第20話 一歩進むための芋焼酎ソーダ割り①
「その席、昨日九重さんが座ってたぞ」
朝出勤してきた三栖に声を掛ける。まだ頭が起きていないのか、目もとろんとしている。
「え、うそ……!?」
じっと自分の机を見つめる三栖。綺麗な形のおとがいに手を当てると、こちらをくるんと振り返った。
「確かに昨日帰った時とペンの位置が違う……」
そこまで覚えてるのかよ。逆に怖いわ、俺の机見てみな?ペンなんて無造作に転がってるぞ。
「あ、あとお土産入れといたわ」
「お土産?」
「まぁそれは机の中を見てからのお楽しみってことで」
三栖はPCの電源を入れつつ机を開ける。
「あ!これ私がいつも食べてるやつ!」
顔をほころばせる彼女は、2人でいる時のようなあどけなさがあって。そこに惹かれてしまう自分を止められない、というか別に止めなくてもいいんだろうけど。
「でも仕事で変に優しくはしないから」
「別にお供え物じゃねぇよ、でも優しくはしてくれ」
こいつは俺のことをなんだと思ってるんだ。
そのままぬるりと始まる仕事。あーやだやだ、今日もさっさと帰りてぇな。
昨日の残業で片付けたレビューをチャットで三栖に投げつける。
「四条君、昨日何時まで残ってたの」
「ん?確か21時半とかだったかな」
「そう……」
顔をこちらに向けずに話し始める三栖。なんだ、なにか言いづらそうだな。
「その、さ、」
かと思えば椅子をくるりと回転させて彼女はこちらを向く。遠心力に引っ張られた髪が、風にそよぐカーテンのように流れる。
あ、綺麗だ、なんて感想は三栖と目が合った瞬間に吹き飛んだ。吸い込まれそうなほど深い黒。
「その後は?」
気が付けば彼女は予想外に近くまで来ていて、甘い香りが鼻を刺激する。
呼吸が浅くなり、心臓が大きく脈動する。
「さっさと帰ったぞ」
端的に答える。
実際、早く帰ったのだ。
「ならいいんだけど」
そう言うと三栖は自分の机へと戻って行った。
あの一瞬のピリついた空気は苦手だ。どうにも心の中を見透かされているようで。
「別に何も無いからな」
「ん」
これで話は終わりと言わんばかりに、彼女はキーボードを叩き始める。
少し上がった口角は気のせいじゃなかったはずだ。
お昼も過ぎて時刻は14時と30分。そろそろ眠くなってくる時間だ。
「四条君、自販機いきましょう」
書類を他の社員に渡して席に帰ってきた三栖が俺の肩を叩く。めずらしい、彼女から触れてくることなんて滅多にないのに……蹴る時以外。
「よし、行くか〜」
ぐぐっと伸びをひとつ、俺も椅子から立ち上がる。彼女を見下ろす形になって改めて思う、ちんまいなぁと。
「なに?」
訝しげな表情の三栖から目を逸らす。
「いや、なんでもない」
事務室から外に出て深呼吸をする。屋内とはいえ、廊下の空気は事務室の数倍美味しい。
少し動くだけで首や背中がごりごり鳴る。
「それやばいわよ、四条君」
「PC作業の時姿勢悪いからなぁ……」
「寝る前にストレッチとかしないと」
そう言って彼女も伸びをする。音一つならないのは先程まで歩いていたからか、普段から姿勢がいいからか。
「ね?」というように得意げに微笑むと、三栖はいつものように前を歩き始めた。
「それで今週のだけれど」
あぁこの話をするために外に来たのか。別に事務室ですればいいのに。
「今週全部空いてるぞ」
自分の真っ白なスケジュール帳を思い浮かべて残念な気持ちになる。別に友人がいない訳ではないんだが。
「ん〜そしたらさ」
お金を入れて、冷たい缶コーヒーのボタンを押しながら彼女が口を開く。
そのまま自販機から吐き出されたコーヒーを俺の手に握らせると、三栖は笑った。
「たまには休日に飲みに行かない?」
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