第1話 7
三階まである観客席は、詰めかけた生徒達に埋め尽くされていた。
そして……みな口々に、出現した騎体に戸惑いの色を浮かべていた。
「な、なあ……エルディオン嬢は
「ああ。同じクラスの女子達がから聞いたから間違いない」
「――
ざわつく観客席。
そんな声を代表するように、正面に立っていた兵騎に騎乗したダッグスが俺を指差した。
『――ええい! 小賢しいぞシャルロット!
散々待たせたのは、騎士を連れて来る為だったんだな!?
貴様、何処の家の者だ!』
「は? 意味がわかりませんね」
『騎士でもなければ、そんな重奏騎を動かせるワケがないだろう!?』
「……ああ、なるほど」
俺は納得して、拳を手に打ち下ろした。
兵騎と一口に言っても、騎体によって様々に分類されるのだが、大別して二種類に分けられる。
例えばダッグスが騎乗しているのは、学園貸与の騎体――帝国騎士団下げ渡し品を改装した高等練習騎で、魔道が未熟な者でも扱える、いわば軽奏騎に分類される。
騎体に要求される魔動が比較的弱くても喚起できる為、強い魔道器官を持たない者でも扱えるのが特徴だ。
対して俺の騎体は、姫様がその持て余した魔道技術と知識、この世のものとは思えないぶっ飛んだ発想と目玉が飛び出るほどの個人資産を注ぎ込んだ特注騎で――分類するならば、重奏騎――それも上級騎士が使うような、<銘入り>の特騎なんだ。
一般的に分厚い外装を持つ騎体は、それだけ喚起に要求される魔動が大きくなる。
兵騎に詳しくなくても、それくらいは学院に通う貴族なら知っている知識だ。
ダッグスも観客の生徒達も、巨大な肩甲を持つこの騎体を見て、重奏騎と判断したのだろう。
そして、みんなが知っている事実として、もうひとつ。
シャルロット・エルディオンの
平民は、貧弱な魔道器官しか持たないから平民なのであり、才能ある者であっても貴族家の子供程度の魔動しか発せない――それが貴族の常識であり、名のある魔道士達の共通見解だ。
それは一般的には間違っていない。
重奏騎は普通ならば、優れた魔道器官を持つ上級騎士が扱う騎体なんだ。
間違ってはいないのだが、絶対というわけでも、正しいというわけでもない事を俺はよ~っく知っている。
……姫様にこの騎体を与えられて、動かせるようになるまでの日々は、正直思い出したくない。
あの辛い日々を思い出すたびに、吐き気と涙が止まらなくなるんだ。
だから俺は蘇りそうになる記憶を念入りに押し込め、騎体との同調を解除して
「ほら、どうです?」
再び闘技場にざわめきが起こった。
入学から二週間。
学園内を歩き回る俺の姿は、多くの生徒に目撃されている。
いちいち忘れ物なんかの用事のたびに、グレイに戻って着替えるのが面倒なんだが、公女が自分で用事に駆け回るってのはありえないからな。
なにやら俺の灰色髪と紅い目は珍しいらしく、教室で女生徒の噂になっていたから、従者なのだと教えたんだ。
だから、直接俺を見た事のない者でも、シャルロット・エルディオンの平民上がり従者は珍しい毛色をしているという事は、生徒達にも広まっている事だろう。
『ぐ、ぐう……』
ダッグスが呻く。
『替え玉に騎士を使っているのでなければ良い!』
長時間待たされたのもあって、俺の思惑通りダッグスはイラついた声で吐き捨てる。
『さっさと騎乗しろ! 始めるぞ!』
だが、俺は
「これだけ生徒のみなさんが詰めかけているのです。まずこの決闘のあらましを説明すべきでは?」
俺の言葉に観客達が同意を示してうなずく。
「――では、オレから説明しよう!」
そう告げて立ち上がったのは、王族席に座っていた赤毛のイケメン――サイベルト殿下だった。
