エピローグ
***
「ルージュ。君は【人】でありたかったのに、【人】じゃなくなっちゃったね。【人】だった君を食べてしまった。そして僕の伴侶になってしまったのだから。言い逃げは許さない」
カミ様は歌うように語った。私は死ななかったし、私の瞳の色も食べてもらえなかった。カミ様はいつになく上機嫌で「君はこれから先もずっと、僕の話し相手をしてもらわないと困る」と、死を奪われ、私の復讐もカミ様が取り上げてしまった。
今私は、カミ様に抱きかかえられながら、アトランティ王国の上空を浮遊している。赤々と燃え広がる炎と黒煙は、王都周辺だと言うのが分かった。
常闇から生まれたような獣たちが王都を駆け回り、武器を手に持った【人】たちが徒党を組んで戦う姿が見える。
おそらく【人】が魔物になると考えず、彼らは魔物が【人】のフリをしていたのだと解釈するのだろう。それが事実と異なると知ったとしても、盲目に都合の良いことを信じるのだ。
カミ様曰く元からアトランティ王国のような【人モドキ】が沸くと、最終的に国中が魔物だらけになるという。国境塔の結界を解除すると他国にまで魔物が押し寄せてしまうので遅かれ早かれ、この手の国は数百年単位で内側から瓦解するようにしているとか。思えば他国に比べて我が国の歴史が浅い理由がなんとなく察した。
武装国家場ミューズは法を徹底し、聖法王国シシロアは信仰を上手く利用しているので、危うい時はあるものの二千年以上続いていると聞く。
「ここは国の構成も甘かったのだろう。次の王家のために眷属という見張りを用意しておこうかな。人の影と共に生きる獣──
「カミ様……」
「愛しい伴侶の故郷だけれど、滅ぼすつもりだったのだから構わないだろう」
信じられないことに、カミ様は私に一目惚れをしたと言う。【人】でなくなった私を。けれどカミ様が「ラヴァンド、そう呼んでくれないかい?」と神名を明かしてからは、この方の伴侶になったのだと実感する。
ラヴァンド様はどこまでも優しくて、私をドロドロに甘やかす。復讐者にもなれなかった私は生け贄でも、供物でもなく
睡眠も、空腹も、食欲も、感情の起伏も少し薄れた気がする。気がするだけかもしれないが。この先、【人】がどのような国を再構築するのか。少しだけ興味が湧いた。
その日アトランティ王国は滅び、獣となった王家の代わりに新たな国が誕生する。柘榴色の瞳を持つ
*ラヴァンド視点*
【人】の魂が真っ黒になったら魔物になる。だが魔人にはならない。魔人は魔物を管理するために創造主の残り香で作り出されたようなもの。
魔物を従えることができるのも魔人の特徴である。それが【人】に願われ、乞われ、崇め祀られる存在となったのが僕。神──創造主たちは気体となり、概念としてしか存在していない。故にこの世界の管理をしているのが魔人となる。
僕が神役を担い、同胞は影ながら【人】の世を渡り歩き、伝承や絵本を残して秩序を保とうと動くことで、この世界はできている。
【国境塔】を築いたのは【人】が分かりやすい
もっとも目に見えて分かるようにすると、【人】の受け入れも早かった。僕たちの食事は、【人】の心の声だ。僕への憧れ、恐れ、敬う、崇め奉る気持ちが届く。その質は様々だ。
けれどその中でとびきり甘くて、濃厚な声が聞こえてきた。僕の日常を変えたのは君なんだよ、ルージュ。
ただ純粋の僕を好いて、憧れ、僕を優しい神様だと嬉しそうに絵本に語りかける。君の声はいつだって僕の心を揺さぶった。憎悪や殺意を隠そうと自分を押し殺している感情も、僕を好いている想いも、僕を利用しようとする思いも、どれも愛おしい。
両親の処刑を止めることもできたのに、僕は何もしなかった。君が僕の元にたどり着く可能性を上げるため、枢機卿や同行した騎士たちに眷族を紛れ込ませておいたのも、魔導書や書物を送ったのも僕だ。もし君が気づいたら──今度こそ僕を殺すのだろうか。それはそれで彼女の心を僕でいっぱいにできるのなら、悪くない。
僕は【国境塔の神】だけれど、【人】ではない【人でなし】だ。
君の色は食べないけれど、君自身毒ごと食べて、僕は今かつてないほど幸せだよ。君はどうなのだろう。ねえ、ルージュ。
君は僕のこと、まだ好きでいてくれるかな?
石榴の瞳と紫水晶の瞳が出会うとき あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定 @honran05
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