006:「呪い(プロミス)」

 ゆるふわ年上天使様「國杜真理亜」さん。我がマイハニーこと「國杜愛衣」ちゃん(五歳)。そして「御老人」を含め三人が住んでいる國杜家。その所在地は宝多島の明治地区。明治時代初期の建築物が数多く残されている歴史保存地区である。


 そんな明治地区の中心部から少しだけ離れた丘の上。小さなお庭、童話に出てきそうな佇まい、古い素敵な洋館である。


 深夜近く。愛衣ちゃんは眠りについている。

「……授業料……何でこんなに高いのかしら」

 自身の通帳を見つめながら真理亜さんは溜息をついていた。毎月、高額の授業料が引き落としされていく。残金残り僅か。


 超一流私立学園、授業料はバカみたいに高い。それでも娘の将来の事を考えれば、天才児ギフテッドとして才能に恵まれた子供なのだから、親として大学まで超一流、明陽館学園に通わせたい。しかも自身、明陽館学園の大学生なのだ。


「……ふう」

 再び溜息。真理亜さんは猛勉強し「特待生」になっている。授業料は免除されていた。それでも生活はかなり厳しかった。

「アルバイト、増やさないと」


 大学三年となりようやく祖父からバイトする事の許可が下りた。今は少しでも家計を楽にしたい。それでも國杜家の家計はギリギリだった。


 もう一つの通帳を見つめる。

「「ソウイチロウ」さんの通帳……」


 その通帳には毎月多額のお金が振り込まれていた。このお金を使えば学費も生活費も問題無く、むしろ大金持ちとして余裕で暮らしていくことが出来るだろう。でも。

「この通帳を使っちゃったら……わたしは……」


 真理亜さんは通帳を閉じた、まだ洗濯物が残っている。家事を続ける。愛衣ちゃんの衣服を畳む。

「愛衣ちゃん明るくなった。彼氏君、え~と名前なんだっけ……彼のおかげかな」


 服を畳みながら微笑む。天使の微笑み。

「真理亜さん、まだ起きていたのかね?」


 真理亜さんの祖父、愛衣ちゃんにとっては曾祖父、「御老人」が部屋に入ってきた。

「御爺様」


 まだ仕事を続けている孫娘を見つめた。

「無理はするな、明日も朝一番から大学の講義があるはずじゃ」

「大丈夫です御爺様、これが終わればお休みします」


 学業、仕事、そして家事。それでも御老人は。

「…………うむ、わかっておるな」

「はい、分かっています。「必ず大学を卒業し、きちんと就職する」。それが御爺様との「約束」ですもの」


 真理亜さんは笑った、でも疲れていた。御老人は不憫だと思っていた。しかし。

「ならば良い」


 一言、そう言葉をかけるしかなかった。御老人は苦労している孫娘を悲しい目で見つめた。大馬鹿者の娘のせいで、孫はこれほどまでに苦労している。

「いや、全て儂のせいじゃ……」


 御老人の思いは複雑だった、「孫娘、真理亜を守ってあげたい」。想いが強すぎたせいで孫娘を厳しく育てすぎてしまった。甘えさせてあげられなかった。


 学業と家事、そして自ら望んだ事とはいえ子育て。青春なんて何処にも無い、真っ黒に塗り潰されてしまった孫娘の人生。そんな辛すぎる人生を選択させてしまったのではないか? ずっと後悔していた。

「だか、もう……」


 御老人自身も身体が言うことを聞かなくなり始めていた。病気がちになっていた。今は歩くことすら難しくなろうとしている。もう殆どの家事も、曾孫のお迎えさえ出来なくなっていた。


 若い孫娘が必死になって子供を育てているというのに、何も出来ない。

「すまぬな、すまぬ」


 御老人は孫娘に聞こえない位小さな声で呟いた。もう老い先短い、孫を、そして曾孫の行く末を見守ることは叶わないだろう。

 孫娘親子の将来を案じる事しか出来ない自分自身がどうしようも無く歯痒かった。




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百恋物語 ~ストーリーズ~  QUESTION_ENGINE @question_engine

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