005:「冬物語(Ⅲ)「告白」」
土曜日、バイト中は失敗の連続。
本日、俺は天使様から告白される。これ以上の幸福な状況など存在しなーい!! 今の俺にとってイヤミ上司の罵声すら心地良い。
天使様はどんな「台詞」でどんな「想い」を俺に伝えてくれるのだろうか? 俺は考えつく限り、告白の言葉を妄想した。事前に心の準備をしておかなければ心臓が破裂し、俺は死んでしまうだろう。仕事が手につかない、またミス。
「何やってるんだ! 文月ィ~~(怒)」
上司の罵声。振り返る俺。
「ノープロブレム……」
「うわ! 何だ、その気持ち悪い笑顔は」
俺の顔はニヤけていた。相当不気味だったらしい。上司ドン引き。
もはや「脳内恋愛」では満足出来ない!! 優しくて気配りが出来て、仕事は一生懸命で仲間思い。美人で胸が大きい。年上だけどまさに完璧系ヒロイン。それが俺のカノジョになるのだ。
真理亜さんと話しをするととても幸せな気分になれる。基本人間嫌いの俺がここまで人を好きになったのは初めてだ。
初めてのカノジョが年上さんだってノープロブレム! むしろあの人以外考えられない。
******
バイト終了。速攻洒落た服に着替え、待ち合わせ場所へ向かった。宝多島から、「平浜中央ステーション」へ。漁師町線に乗り換え終点、「波止場の前駅」へ向かう。土曜夜、路面電車はカップルや観光客でラッシュアワー級の満員状態だった。
何せ「告白の刻」はほんの一瞬だ。人波に押しつぶされそうになる。
波止場の前駅へ到着。もう直ぐ日が落ちる、「告白の刻」だ。波止場の前駅は全体が海に面した臨海公園になっている。
数多くの観光客とカップルが「告白の刻」を待っていた。対岸、皆想い想いに宝多島を見つめている。俺は真理亜さんを探した。緊張する。
「やべえなぁ。もうすぐ日没なのに」
水平線の彼方、日が完全に落ちると周囲は急速に暗く、星空になっていく。周囲もざわつき始める。もうすぐ「告白の刻」だ。
「國杜さん! 國杜さーん!」
土曜夜、人が多すぎる。見つけられないまま「告白の刻」を迎えてしまうのか!?
「國杜さん、何処に……」
連絡のためスマートフォンを取り出そうとしたとき。背後から美声。
「あ……あのぉ」
振り返る。さぁ、クライマックスシーンの幕が上がったぜ。
「く、國杜さん」
俺の背後にゆるふわ年上天使様が立っていた。
「わざわざ来て下さってありがとうございます」
笑顔の年上天使「國杜真理亜」さん。いつも変らぬ美しさ、間違い無い、この公園内で最も美しい女性。其れは貴女。まさに天使様。
「國杜さ……」
俺は生唾を飲み込む……美しい天使様……あれれ? 天使様はどう見ても普段着。UNI●LOのダウンジャケットに若干くたびれたジーンズ姿。その美しさに変りが無いが「告白」という一大イベントに挑む服装とは……
「あの……俺」
「こんな所に呼び出しちゃってゴメンなさい」
真理亜さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「は……はぁ」
俺の壮大な勘違い? 一体何が起こっている?
