第46話 赤い炎は本音を炙り出す

「来るの待ってたよ。昼間に言ってたゲームのことでしょ?」


「あ、えっと、それもあるけど……ウッドデッキにテントが立ってるの見えたから、もしかしてと思って……これってスノーパークさんから?」


 花音は真新しい山岳テントに触れなら、そう聞いてくる。


「ああ。最近、この間のお礼も兼ねて、スノーパークさんからちょこちょここういう試供品が送られてきてね。簡単なレポートを返す約束にはなっているけど……」


「そうなんだ! じゃあ、葵くんは今一流アウトドアメーカーの商品開発に携わってるんだ! すごいねっ!」


「読書感想文みたいなもんだって……」


「じゃ、じゃあ! お邪魔しまーす!」


「じゃあって、おい!?」


 許可を出す前には花音は靴を脱いで、テントの中へ入ってくる。

そして俺の肩に触れるか、触れないかの絶妙な感覚で隣に座ってくる。


「へぇ! 2人でもまだ余裕があるね! レポートのネタ、一つできたね!」


「あ、ああ、まぁ……」


 レポートのことなんて、今の俺の頭の中にはない。

なにせ、花音が良い匂いを放ちつつ、隣にいるのだ。

 春先から随分長い時間を過ごして、背中合わせで水着姿ではあるが、一緒にお風呂へ入ったりはしたけれど……こんなにも近くに花音を感じるのは久々な気がする。


 そして改めて、花音は横顔だけでも、すごく綺麗で、誰が見てもきっと可愛いと言ってしまうほどの美少女で。

そんな彼女に見惚れていると、


「お、おいくーん……やっぱり眠くなるまでお話かゲームしよ……あっ!」


「お、おう、樹!」


「こ、こんばんは木村さんっ!」


 テントの外から樹がひょっこり顔を覗かせるも、すぐに暗闇の中でもわかるほど、顔を真っ赤に染める。


「ごごご、ごめんっ! お邪魔する気はなくて、そのっ! それじゃあ……」


「あっ……」


 花音が隣で妙な声をあげていた。どこか、何かを躊躇っているように見える。


「き、木村さんも一緒にどうですか!?」


「おいっ!」


 花音の意外な言葉に、思わず突っ込んでしまった俺。

投げかけられた樹は、当然困惑している。


「今ね! 実験しているところなの! このテントに何人まで入れるかって!」


「そ、そうなんですか……?」


「だから木村さんも! せ、せっかく来てくれたんだからっ! 友達とのこういう思い出大事っ! だから、えっと……」


「で、でもぉ……」


 樹は俺へ伺うような視線を向けてくる。


 なんとなく一緒に入りたさそうな雰囲気なのは明白だ。


花音も気を遣って、樹に入れって言ってくれてることだし……


「こ、来いよ、樹……」


「良いの?」


「良いからっ!」


「んっ!」


 樹はそそくさと靴を脱いでテントの中へ入り込んできた。

それにしても……


「あ、あのさ、2人とも……」


「なに?」


「ん?」


「なんで俺を挟む……?」


 花音は俺に右肩に、樹は左肩に自分の肩をピッタリくっつけている。


「だ、だって! おいくんの左隣しか空いてなかったから!」


「葵くんが隅っこだと、入らないかなぁと……」


 俺はポジション的にテントの真ん中に位置している。

ここならば頭が引っ掛からずに同じ姿勢を取れるのは確かである。


 とはいえ、この状況はある意味まずい。


 再会して気づいたのだが、樹からはもうあまり塩素の匂いがしなくなっていた。

代わりに花音とは違うが、それでも方向性が同じな、女の子独特の良い匂いがしている。


 意識なんてしたはくはない。それでかつての俺と樹の関係は壊れてしまったのだから。

でも、足掻いがたい感情が胸の内に渦巻いているのも確かなこと。


「ーーっ!?」


 そんなことを考えていると、不意にとても馴染んだ、そして落ち着く匂いが、樹のそれを打ち消してくる。


「やっぱちょっと肩が当たって、窮屈だなぁって。あはは……!」


 花音はやや密着気味で、体を寄せてきた。

軽くこちらが首を動かせば、頬が触れ合ったり、お互いの唇が事故で触れ合ってしまってもおかしくはないほどの距離だ。というか、花音の爆乳が俺の二の腕あたりでむにゅんと潰れている……


