悪役令嬢に転生したので、婚約破棄と同時に裏ルートでハッピーエンドにならせていただきます

悪役令嬢に転生したので、婚約破棄と同時に裏ルートでハッピーエンドにならせていただきます

「シャロン! 今をもって、おまえとの婚約破棄する!」


 とあるパーティーでの一幕。着飾った紳士、淑女たちの視線が私と婚約者である第三王子に集まる。

 サラサラな金髪に涼やかな青い瞳のイケメン王子。その隣には淡いクリーム色の髪に水色の瞳をした儚げな少女。


 二人が並んだ姿を見たとたん、私の頭はフラッシュバックした。


 ブラック企業に勤めていた私。唯一の趣味は乙女ゲーム。ゲームのイケメンたちに癒やしてもらうため、寝食から通勤まで、使える時間を使ってゲームしていた。

 ただ、二十連勤して明日は待ちに待った休日! と意気込んで、ゲームを起動してからの記憶がない。頭の中でプチッとなにかが切れたような音を聞いたような気はするけど。


 いけない、話を戻そう。


 この場面は私がやろうとしていた乙女ゲームとまったく同じ絵柄。そして、この場面も何回も見た。

 いろんなエンディングがありすぎて、とにかくやり込んだけど、たいていのルートにはこの場面がある。


 そして、私はヒロインではなく、よりにもよって悪役令嬢。しかも、断罪中。ここからの起死回生はほぼ不可能。と、いうか下手したら断首。よくて国外追放。


 最推しではないけど、好きなゲームのキャラからの断罪イベント。さすがに嬉しくない。


 全身から冷や汗が噴き出してきた。固まった私を元婚約者で第三王子のギュレッドが糾弾する。


「公爵令嬢としてあるまじき、シンシアへの嫌がらせの数々! 証拠はあがっているぞ!」


 ここで感情にまかせて反論したら、私にとってのバッドエンドまっしぐら。それだけは避けないと。


 あと、情報を整理する時間がほしい。


 私は顔を青くして意識を失うことにした。これで悪役令嬢がゲームから退場するルートもあったから。

 ……そこから強制的にゲームに戻されるルートもあったけど。


 とにかく私はギュレッドの言葉もそこそこに気絶した。



 計画通り休憩室に運ばれる。ベッドに寝かされた私は、今がどのルートが特定するべく、悪役令嬢のシャロンがしてきたことを思い出した。


 周囲の人々、特にヒロインに対して、どのような態度をとってきたか。うん、予想はしていたけど見事な悪役ルート。清々しいまでに悪役をやってくれている。


 唯一した良いことは、隣国の王子が後継者争いで命を狙われているって公爵家で預かった時。

 王子についてきた使用人たちが、王子に陰湿なイジメをしていたから、全員解雇したぐらい。あと、王子に中途半端に優しくするな。それなら、悪になれって説教した。


 あれ? これって良いこと? まあ、王子は無事に国に帰ったし、問題はなかったはず。


「あとは……ヒロインがしていた古い紋章のネックレスを校則違反だからって取り上げて……あれ? あの紋章って滅亡した王家の」


 そこで、私は絶望した。


「嘘でしょ……これ、極悪バッドエンドルートじゃない……」


 ヒロインが実はこの国に滅ぼされた王家の末裔で、復讐のために王子を殺して、そのうえ隣国と戦争を起こしてこの国を滅ぼすという…………傾国の美女エンド!


 そこまでのルートがシビアすぎて裏ルートとか呼ばれていたのに。よりにもよって、そのルート!