「娘が……えーと名前は、名前……」
「「ふみつきあやと」だよ、マム」
「あ、そうそう娘がどうしても文月君とお話がしたいって」
「娘って……?」
視線を下にずらす。ゆるふわ年上天使様、國杜真理亜さんの側に小さな幼児がひっついていた。よく見知った子だった。明陽館学園幼稚部の制服姿、三つ編みまんまる眼鏡の天才五歳児『愛衣』ちゃん。
日が沈む直前。
「告白の刻だ!!」
誰かが叫ぶ、一瞬の静寂。
告白の刻……それは海神市が「恋の街」といわれる
この波止場の前駅が宝多島の夜景を眺めるのに最高のスポットだった。そのために公園が整備された。SNS映えする大人気スポット。
更に、「街灯がハートの形に点灯する瞬間、想い人に告白すると両思いになれる」という都市伝説が広まり。この一瞬を狙い多くのカップルが訪れる恋の一大ホットスポットになっていたのだ。
愛衣ちゃんはまんまる眼鏡、真っ直ぐ俺を見つめ、何時も通り小さな声。
「ダーリン大好き。ういと結婚して」
「……へ?」
愛衣ちゃんと真理亜さんの背景はハートマークが映しだされた宝多島。この瞬間、俺は最高のロケーションで愛の告白を受けた。
「ういと結婚して」
大歓声。そう「告白の刻」、多くの観光客がスマートフォンで写真を撮っている。そんな喧騒の中でもはっきりと聞こえた小さな声。
「まさか、いきなりのプロポーズは……想定……してねえ……」
俺の明晰過ぎる頭脳は完全にフリーズ。
「結婚して」
「……」
五歳児がまんまる眼鏡の奥に秘められた真剣な眼差でじっと俺を見つめている。
俺は、生まれて初めて女の子に告白された。相手は五歳児だった。
「あ、ああ……あの」
「愛衣ちゃん。ちゃんと「大好き」って言えた?」
真理亜さんが愛衣ちゃんに確認、小さく頷く愛衣ちゃん、相変わらずの無表情。
「よろしい。じゃあ娘を宜しくお願いしますね、彼氏君」
ゆるふわ年上天使様、真理亜さん極上の笑顔。
「娘?」
呆然としている俺、周囲は告白の嵐。この瞬間数多くのカップルが誕生していた。
「はい、愛衣はわたしの娘『國杜愛衣』です」
何とぉ!! ゆるふわ年上天使様は「
「ダーリン♡」
「あ……うん」
愛衣ちゃんが俺に抱きつ……しがみついてくる。足下にひっつくと表現した方が正確だろうか? 大型犬にじゃれつかれたような感覚、それでも何か気恥ずかしい。これが五歳児の愛情表現なのだろう。
「その……ご、ごか……」
「ういの事は「ハニー」って呼んで」
「ハ、ハニーちゃん?」
「うい、とっても幸せ」
俺は呆然となったまま、何となく同意してしまった。不覚。
「愛衣がどうしても文月君に告白したいって言うから、L●NEのメッセージ送ったんです、今日はわざわざ来ていただいてありがとうございます」
ご、誤解を招くメッセージの送り方しないでくださーい!! 心の中で叫び声をあげている。俺が好きなのは……
「良かったね、愛衣ちゃん」
「うん、マムありがとう」
「それじゃあ、えーと。彼氏君」
ゆるふわ年上天使様にとって俺は「
「約束」
愛衣ちゃんが可愛い小指を差し差し出した「指切り」。五歳児らしい儀式。まぁ
「彼氏君も」
「は……はぁ」
指切りげんまん。これが俺と愛衣ちゃんの結婚式らしい。
俺は呆然としたまま。アホみたいな顔になっていた。真理亜さんが俺に耳打ち。
「愛衣ちゃんの事、幸せにしてあげてね「約束」ですよ」
「……そのぉ」
俺はなんと返事をして良いのか?
「それじゃあ、大地マートの特売タイムセール始まっちゃいますから」
親子(真理亜さんと愛衣ちゃん)が手を繋ぎ帰って行く。
宝多島に浮かび上がるハートマーク。俺の側でも出来たてカップルが手を繋いでいる。公園丘の上ではカップル達が濃厚なキッス。
今現在、日本で一番愛に溢れた公園。
「一体、何が起きたのだ? これは夢なのか? 俺は
俺はそのまま数分間、脳ミソ真っ白になったまま、動くことが出来なかった。
******
その夜、自宅、俺の部屋。俺はアリアン氏に大笑いされていた。現在面目に相談できる相手は奴しかいない。
『まさに「事実は小説より奇なり」やな。告白してきたのが五歳児やったとはねぇ』
しかもゆるふわ年上天使様「國杜真理亜」さんと親子だったとは。
『五歳児のカノジョは不満かいな?』
『想像出来ん。後訂正しろ、「
『なぜ?』
『ふん、リアルは面倒くせー制限や限界だらけ。だがバーチャルならば全て無限大だ』
『小説論?』
『ちげーよ。人生論だ』
ふて腐れながら返信。
