第1話 3
それは我らが御館様――フィリップ・エルディオン大公殿下だった。
「――お、御館様っ!!」
慌てて俺は駆け寄って、猿轡から解き放つ。
「ぶはっ! あ~、苦しかった。
シャル、いくら情報収集の為とはいえ、こういうやり方はパパ、好きじゃないなぁ」
「まー! 奇遇ね! あたくしも一服盛って無理矢理入学を強制するようなやり方、好きじゃないわ!」
旦那様の青い目と、姫様の金色の瞳が真っ向からぶつかり合う。
無言の攻防。
けれど、結局のところお館様はどこまでも姫様に甘いんだ。
「……そうは言うけどねぇ、これは帝国に生きる王侯貴族の義務なんだ」
旦那様が先に折れ、諭すような声色でそう告げる。
「そうはおっしゃいますけど、お父様!」
「……パパと呼びなさい」
お館様の主張を、姫様はガン無視して続ける。
「すでに魔道大学客員教授の席と、大魔道の称号を持つあたくしに、いまさら学園でなにを学べと言うのです!?」
……そうなんだ。厄介な事に……本当に面倒な事に、姫様はすでに教える側の肩書を持っている。
生来の気質ゆえか七つで魔道にハマった姫様は、みるみるその才能を開花させ――わずか十二歳にして、新型魔芒陣――簡易転送陣の論文を発表し、大魔道に叙された天才だ。
そんな名声と、社交嫌いでその姿を見た貴族がいないというミステリアスさから、ついたあだ名がエルディオンの魔道姫。
――噂に曰く……姫様はその功績を誇る事なく、今も帝国臣民の為に研究に勤しんでいる……のだとか。
誇りまくりですけど!?
なんなら三日に一度は、大魔道紋を俺に見せつけてきますけど!?
あと、帝国臣民の為じゃなく、自分の興味と楽しみの為だけに研究にのめり込んでるんですけど!?
もちろん姫様のメンツの為に、そんな事は口に出さないが……御館様だって知ってますよね?
俺の訴えるような視線に気づいたのか、お館様は同情の目を向けてうなずいてくださった。
さすがお館様だ。さすおや! 俺達すっかり、以心伝心の主従ですね!
「まー! なんなの? ふたりして見つめ合って気持ち悪い! 言いたい事があるのならはっきり言いなさいな!」
頬を膨らませて不機嫌そうに腕組みする姫様に、旦那様は身体を起こしながら溜息。
「それなら言うけどね、シャル……」
ずいっと、首だけを姫様に寄せて続ける。
「おまえももうじき元服――成人を迎えるのだから、そろそろ将来に目を向けるべきだろう?
それがなんだい、来る日も来る日も魔道、魔道――世の中の令嬢は、おまえの年頃ならば明日着るドレスひとつに頭を悩ませ、イケメン貴公子との出会いを夢見て友人達と話題の花を咲かせるというのに……」
「そんな非生産的な事に時間を割くくらいなら、魔芒陣の簡略化に知恵を絞った方がよっぽど国と臣民の為になるでしょう?」
「――それだ! おまえのその心意気は兄さん……陛下も高く評価してくださっているけどね……」
と、お館様が皇帝陛下の名を出した瞬間、姫様は納得したとばかりに両手を打ち合わせた。
「ああ、つまりお父様と陛下は、あたくしをバカ皇子達の仲裁役にさせたいのね?」
「――む!? そそそ……そんな事は――」
「隠しても無駄よ。新聞が伝える内容や、大学の教授達から――学派を超えて頻繁に送られてくるようになった講義要請の手紙の数を考えれば、自ずとわかるというもの!
――大方、バカ皇子達はあたくしを娶った者が皇太子になれると思い込んでいて……お父様や陛下は、それを逆手にとって宮中闘争を沈静化させたいのでしょう?」
姫様の推測は、昨晩、お館様が俺達に語った目論見をそのまま言い当てていた。
これだ。姫様は世間知らずの引き籠もりではあるものの、その頭脳は恐ろしくキレている。
二、三の要点を聞いて的確に全体像を推察し、実態として把握するんだ。
「……陛下としては、その流れでそのままあたくしが皇太子妃にでも納まってくれたなら言うことなしってところかしら?」
まるで御館様と陛下の会話を実際に見ていたかのように指摘されて、御館様は観念したように溜息を吐いた。
「そうなんだ。兄さんとしてはあのバカどもが頼りないものだから、優れた妃を充てがって補佐させるつもりのようでね」
「――まー! お父様はそれをそのまま受けるつもりなの!?」
「そんなワケあるか! おまえはセリアが命をかけて授けてくれた、パパの――公国の至宝だぞ!? なぜあんなクズどもにくれてやらなくてはならんのだ!?」
御館様と今は亡き奥様は、大恋愛の末に結ばれたのだという。
政略結婚が当たり前の皇弟という立場にありながら、御館様は周囲の反対や妨害に挫けることなくその意思を貫き通したんだ。
若かりし頃の二人の恋は歌劇や小説の題材になっているほどだ。
「でも、お父様はあたくしを学園に行かせようとしているじゃない!」
「ぐっ……そりゃあ、結婚はともかく、おまえにはもう少し
皇子やその派閥が暗闘を繰り広げる現在の不穏な宮中情勢を鑑みれば、
資産に関しては新型刻印や魔道器の特許で、姫様はうなるほどの金持ちだ。
確か先月報告に来た銀行の頭取の話では、ついに貯金額が公国の年間行政予算を超えたんだとか。
親である御館様としては、あとは
「ねえ、お父様。それって別にあたくしが行かなくても問題ないと思わない?」
「ん? いやいや、
御館様のまっとうな弁に、しかし姫様は鼻を鳴らして哂ってみせた。
「古いわね! 今はそんなの、魔法でどうとでもなる時代よ?」
「は?」
「現にあたくし、ベルローズとチャッ友よ? 昨日の夜だってお話したわ」
ベルローズというのは、皇帝陛下の第四皇子――第一皇女殿下だ。
「チャ……なに?」
首を傾げる御館様に、俺はそっと耳打ちする。
「……御館様。<
離れた場所と場所の映像を繋ぎ、顔を見ながら現在進行系で会話できるという――この世の軍事行動を一変させかねない恐るべき魔法だ。
その危険性に気づいた俺は、なるべくその存在を広めないように言い含めていたのだが、まさか御館様にまで隠していたとは……
俺から<
「シャ、シャル……それってベルローズ殿下の他には、誰が知ってるんだい?」
「ああ、軍事利用の危険性ならグレイに言われてわかってるわ。あとであの魔法を知ってる人のリストを用意するわ」
……図らずも御館様は、姫様の
「そんな事より、今大事なのは、わざわざ学園にあたくし本人が行かなくても、
……イヤな予感がした。
俺と御館様は思わず顔を見合わせる。
――へへ……やっぱり俺達、以心伝心みたいですね!
――ああ……おまえにはいつも苦労をかけるね……
「――いや、そうじゃなく!」
ふたり揃って首を振って。
「あ~、シャル……おまえ、ひょっとして……」
姫様の思惑に気づいて、恐る恐る御館様が切り出す。
「ええ。そうよ!」
そして、姫様は俺に顔を向けると、人差し指を突きつけてきた。
「――グレイ! あんた、あたくしの代わりに学園に通いなさい!」
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