第22話 一歩進むための芋焼酎ソーダ割り③

 重い木の扉をスライドして中へ入ると、涼しい暖色の空間だった。

 レジで待機していた店員さんに2人だと伝えて奥へ。たまたま空いていたカウンターへと案内される。


「どうぞ」


 彼女から手で奥、つまり上座へと案内される。こんな時まで社会人しなくていいのに。ましてや今は「デートみたい」らしいしな。

 待てよ?こいつの中で俺の方が上ってことか?それはそれで苦しゅうないな。


「いやいや、奥いけよ」


 恥ずかしくて少し口調がぶっきらぼうになってしまう。

 三栖はこくん、と頷くとそのまま奥へ。並び順は会社と同じ、装いは違う、このちぐはぐ感で既に酔ってしまいそうだ。


 ふぅ、と一息ついて冷房の風に身を任せる。

 最初に頼んだのはもちろんビール、どんな飲み会もこれから始まるのだ。


「ちょっと、そわそわするのやめなさいな」


 仕方ないなぁと眉尻の下がった三栖が口を開く。


「こう、2人で飲む時に最初のビールが来るまで何したらいいかわからなくてだな……」


「ばかね、いつも通りしてればいいのよ」


 運ばれてきたビールは2つ。外での俺たち同様汗をかいたジョッキに思わず喉が鳴る。


「そんじゃとりあえず」


「えぇ!」


 控えめにカチン、と音を立ててジョッキを重ねる。


「「乾杯!」」


 まずは1口、キンキンに冷えた黄金色の液体が喉を通って、日頃の鬱憤やら溜まった疲労を押し流していく。

 片手では持つのが難しいのか、両手でジョッキを抱えた三栖が隣で同じようにごくごくと喉を鳴らしている。


「いい飲みっぷりで」


「やっぱり1杯目はこれよね〜」


 ぷはぁと息を吐いて晴れ晴れとした顔の彼女。さっきの外での清楚な雰囲気はどこに行ったんだよ。大学生の飲み会でももう少し落ち着いてるぞ。


「ツマミ頼むぞツマミ」


「私お刺身がいい〜種類は任せる」


 それだけ言い残して、彼女は再び黄金の海へと航海に出た。


「待て、お前思考放棄したな?」


 俺の小言はどこ吹く風、彼女は明後日の方向を向いている。仕方なくボタンを押して、俺はメニュー表を広げた。

 だめだ、考えるより食べたい欲が勝ってどれも美味しそうに思えてしまう。いや、悪いことではないんだが。


 刺し盛り、どて煮、だし巻き、後は……枝豆に冷やしきゅうり。一旦こんなものだろう。

 横からビールのおかわりの声。こいつ最初から飛ばし過ぎだろ。


「センスあるじゃない」


「うるせぇ、自分で頼めよ」


 甘えてる、というのとはまた違うんだろう。素の自分を出してくれることに、ありがたさと気恥しさ、それと……この先はアルコールが回ってからだな。


 皿に入った枝豆を口の中で弾けさせてはビールを口にする。


「なぁ、それで最近なんでちょっと、その、」


 なんと形容すればいいのか分からず口ごもる。


「態度が軟化したのか?」

 

 本人はすらすら言えるらしい。やはりわざとだったみたいだ。

 ふっと短く息を吐くと、三栖は居住まいを正した。


「私思うのよ、本番は練習がないとうまくできないって」


 言っていることはわかるが、突然何の話だ。彼女は指をくるくると回しながらなおも言葉を紡いでいく。


「だから練習することにしたの、いつかの本番が大成功で終わるように」


「……何の話かはわからんが、その本番ってのはいつなんだよ」


「……今と言ってもいいし、私の覚悟ができてからと言ってもいいかしら。あんまり深く聞かないで」


 だめだ、自分の頭が良くないことは自覚しているが、これ頭いい人もわからんだろ。

 まぁでも、自分に対する態度が柔らかくなることに関しては得しかないからなぁ……何も言わずに見守っとこう。


「ま、難しいことはわからんけど応援してるわ」


 そう言って店員さんの呼び出しボタンを押す。空になったビールはすぐに補充しなければ。


「おい蹴るな!せっかく態度が柔らかくなったって喜んでんだからこっちは」


 ガスガスとむき出しの脛を抉られている。先の尖ったヒールは反則だろうが。


「察しが悪いおばかさんには蹴りのひとつもお見舞いしなきゃ」


 ちょうど店員さんが注文を取りに来てくれる。俺が告げたのはもちろんおかわりそのまま生ビール。対して彼女は、


「芋焼酎のソーダ割りで」


 店員さんが見えなくなった頃、彼女は身をこちらに寄せて、小さな声で呟いた。


「何事もそうだけど、変化がないと楽しめないでしょう?」

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