『幼稚園児って「保母のセンセが好き」やら「●●」ちゃんが好きやら「××」君好きやらカレシカノジョやらケッコンやら何でもアリやからな』
スタンプを交えSNSでの会話が続く。
『ワイもそれはよう告白されたで』
『その時は太ってなかったからか?』
自作イラストで描かれているアリアン氏のお腹はでっぷりしている。
『まあね、ワイ五歳の頃はメッチャイケメンやったんやで。ケケケ……』
ふん、どうだか。
『ワイの初恋も幼稚園児のころやったなぁ、今でも良~う覚えてるで。えらい素敵な人やったなぁ……綾一氏、聞きたいかい?』
『別に』
どうやら、アリアン氏の初恋は素敵な思い出だったらしい。
『綾一氏は幼稚園の頃告白やらされへんかったのかい?』
確かに、俺が幼稚園の頃、周囲でそんな話しをよく聞いていた事は覚えている。幼児期の恋。だがしかし。
『ねえよ、俺にはそんな事。これっぽっちも記憶がねえ』
『ほんま?』
『ああ……』
『ほんまにほんま? よう思いだしてみぃ』
俺は幼稚園児の頃からひねくれていた。
『ねえよ』
『……綾一氏モテへんのね』
『ほっとけ!』
俺は天井を仰ぎ見た。
『カノジョ無し、告白なし、出逢いなし……絶賛更新中か』
『可愛い女の子からプロポーズされたやないか』
『五歳児はカウント無しだ。どうせすぐ忘れる』
五歳児の恋なんてそんなものだ。
『綾一氏、出逢いは探すものやで』
確かに。だけど。
『そう簡単にあるはずが無い。センセーショナルな出逢いなんて』
『綾一氏、今回やて十二分にセンセーショナルちゃうか? めったに出来ん体験やで。ええ小説家になれる思うんやけどなぁ……ワイ、綾一氏の文才は保証するで』
アリアン氏は何時も俺に小説を書く事を勧めてくる。
『小説家にはならねえよ。絶対』
『綾一氏は幼稚園児の頃からいろんな読書感想文ノコンクールで賞取ってきてるやないか。文部大……』
『総理大臣賞だ、三回』
『そうそう、すごいね』
『フン、知ってたくせに』
そしてアリアン氏は時々俺を徴発する。
『それほど、小説に精通した大天才文月綾一氏ならきっと……』
天才か……それは違うよ。
『ならねえよ。俺は「小説家」にはならねえ』
『絶対の絶対?』
『ああ、俺の目標はあくまでイラストレーターの方だからな』
『小説の才能あるのに、勿体ないなぁ』
『ちょっとやそっとの才能じゃ小説家として食べていけねーよ』
本当の天才、小説家としての才能があるってのは…………たぶん奴みたいな。
『イラストレーターかてプロになるのは難しいで』
俺が書いているモノなんて所詮……
『綾一氏? 綾一氏??』
考え事をしていた。
『そ、そうだな、どちらにしても難しいな』
結局最後突き詰めれば全ては
『プロイラストレーターの話いうたら、「ライトノベルは表紙がいっちゃん大事って」、綾一氏本気でそう思てるのかい?』
ああ、そうだったな。そう言えば、あの時の言葉、返信していなかったな。
『確かに、ラノベにとって表紙は一番大事な事は確かだ、だが……』
『だが?』
『小説は美少女イラストに命を吹き込む作業だ。「物語」にしなければ恋すら始まらん。人生が、人の変りようが、心境の変化が心を打つ、それが物語。
そういう事だろう。故に
『イラストレーターのワイとしては、そう言うてもらえると嬉しいわ。そやからワイは……綾一氏が書いた小説のイラスト描きたいんやけどね』
『だから俺は小説家にだけはならねえ』
それだけは絶対だ。
『残念やなぁ……ところで五歳児ちゃんと真面目にお付き合いするのかい?』
『今度バイト休みの休日、鬼隠のテーマパーク行くことにした』
『ひゅうひゅう』
スタンプつけられ茶化される。
『言っておく、決して恋人では無いぞ! あくまで立場的には保護者というスタンスだ』
『ふ~ん』
『それにバイト以外、真理亜さんとの接点は愛衣ちゃんだけだしな。ある意味これはチャンスじゃないか』
『ふ~ん。綾一氏は人妻、狙うてるのかい?』
『……わからん。だが……』
真理亜さんには子供がいる。その事実は俺を打ちのめしたのは事実。だが。
『知りたい?』
『そうだな、結末がどうなるのか? 叶わぬ恋を追い求めた俺の悲劇なのか? 俺の空回りで終わってしまった喜劇なのか? 物語には必ず結末が存在するはずだ』
『結末か』
『ああ、俺にとって納得いく結末になると良いのだがな』
その夜、俺とアリアン氏はずっと語り合った。
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