 いや、でもこのままゲームから退場して国外に逃げられれば、まだ……


 必死に考えていると、侍女が恐る恐る声をかけてきた。


「シャロンお嬢様、目が覚めたらホールにくるようにと、ギュレッド王子様より伝言が……」


 私は深くため息を吐いた。


「そう簡単には退場させてくれないのね……さすが極悪ルート」

「シャロンお嬢様?」


 怪訝な顔……というより心配そうに私を見る侍女。


 仕方ない。うまくいくかは五分五分……どころか、可能性はもっと低いけど、やれるところまでやろう。


 上半身を起こした私は、控えている侍女に命令した。


「油紙でできた小さい袋を数枚。あと、その袋が入る布袋を一つ。それに、紐と……ブルゴーニル産の中でも色が濃い赤ワインを一瓶。急いで持ってきて」

「は、はい!」


 私の逼迫した雰囲気を察したのか、侍女はなにも聞かずに部屋から出ていった。


「なんとか間に合うといいんだけど」


 決戦は月が頭上にきた時。私はのぼり始めた月を見つめた。



「袖が広がっているデザインのドレスで良かった」


 私は左腕のドレスの袖に細工をしてホールに戻った。少しよろめきながら、顔は扇子で半分隠し、体調が悪いフリをする。


 すぐに視線が集まり、人々がざわめく。そこにヒロインを連れたギュレッドが歩いてきた。


「やっと戻ったか。逃げようとしても、そうはいかないぞ。おまえの悪事を白日の下に晒し、追放する」


 ここぞとばかりに意気揚々としていますが、あなた隣のヒロインにこれから殺されますよ。

 と、言いたいけど、グッとこらえる。


「最初におまえがシンシアにしたことは……」


 私がヒロインにした悪事をギュレッドがつらつらと述べていく。えっと……何個か身に覚えのないものがあるのだけど、今は流そう。


 これでもか、とベラベラ話していたギュレッドが言葉を切った。どうも喉が乾いたらしい。これだけ独演会状態のことをしていたら、喉も乾くわよね。


 そのことに気がついたヒロインが飲み物を持ってきた。天窓から月が顔をだす。


「どうぞ、ギュレッド様」

「さすが、シンシア。気がきくな」


 ギュレッドがヒロインから飲み物を受け取った。細長いグラスに入ったシャンパン。気泡とともに白いナニかが揺らめく。


 私は扇子を閉じて素早くギュレッドからグラスを奪った。


「なにをする!?」

「あら、私も説教を聞いてばかりで喉が乾きましたの」

「なんだと!?」


 怒るギュレッドを尻目に私は微笑んだ。そして、グラスに口をつけようとした瞬間――――――――



「ダメ!」



 ヒロインから聞いたことがないほどの大声がでた。しかも、そのまま飛びかかってくる。


 私は急いでシャンパンを口に含んだ。そして、ハンカチを口に当てながら、飛びかかってきたヒロインを軽くかわす。


「あら、あら。いきなり襲ってくるなんて、野蛮な……ゴホッ! ゲホッ!」


 私は飲みかけのシャンパンを近くのテーブルに置いて激しく咳をした。

 体を折り曲げ、お腹を押さえて苦顔する。そして、ひときわ大きな咳と同時に血を吐いた。


「キャー!」

「ワー!」

「医者! 誰か医者を呼べ!」


 そのまま膝から崩れ落ちる私。でも、このまま倒れるわけにはいかない。

 私はこちらを見ているヒロインを指さした。


「ど、毒を、いれた……わね」


 私の一言で周囲がますます騒がしくなる。


「毒だと!?」

「そいつを捕まえろ!」


 ギュレッドがヒロインを抱きしめて叫ぶ。


「シンシアはなにもしていない!」


 護衛がすぐに駆けつけ、ギュレッドとヒロインを引き離す。


 本来なら、この毒を飲んで死ぬのはギュレッド。それから、この混乱の中でヒロインは毒入りシャンパンを処分して姿を消し、密通していた隣国へ。

 そのことを知った王は隣国と戦争をするが、ギュレッドが生前にヒロインへ軍事情報を流していたから、戦況は不利。そこから負け戦が続いて、ついには滅亡。


 そんなルートになったら私の身だって危ない。なんとしても避けないと。


