ファインダーの向こうへ
武田 信頼
ファインダーの向こうへ
私は、しがない風景カメラマンである。
昨今デジカメも含め画素の進化は著しい中、私のこだわりはフィルムである。しかし今日、首から下げている私の相棒『ライカⅢaクローム+エルマー』はビジネスだけの意味を持たなかった。
私は原爆ドーム前でファインダーを
「ふーん……。あなたが
突如、背後から声を掛けられて思わず身を引いた。見れば多分高校生くらいだろう、濃紺のジャンパースカートに薄青色のブラウスの少女が立っていた。
栗色の髪を耳元で切り
「本当にいるだなんて、驚いたわ。てっきりファンタジーだと思ってたのに」
私は少なからず
「あ、気にしないで。これ、学校の制服だし。そもそも、頼まれごとだからお洒落して会う必要もないしね」
無邪気に笑う少女に反して私は
「意味もなく、初対面の男性に声を掛けませんッ! あたしだって結構緊張してるんですよ? これを見て思うことはありますか?」
少女は二枚の写真を私に渡す。印画紙が茶色に変色し、端は切れてボロボロになっていた。私はその写真を見て大きく嘆息した。目の前の少女をまじまじ見れば確かにあの人の面影がある。そして、すべて理解した。
「……あ、あの」
十歳以上も年下の少女に対し
「あたし、
広島城。別名『
私は
「……君は、その、信じるのかい?」
私の喉の奥からひねり出すような声に
「ぜんぜんッ!! これっぽっちも信じてないよ。この写真だって、おばあちゃんの嘘だと思ってた。でも
そうだ。昭和二十年代にあるはずもない平成の渋谷駅前のスクランブル交差点の写真。奥には有名なレンタルビデオ屋のビルが映っている。そしてこれは私が
「これ、もう使えないけど、おばあちゃんがずっと大事に取ってたらしいよ」
私はそれを受け取り製造番号を見る。今、私が首から下げている『ライカ』と同じだった。花蓮も横から覗きながら、「へえー」と感心している。
「同じ製造番号ってあるんだァ」
「それは、絶対にありえないッ!」
私は即座に否定する。そして私もカバンから一つのファイルを取り出し
あれは数日前から始めた企画だった。渋谷駅前の再開発にともない日々変わっていく姿を写真に収めようと、
とった記憶もない街並みが次々を浮かび上がる。しかも、どこの街並みかもさっぱり分からない。最後に浮かび上がった写真はセーラー服の少女だった。活発そうな少女が写真の中で、にっこり笑って、こっちを見ている。私はすっかり、その子の
そんな出来事から二日後。代々木から
『わたしは、
私はまず我が目を疑った。そして何度も読み返した。だが間違いなく、そう書かれている。ここで私はありえないはずだと頭では理解していながらも他人が撮った絵が自分のネガに転移しているのだと合点した。
そんな思いに至ったのも、どこかで写真の少女に逢えるかもしれないという非現実な思いがあったのだろう、私は手紙を書いてシャッターを切った。
それから不思議な文通が始まった。風景カメラマンが風景も撮らずに手紙を撮るという珍妙な日が続いた。そして彼女はどうやら広島の人だという事が分かった。文通が続く中で、私は完全に
私は勇気を振り
が、返事は色よかった。『ぜひ、いらしてください。産業
私は年甲斐もなく喜び、場所をインターネットで検索する。しかし、その場所へは決して行けない事実に
今まで現像した彼女の写真を徹底的に調べた。最後に撮った写真には明らかに暦が写っていたのだ。
『昭和二十年八月四日』
私は
しかし、手段は一択だ。私のいる戦後の世界。八月六日に起きる不幸。そして出来るだけ遠くに逃げること。遠くに逃げれないのなら
そして最後に、
『私は、貴方に逢いたい。だから絶対死なないで。生きてほしい。
令和〇年八月六日に逢いましょう。産業
しかしその後、手紙は一切現像されなかった。カメラも
「
「まあ、普通は、ね。でも……」
「たまたま、被爆を逃れたおばあちゃんが、ね。ずぅーと肌身離さず持ってたみたいでェ、今回あたしに
「そっか、
キョトンとする
「そーいうことを気にしたのねッ! 安心して。おばあちゃんは、まだピンピンしてるよ」
「ふふふ。悪いけど少し試してた。あたしも
すでに日が傾き天守の長い影に別れを告げる間もなく、私は
ファインダーの向こうへ 武田 信頼 @wutian06
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