第21話 一歩進むための芋焼酎ソーダ割り②

 まさか彼女から休日外に誘われるとは思ってなかった。

 電車に映る自分の姿を見て、ため息を吐く。大丈夫か……?普段の性格はちょっとアレだが、見た目だけは社内随一かわいいのだ、あいつは。


 吐き出される人の波に流されて改札までたどり着くと、時計をちらり。18時前、なんとか集合時間には間に合ったみたいだ。


「四条君」


 あの甘い匂いに乗ってかわいらしい声が鼓膜を揺らす。

 振り返るといつもより少しだけ目線の高い三栖がこちらへと近付いてきた。


「すまん、遅くなったか」


「いいえ、あなたには珍しく時間通りよ」


 一言余計だろうが。

 会社の外で見るのは初めてじゃないはずなのに、どこか違和感を覚える。まぁ理由はわかっているんだが。


 真っ白なワンピースから除く眩しいほどの脚、透け感のあるカーディガンを羽織る彼女はいつもより大人っぽく見えて。

 誘うような真っ赤な唇に目が吸い寄せられる。

 夏の魔法どころの話じゃないだろこれは。


 まるで、


「デートみたい?」


 思考が口に伝わるより早く、目の前から飛んできた声が耳を通じて脳を駆け巡る。

 ぽかん、としてると三栖は微笑んだ。


「こういう服、着たいけど機会があんまりないのよね」


 あんまり・・・・ってなんだあんまりって。全くゼロじゃないのかよ。

 顔に熱が昇る、きっとこれはまだまだ暑い気温のせいじゃなくて。


「だから今日はちょっと嬉しいかも」


 酔った時にも見たことがない純粋な笑顔を向けられる。こういう顔を普段からすればいいのにという気持ちと、こんな顔を他の誰にも見られたくないという独占欲が、心の中で喧嘩している。

 いっそ独占欲にだけ身を任せてしまえれば楽になるんだろうが、そうは簡単にいかないのが悩ましいところだ。


 それよりも、ここ最近の三栖の態度には疑問を抱かざるを得ない。


「なぁ、最近どうしたんだよ」


 自分でも言葉足らずなのは分かっているが、聡い彼女のことだ、きっと意を汲んでくれるはず。


 少しの沈黙と、思案顔の三栖。


「あとでね、気が向いたら教えてあげる」


 案の定彼女は正しく俺の言葉の意味を読み取ってくれる。返事はくれないみたいだけれども。



 いつもならそのままくるりと振り返り一人で歩いていくところ、今日は隣をご所望らしい。

 拳1つ分、それが俺たちの今の距離だ。


「ねぇ」


 普段より近くで聞こえる声。


「どうした」


「今日のあなたの服、似合ってるわよ」


 ここで俺は間違いに気付く。あぁ、先に言わないといけなかったのだ。

 悔しいがすっかり見とれてしまって、口にはしてなかったか。


「ありがとう。三栖、お前も似合ってるよ」


 満足そうに頷くと彼女は手を口元に当てる。


「えへへ」


 嫌味のひとつでも飛んでくるかと身構えていたが、返ってきたのは極上の笑顔。

 「ツンデレなんて生きづらい」なんていつか言ったが、その温度差にやられている俺が言えたことじゃなかったな。


 陽が傾いて藍色に様相を変えた空を見ながら歩く。

 どこか歩みの速度はゆっくりで、俺と彼女以外の景色が遠く感じる。


「今日の気分は?」


 三栖の方を見ずに問う。


「和か洋で言ったら和食がいいかも」


 多分どの店に入るかはそこまで重要ではなくて。

 どんなものを口にするかより、誰と一緒にいるかが大切なんだろう。


「んじゃ、適当にその辺ぶらついて空いてそうな店入るか」


「おっけー!」


 スマホを取りだして店を探す素振りがないところを見ると、一緒に歩くのも悪くないと思ってもらえているらしい。

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