「殿下! 一度安全な場所へ!」

「やめろ! シンシアと私を離すな!」


 混乱の中、私は証拠の毒入りシャンパンを守るため、テーブルにすがりついた。このシャンパンを誰かに処分されたら、ヒロインがギュレッドを殺そうとした証拠が消える。


「これだけは、守らない……と」


 たった一口、口に含んだだけなのに。しかも、ちゃんと吐き出してワインで口をゆすいだのに。

 口の中が痺れて、めまいがする。手足に力が入らない。


「なんて、強力な毒……なのよ」


 朦朧とする意識の中、誰かの手が見えた。


「大丈夫。これは重要な証拠品。悪いようにはしません」

「だ、れ?」

「私は昔あなたに……」


 遠くなっていく声とともに、私は床に倒れた。



 次に目が覚めた時、私は休憩室にいた。


「気が付きましたか?」


 聞き慣れない若い男性の声。


「どなた?」


 かすむ目をこする。ハッキリしてきた視界に映ったのは、美貌のイケメン。絹糸のように艷やかな白金の髪に、宝石のように輝く琥珀の瞳。まっすぐな鼻筋に、淡い花びらのような唇。

 ゲームの中でも最高ランクのイケメンキャラにして、真の裏ルートの隠れキャラ!


 そして、私の最推し!!


 このキャラに会うために、何度もゲームをプレイしたと言っても過言ではない!!!


 夢のような展開に私は変な声がでていた。


「ふぇっ!? ふぁっ!? ふぁ、は、あ、あなたは確か隣国の王太子の……」

「はい。ハンデルス・タルブレンダです。そして幼い頃、あなたに助けられたハルです」


 にっこりと微笑むイケメン。そこに幼い少年の顔が重なり……


「あ、あなた、ハルなの!? あの、後継者争いで公爵家に逃げてきたのに、使用人にイジメられていた、あの気弱な!?」


 そこに気づいていなかったなんて、最推しファン失格! なんたる失態!


 苦悩する私にハルが苦笑いをした。


「その通りですが、正面から言われると恥ずかしいですね」

「あ、その、ごめんなさい」


 私はシーツに顔をうずめた。いや、もう顔を見て話せないです。


「本当のことですから、気にしないでください。それより、体は大丈夫ですか? 医者は毒はほとんど残ってないと言っていましたが」

「あ……たぶん、大丈夫、です」


 最推しが目の前にいるから心臓がバクバクで、これが毒のせいなのか、緊張からなのか、分からない。

 でも、口の痺れとめまいはないから、たぶん大丈夫。


「よかった。あのシャンパンを調べたところ、猛毒で有名なキノコの成分が検出されました。普通なら一口飲めば即死だそうです」


 なんて毒を飲まそうとしていたんだ、あのヒロインは!


 素で顔が青くなった私の頭をハルがなでる。


「本当によかった。あなたが死ななくて」


 いや、死ぬ! いま、死ぬ! すぐ、死ねる! 最推しに頭なでられるなんて、即死イベント!


 私は意識をとどめるため、事務的に説明を始めた。


「いえ、あの、実はあのシャンパンは口に含んだだけで、あの後すぐにハンカチに吐いたんです」

「え? ですが、あんなに咳き込んで、血も吐いていたのに?」

「あれは演技です。血はブルゴーニル産のワインを重ねた油紙の袋の中に入れ、それを布袋に入れて、左腕の袖に縫い付けて隠していました。あとは咳き込みながら袖を口元へ持っていき、破裂させて血を吐いたように見せかけたのです」


 ハルが感心したように頷く。


「ブルゴーニル産のワインは血のように赤く濃いことで有名ですからね。あの混乱した中でなら、血にも見えます」

「ついでに口の中をワインでゆすいだのですが、それでも毒の成分が残っていたようで、倒れてしまいました」

「それにしても、素晴らしい行動力です。さすが私の師匠」

「し、師匠!?」


 思いもしないセリフに私は目が丸くなった。そもそも、こんなイベントはヒロインの真の裏ルートでもなかった。


 ヒロインの場合は、幼い頃の気弱なハルを励ましたら、成長したハルが迎えに来て……

 あれ? これ、もしかして?


