成人コンプレックス

@rayasi3

第1話

 普通、二十歳の誕生日というのは大人になったことを噛み締めながら、初めての酒を試してみるものだと思う。


 近所のコンビニで陳列されたお酒たちを眺め、どれがいいのかと悩んでみる。二十歳以上には販売できないという棚に設置された表示。それをわざと目に焼き付けたあと、最初はシンプルなものがいいと判断し、結局缶ビールに手を伸ばす、みたいな。


 そんな風景を思いうかべていたはずの誕生日の日付は、気付いたらもう何日も前になっていて。じんわりとした喪失感。今更飲む気にもなれないから、そのまま。そしたらいつのまにか一周して。


 再び同じ日がやってきてしまった。一瞬だ。



 つくづく今を大切にせず生きているらしい。


 別に飲みたいというわけでもなかった。むしろ勉強も働きもせず大人として情けない自分だから、お酒を飲むということ気にはなれなかった。罪悪感というか。


 だから、なんとなく飲まずに次の日になってしまったのに。


 一生に一度の機会を失くしたことを後になって後悔したのだ。


 「これ、お願いします」


 コトン、という音とともに目の前に商品が置かれた。缶ビールとおつまみの菓子。あわてて目の前の景色に意識を戻す。レジに並んだのは自分くらいの若そうな女性で、律儀な声掛けとは裏腹に、恰好は乱れて露出が多い。耳のピアスや紫に染められた髪も印象的だった。


 もちろん身なりに対する偏見ではないが、きまりなので確認する。


 「失礼ですが、生年月日などを確認できるものはお持ちでしょうか」


 女性はすぐさま財布から運転免許証を取り出してこちらに見せた。こういうのはあまり長く眺めるのも失礼なので、軽く目を通しながらお礼を言いかけた時だった。


 「ありが、……え?」


 違和感を覚えてよく見ると、免許証に書かれた日付は十一月九日。生まれた年に関してはちょうど今から二十を引いた数なので問題ないが、肝心の日付がまだ先の数字だった。というか。


 「……明日?」


 思わずつぶやいた僕の声に、女性が小さく頷いたのがみえた。目は逸らされる。


 今日は十一月八日なのでこれは明日の日付。つまり彼女はまだ未成年ということになる。


 「……え、っと」


 困惑する。年齢確認で本当に成人前の日付のものを差し出されることなどなかったし、たった一日待てばいいのにそれを承知で酒を買おうとする気持ちもわからなかった。


 それとも、一日くらいいいだろうということなのだろうか。


 迷ったが、彼女の意図なんてコンビニ店員としての仕事には関係ない。なんとか丁寧に断る言葉を発そうとしたところで、ふと気づく。


 外の景色は真っ暗だ。後ろ手にあるの時計を確認すると、時刻は十一時半を指している。つまりはあと三十分もすれば彼女は成人を迎えるのだ。


 事情は知らないが、この状況で断る気にもなれなくなってしまった。日中ならまだしも、いま断るのは融通が利かないだけの人のような気がした。


 あまり時間をかけるわけにもいかない。改めて、決断。


 「はい、ありがとうございます。大丈夫です」


 そう言ってレジに通す。店員と客の間に余計な会話はいらない。あくまで問題がなかった体でやり取りを終わらせる。


 女性はなにも言わなかった。ただ、帰り際にちらっと見えた横顔からはどういった感情とも判断がつかなかった。


 そのあと、車の運転席に乗ってコンビニから去っていく。


 彼女の背景なんて知らない。判断材料がない以上僕がしたことの是非もわからないし。


 ただ、成人するタイミングでお酒をと考えていたのは間違いなく、それが僕はうらやましいと思った。それはきっと大人になることを受け入れられているということだと僕は思うから。フライングするくらいに。


 慣れたように車を走らせていた女性。免許証を持っていない僕よりずっと大人に感じられて、ビールを購入するにふさわしい気がした。

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