第45話 種田さんにはバレちゃってた……?

*サブタイトル並びに一部表現を修正しました。あらかじめご承知おきください。


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 俺は急いで自分のテントへ戻り、折りたたみ式のポータブル竈門を持ってくる。

これは先日、スノーパークから試供品として送られきたもので、せっかくだから使ってみようかと思い持参したものだ。


「へぇ! こんなの持って来てたの! 気がきくじゃない! しかもなんかかっこいい!」


 ポータブル竈門を見た途端、種田さんは嬉しそうに笑った。

キャンプギアを褒められると、まるで自分のことのように嬉しい。


「少ししか焼けませんけど、これなら……」


「あ、あのさ、香月 葵……一つお願いが……」


「なんでしょ?」


「後学のために、火を点け方教えてくれない?」


 またしても背の低い種田さんの、何気ない上目遣いに思わず怯んでしまう俺だった。しかし気を取り直して、依頼通り、種田さんへ火付の要領を教えることに。


「ひ、火点けのコツは、ですね……まずは小さな火を起こして、そこからだんだんと大きなものへ燃え移らせて行くことなんです」


「わかったわ。やってみても?」


「も、もちろん!」


 俺はささっと、割り箸をナイフで削って作ったフェザーステックを種田さんへ渡す。


「なにこの彼岸花みたいなやつ?」


「フェザーステックってもので、これにまずは火をつけて、火種にするんですよ」


「へぇ! なるほど! じゃあやってみるわね!」


 種田さんは猫のような顔をすごくワクワクさせて、フェザーステックへ火をつけた。

そして赤く燃えるそれをコンロの中にある細かい枝の間へ差し込む。


「点いた! 火が点いたわ!」


「上手いですね、センスを感じます」


「そ、そぉ? えへへ……!」


「油断せずに! 空気穴を封じないよう、どんどん燃えるものを焚べてくださいね」


「わかったわ!」


 種田さんは手際良く、そして楽しそうに火をだんだんと大きくして行く。


 なんかやっぱり、こういう"いかにもキャンプ"っていった雰囲気の方が、俺の性にはあっているようだ。

それに、種田さんも楽しそうにしてくれているし、そういうのってすごく嬉しい。


 ふと、一瞬、花音の様子がどうしても気になってチラッと後ろを振り返る。

すると花音はすぐさまこちらへ視線を合わせて"にっこり"微笑んでくれる。

 種田さんと火つけを楽しんでいるのを喜んでくれている……たぶん……?