「そ、そうだね……こうやって寄ってもらった方が、このテントにはあってそうだね……」


 胸のドキドキや緊張を堪え、事故で唇が触れ合わなよう細心の注意を払いつつ、俺はそう答えた。


「おいくんのいう通り、この大きさだと3人は狭いね」


 花音とは対照的に、俺とやや距離のある樹は笑顔を浮かべてそういった。

しかし花音のように、こちらへ寄ってくる素振りはみられない。


「あ、あんたたち、なに破廉恥なことしてるわけ!?」


 っと、空気を一変させる冷たい声が頭上から降り注いでくる。

種田さんだった。


「あ! こ、これはっ! テント入ってた葵くんのところへ私が無理やり!」


「ぼ、僕もそうなんだよ種田さんっ! おいくんは悪くないし、彼紳士だから破廉恥なことなんて全然っ!」


 花音と樹は必死な様子で種田さんへの弁明を述べている。


「はぁ……もう良いわよ、弁解は……それよりやるの? やらないの? キャンプファイヤー。かのがやろうっていって、香月 葵を呼びに行ったんでしょ」


「そ、そうだったね! あはは! で、どぉ?」


 花音は相変わらず切り替えが早いというか……


「じゃあ……やろうか」


「うんっ! やろやろ!」


 とのことで、俺たちはウッドデッキに椅子を用意してキャンプファイヤーを始めることに。

ここの薪はよく乾いているので、火付には難儀せず、あっという間に赤々とした炎が上がった。


「なんか、火って見てると落ち着くわね……」


 ふと、種田さんは火を見つめながら、ポツリと呟く。


「ねぇ、この際だからちょっと話をしても?」


「ど、どうぞ」


 神妙な様子の種田さんに気圧され、俺はそう答えた。


「まださ半日しか一緒にいないけど……でも、正直、香月 葵が噂とは全然違う良いやつだってわかったわ」


「噂って、もしかして……」


 種田さんはちらりと樹へ視線を寄せた。

すると樹は口を開く。


「んっ……僕です。中学のときの林間学校で、おいくんと喧嘩した女子って……」


「でも最近仲直りしたのよね?」


「ようやく……あの時のおいくん、そして僕もちょっとおかしくなってました。そのせいで、おいくんには悪い噂が立っちゃって……僕が、あの時、あんなことを言わなければ……」


「だから、この間も言ったと思うけど、あの時の俺は樹に色々言われても仕方ないやつだったんだ。樹が反省する必要はないって」


「おいくん……」


 そんな会話を繰り広げている俺と樹を、種田さんは微笑ましそうに見ていた。


「本当、あんたたち仲良しね。それに香月 葵、あんたそうやって自分を非を認められるってすごいわね。偉いと思うわ」


「そ、そうっすか?」


「ええ。初めてよ、あんたみたいな男子に出会ったのって……ところで、かのからも話があるんじゃない?」


「はぇっ!? わ、私っ!?」


 急に話題を振られて、花音は素っ頓狂な声をあげる。


「ほら、今ふかーい話になってるんだから、思い切って!」


「うう……そ、それじゃぁ……!」


 赤い炎に彩られた花音は青い瞳をこちらへ向けてくる。


 なんだこの雰囲気……?


「あ、あのね、私……私っ……!」


 なんだろうか? 花音は一体何を言い出すつもりで……!?


「ずっと、男の子と勘違いしてました! ごめんなさい、木村さんっ!」


「へ?」


 どうやら花音は俺にではなく、俺の隣にいる樹へ語りかけていたようだ。


「あ、あ! き、気にしないでくださいっ! よく言われることですから……僕は僕のことを僕って言いますし……本当はおいくんには中学の時、他の人の前じゃ"私"っていうようにしろって言われれたんですけど、おいくんの前だとつい……あ、あと! 僕のこと、学校じゃなぜか"王子"なんていう人がいて……」


「お、王子!?」


「確かに木村さんって中性的な雰囲気よね。王子っていうのも納得だわ」


 確かに樹が"王子"と呼ばれるのも納得できる気がする。

そうか、俺もこれから樹のことを"王子"と思えば良いんじゃないか。


 それにしても火を囲んだ途端、皆は言いずらいことなどを次々と口にしている気がする。


 この間のスノーパークランドでも、火は人の本音を照らし出すものだという実感があった。


 この状況だったら、あのことを言っても大丈夫な気がしたので……


「あ、あのさ、みんな! 俺からもその……話、良いかな……?」


 俺のあげた声に皆はシンと静まり返る。

しかし視線は穏やかで、妙な緊張感は一切ない。


「良いよ、聞くよ葵くんの話」


「ん! 話して」


「で、なによ?」


「あのさ、俺……!」

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隠キャボッチの俺が、金髪碧眼・巨乳で陽キャな学校で一番可愛い『花守 花音』さんに懐かれました〜俺、いつものようにソロキャンプしてただけなんですけど〜 シトラス=ライス @STR

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