武家の名門リングアーベル辺境伯家出身の母を持つだけあって、いかにも武人といったがっしりとした体格をしている。
――サイベルト・ステルシア第三皇子。
姫様が最初の標的に選んだ――敵だ。
俺は騎体から降りて地面に跪き、少し遅れて同調を解いたダッグスもまた、同様に跪く。
観客席の生徒達も押し黙り、殿下の言葉を待つ。
それらを満足気に見回した後、ヤツはうなずきひとつ、両手を広げて語り始めた。
「事は些細な行き違いだったのだがな……」
サイベルト殿下が毎日のようにお茶会を開いていたのは、本来はご自身の鍛錬に付き合ってくれている側近達を労う為だったのだと。
女生徒が招かれる事もあったそうだが、それは主に殿下の派閥に属するご令嬢方だったそうだ。
「それがなにを勘違いしたのか、今年の新入生から選ばれた側近達は、なんら関係のない女生徒達を招くようになってな」
「――なっ!?」
ダッグスが驚愕の色を浮かべて殿下を見上げた。
……つまりサイベルト殿下は、ダッグス達一年生の側近達の独断だと言っているワケだ。
『んなワケないじゃん。アイツ、お茶会では両手に女の子侍らせて王様気取りだったんだよ?』
と、俺の肩に座ったまま、呆れたようにフェルが教えてくれる。
霊脈に生きる
だからこうしている今も、俺以外にはその姿を見る事ができないし、姫様に頼まれたお仕事だけでなく、その特性を活かし、リィナ姉に頼まれて学園内の情報収集を行ったりしているんだ。
「……つまりは、そういう事にしてしまおうってワケだ」
サイベルト皇子派としては、今回の決闘は内々に済ませてしまう予定だったのだという。
それが本当なら、むしろ最初は好都合と考えたかもしれないな。
生意気にも皇子である自分の行動にケチを付けてきた女――シャルロット・エルディオンの鼻を明かし、決闘勝利にかこつけて、なにかしら要求しようとさえ……いや、姫様が仰るにはそうなったはずなんだ。
だが、リィナ姉の根回しによって、決闘騒ぎは全校生徒の知るところとなり、こうして闘技場には多くの生徒が詰めかけている。
つまり仮に決闘に勝利したとしても、無茶な要求はできない。
だからこそ、サイベルト殿下はこの騒ぎはダッグス達の独断という事にしたいのだろう。
きっと勝利の暁には寛大な言葉でも放って……茶会への出席を求めるくらいは求めてくるかもな。
「――とはいえ、ビトゥン達がオレの為にと動いてくれていたのは事実。
オレは部下の気持ちをないがしろにしたくはない」
サイベルト殿下の言葉に、観客席の一角――ヤツの側近や派閥連中が歓声をあげた。
……おっと。どうも俺はまだヤツを過大評価していたらしい。
ここに来て、ダッグスらの行動を正当化しようとしてきやがった。
「一方、エルディオン公女だ。
女ごときが衆目の前で男を辱める行為は正しいとは言えない。
ゆえにこの勝負でビトゥンが勝ったら、エルディオン公女には戒めとして同じ目に――衆目の前で、オレに服従を誓ってもらう」
いかに俺が身代わりになっているとはいえ、ヤツは姫様に――シャルロット・エルディオンに服従を誓わせようとしているんだ。
……アイツもう、呼び捨てで良いな。
皇子と思えばこそ、内心であっても敬称を付けていたのだが、どうやらヤツは姫様が仰った通りのクズ野郎のようだ。
サイベルト派の連中が沸き立ち、それ以外の生徒が困惑の表情を浮かべる。
歓声をあげているのは、客席の五分の一といったところか。
武門すべてがサイベルト派と考えていたが、どうもそういうわけでもないらしい。
そんな事を考えながら、俺は王族席のヤツを見上げて挙手する。
「――恐れながら殿下。発言をよろしいでしょうか?」
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