 樹も樹で、俺の方を見て妙にニヤニヤしている。


「ねぇ、エビ焼いてもいいかしら!?」


 と、すっかり立派に成長した火の前で、種田さんは嬉々とした様子でそう訴えかけてくる。


「焼きましょう! 炭火で焼くエビって……」


「美味いのよね! うふふ!」


 そうして立派な海老を炭火でカリッと焼きあげ、


「「うまぁーっ!」」


 2人して、海老のうまさに感嘆したり。

俺と種田さんは意外とウマが合うのかもしれないと、思った。


「やっぱバーベキューってこれよ! この感じよ! ありがとね、香月 葵!」


「い、いえ……」


「ねぇ、なんでこんなに色々知ってるわけ?」


「昔、キャンプインストラクターのアシスタントをバイトでしてたことがあるんです。それにうちは昔、家族旅行といえば、ほぼ必ずキャンプでして……」


「なるほどね、だからすごく手慣れてると。それじゃあ、かのと仲良くなったのも、アシスタント時代に?」


「いえ、花音と仲良く……こほんっ! は、花守さんと仲良くなったのは……」


「良いわよ、別に言い直さなくて」


 種田さんは呆れたようにそういった。


「香月 葵とかのが、お互いに名前で呼び合うほど仲良しになってるの、もうわかってるわ」


「そ、そうなんっすか……」


「で、どうやって、かのと仲良くなったの?」


「春先にソロキャンしてる時、困ってる花音を見かけて、声をかけてそれで一緒にキャンプをしてから……」


「その一回だけじゃないでしょ? あんたたち、一緒に良くキャンプしてるんでしょ?」


「そ、それは……はい……」


 種田さんの妙に強い圧に押されて、素直に答える俺だった。


「なるほどね。かの、春先くらいから大体月一で付き合い悪くなる時があるから、彼氏でもできたのかなって思ったんだけど、そういうことだったのね……で、どうなのよ?」


「どうとは……?」


「香月 葵はかののことを……」


「あ、あーっ! 2人でコソコソ、エビ焼いて食べてるぅー!!」


 と、声を張って俺と種田さんの間へ割って来た花音であった。


「ずるいぞ、私にも食べさせろぉ!」


「ちょ、ちょっとかの……んもぉ……好きになさい!」


 種田さんは呆れた様子で立ち上がり、もぐもぐ1人で、満足そうにお肉を食べている樹のところへ向かって行くのだった。


「タネちゃんと、その……な、なに話してたの……?」


 花音は珍しく、青い瞳を震わせながら聞いてくる。


「悪い、バレてた……俺と、その花音のこと……名前で呼び合ってることとか、良く一緒にキャンプしてることとか……そのことについて……」


「そ、そうなんだ……」


「なんか、これまでごめん」


「え!? 急にどうしたの!?」


「俺とキャンプをするためにさ、花音、スケジュール的にちょっと無理してたんだろ?」


 たぶん、花音は俺とのキャンプをするために、種田さんの誘いを断ったりとかしていたんだろう。

なんだかそのことを申し訳なく感じたために出た謝罪の言葉だった。


「そっか、そこまでバレちゃってたんだ……だったら、うん! もうコソコソしなくても良いよね?」


「そうだな、確かに……」


「もちろん、タネちゃんの前だけにするけどね!」


 ほんと、こういうとき花音はポジティブだ。

俺のそばに、こういう人はほとんどいなかったので、新鮮なのと同時に、ありがたいと思う。


「こっち変わるよ! 葵くんも食べてきて!」


「おう、よろしく」


 こうして便利なバーベキューは、それ自体は楽しく、穏やかに過ぎて行く。


 でも、やっぱり俺は"物足りなさ"を感じていた。


●●●


「おいくん、それ本気で言ってる……?」


 テントの入り口の前に立つ樹は、寂しそうにそう聞き返してくる。

周りはすっかり夜なので、余計に寂しい雰囲気を助長しているような気がする。


「もちろん、本気さ。いくら仲が良いからってさすがにね……」


「わかった……おいくんがそこまでいうなら……」


「すぐ隣だし、なんかあれば声かけろよ」


「ん。じゃあね……」


 樹はものすごく残念そうにテントの入り口を閉める。


 親友同士だが、俺と樹は男と女だ。

しかも、俺自身はかつて、樹をそういう目で見ていた時期もある。

だから、一緒のテントで寝る度胸はない。それに今夜は"アレ"を使ってみたいし!


「さぁて、始めますか!」


 気持ちを切り替え、ウッドデッキに置いた自分の荷物に手をつける。

そうして荷物の中から取り出したのは、"山岳用のテント"

 これもスノーパークから試供品として送られたものだ。


 畳めばザックに収まってしまうほど小さく、持ち運びに便利なテントだ。

お値段が平均数万円もするものなので、試供品として提供してもらい、とても嬉しく思っている。


 ちゃちゃっとウッドデッキの上に設営し、早速中へ。


「なんだ意外と広いじゃん……!」


 小型で、ソロ用であるため、相応の窮屈さを覚悟はしていた。

でも俺一人ぐらいなら背筋を伸ばして座ることができる。

足も伸ばして寝られそうだし、なんならもう1人2人入ってきても問題なさそうな様子だ。


「ふぅ……」


 と、俺はここに来てようやく"落ち着き"を感じ、テントの中へゆったり寝転ぶ。


ーーやはり、俺にはホテルの一室のようなテントとベッドよりも、こちらの方が落ち着くらしい。


 グランピングの存在自体は否定しない。こういうのを望んでいる人がたくさんいるから、商売として成り立ち、こういう施設が全国に作られているとわかっている。だけど、俺には……


「ん……?」


 ふと、テントの外から人の気配を感じ取る。

そいつはコツコツと、ウッドデッキへ足音を鳴らし、明らかにこちらへ近づいて来ている。


 樹か? もう寂しくなって「お話ししようよぉ……」なんて感じでやって来たのか?


 いや、違う。そういや今夜来るって言ってたし。


「や、やっほー葵くん!」


 山岳テントから顔を覗かせると、少し顔が赤くなっているの花音と出くわす。


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