緒に現れた伝来騎を眺め、それから俺の相棒に視線を向けて――
『――フッ……』
鼻で哂った。
『なあ、殿下さあ。その数で良いのかい?』
『――その者から言い出したのだ! 卑怯と言われる謂れはない!』
『や、そういう意味じゃないんだけど……まあ、あんたが良いならいっか。
――グレイ、あんたも騎乗しな。外野もさっさと席に戻るんだよ』
学園長に促され、俺はフェルをリィナ姉に預けて下がらせる。
あの人が見ている以上、フェルを使っての小細工は咎められてしまうだろう。
姫様が考えた、悪辣な罠の使用も考えてたんだけどな……
ま、卑怯な手を使えないのは向こうもそうか。
そう考え直し、俺は
狼の兜の双眸に真紅の輝きが灯った。
紅のたてがみがざわめいて、燐光を放つ。
上空の<
『――さあ、それじゃあ契約と行こうか!』
そう告げると、彼女は姫様と同じ金色の目を半眼にして、高らかに唄い出す。
『――我は世界に新たな理を刻む音なり……』
闘技場に、巨大な魔芒陣が開かれる。
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