「気弱だった私に『中途半端な優しさや情けはかけるな。生き残りたければ、真の悪の道を貫け』と。私はその言葉を心に、ここまで生きてきました」 

「えっと……あの、王位争いは、どうなりました?」

「あぁ。あなたの言葉のおかげで、私を邪魔する者はいなくなりました」


 それは、とてもとても良い笑顔で。いつも画面越しに見ても眩しさで目がくらんでいたのに、直接見たら、もう……


「我が一生に悔い無し」


 私の魂は無事、昇天しました。



「どうして、こうなったのかしら……」


 私は紅茶を飲みながら前にいる人を覗き見した。


 風に遊ばれ揺れる白金の髪。透き通った琥珀の瞳。いつまでも見ていられる美貌の顔。キメの細かい肌。スラリと伸びた背に、長い手足。

 しかも、優雅に紅茶を飲む最推し。動作の一つ一つがイベントで鼻血ものです。ごちそうさまです。


 しかも、今や私の婚約者……


「はぅわぁ……」


 思い出しただけで奇声が出てしまう。


 あれからヒロインの陰謀が暴露され、隣国との戦争一歩手前まで発展。なんとか交渉を重ね、お互いの公爵家から王家に娘を差し出す、というところで決着がついた。

 つまり、お互いの国から王家に人質をだすという政略結婚。


 その人質として白羽の矢が立ったのは、ちょうど婚約破棄された私。あれよ、あれよ、と話は進み、今は結婚式までの婚約期間。


 しかも、ハルは文化交流という名目でこの国に滞在。足繁あししげく私のところへ通ってきている。


「どうしました?」

「幸せすぎて変な声が……いえ! なんでもありません!」


 おほほほ、と慌てて微笑む。私は醜態を隠すために話題を変えた。


「ハルがあのパーティーに参加していたなんて、気づきませんでしたわ」


 なんの変哲もない普通のパーティー。それに、わざわざ隣国で王位継承権第一位のハルが参加した理由が分からない。


 ハルがその美貌に最高級の笑みをのせて説明してくれた。


「私の存在が邪魔な連中が戦争を起こして、その責任を私に押しつけようとしている、という情報が入りまして。そんな面倒なことになる前に片付けようおもむいたのです」

「そ、そうですの……」


 ハルの速やかな証拠保存と分析によりヒロインはギュレッドの暗殺を計画した主犯として捕まり、処刑へ。でも、実際は処刑される前に自害したらしい。

 そして、それを聞いたギュレッドも後を追って自害したとか。でも、これは表向き。裏では何があったのか……隣国との戦争一歩手前の状態にした罪は重い。


 そもそもゲームでも、この極悪バッドエンドルートだとギュレッドは毒を飲んで死亡。ヒロインは、この国が滅亡したところを見届けて自害。だから、ルート通りといえば、ルート通り。

 あまり後味は良くないけど。


 私は誤魔化すように紅茶を飲んだ。ミントの香りが落ち着く。

 すると、ハルが空いている私の手に触れた。


「まあ、そんなのはついでで、本命はあなたを迎えに行くことでしたけど」

「ふぇ!?」

「この国の第三王子があなたと婚約したと聞いてから、居ても立っても居られず。急いで国内の王位争いを片付けたのです」

「えっ? えぇっ!?」


 琥珀の瞳がにっこりと微笑む。


「でも、どうしても時間がかかるので、王子から婚約破棄をさせるように仕向けました。他国のことでしたので少々、骨が折れましたけど」

「え?」

「それに、あなただけですよ。私の想像を超えた動きをするのは。ですが」


 ハルのキレイな指が私の頬をなでた。


「あまり無理をしないでください。今回は本当に肝が冷えました。まあ、これからはずっと側で、私があなたを守りますけど」


 どんな砂糖菓子より甘い言葉。危険な薬のように中毒になってしまいそう。


 惚けている私の手の甲にハルがそっと唇を落とす。


「覚悟してくださいね、愛しい人」


 ここで私は最推しが腹黒で一途なヤンデレであることを思い出した。



 最推しが満足してくれるなら、それも良し!



 私は転生人生を最推しに捧ぐことに決めました。

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悪役令嬢に転生したので、婚約破棄と同時に裏ルートでハッピーエンドにならせていただきます @zen00

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