第19話 先輩とデザートは甘いほうがいい③
オフィスに戻ると、九重さんがPCを持って法務課へ現れた。
「変わってないわね〜!」
「そりゃそうですよ、九重さんいなくなってまだ少ししか経ってないんで」
ガサガサとの中身を机にぶちまけて、席に着く。
彼女は当たりを見回すと、迷いなく三栖の席に座った。
「ここでしょ?」
なにが、とは言わない。仕事の時は主語から述語までしっかり、指示も的確なのにこういう時……というか人を揶揄う時はこうなるんだから。
「なにが、とは聞きませんけど。合ってますよ」
「綺麗にしてるわね〜なぎさちゃん!それに比べて」
じとっと俺の机を視線がさらう。なんだってんだ。個人情報は全部机の中に入れてるから文句を言われる筋合いはないはずだが。
「はぁ〜〜」
「ノーコメントため息やめてもらっていいですか……傷付くので」
「四条君、あなた一生なぎさちゃんに尻に敷かれるわよ」
「え、俺一生あいつと付き合いあるんですか?」
まぁやぶさかではないけど、ないけれども。10年後は容易に想像できるが、それ以上はなかなか難しい。これが若さ故と言われればそれまでだが。
「さぁね〜それはなぎさちゃん次第かしら」
こちらを見ずにかぱっとケーキの蓋を開ける九重さん。プラスチックのフォークですら、美人が持つと絵になる。
「うーん美味しい!やっぱコンビニスイーツは侮れないわ」
先の細い部分から徐々に大きくなるチーズケーキに、九重さんの頬は緩みっぱなしだ。
じとっと俺の机を見る表情にご飯を食べる時の幸せそうな顔、三栖に似てる……いや、逆か。三栖が九重さんに似てるのか。
まるで姉妹だな、なんてどうしようもないことを考えながら、俺もプリンを口へ運ぶ。
「プリンもいいわね」
「あげませんよ」
「とらないわよ!そんな食いしん坊見えるかしら」
「いや、これはいつもの癖で……あっ」
にんまりと口角が上がる九重さん。
やらかした、こうやって種を蒔いてしまうと、あとで手痛いいじりを受けるのだ。
「さてさて四条君!」
そう、こんな風に。
「なぎさちゃんがいないから聞くけど、あの子とご飯行ってるでしょ。そうだなぁ……週に1回くらい」
心を落ち着かせるためにPCのスリープを解除する。モニターに映ったのはレビュー途中の事業計画書。
赤字が既に入っているのは三栖のチェックだろう。
「それはどうですかね」
「強情だなぁ君たちは本当に」
九重さんもノートPCを開くと、ぱちぱちとキーボードを打っている。
そこからは沈黙がオフィスを支配する。聞こえるのは打鍵音と空調のそよぐ風の音だけだ。
真剣な顔で画面を見つめる九重さんを横目で見る。凛とした顔に心が少しざわついた。
「九重さんは」
普段なら絶対聞かないことも、夜が深まってきたら聞けてしまう。まるで修学旅行の夜のように。
「九重さんは彼氏いるんですか」
呟いて数秒で後悔する。こんなところまで踏み込むべきじゃなかった。
また煽られるのがオチだ。
キーボードを打つ音が止まる。にやにやしながらこちらを向く九重さんが、そのまますーっと椅子を滑らせて近付いてくる。
ふわっと辛味のある香りが俺を襲う、コンビニにいた時より強い気がして。
「いないんだよね、これが」
「……そうなんすね、すみません」
これだけを口から何とか押し出すのが精一杯だった。
空調の音はどこか遠くに、今は呼吸の音がうるさく聞こえる。
「あーあ、どこかにいい人いないかな。ねぇ?」
まるで意識が九重さんに固定されるような錯覚に襲われる。
まずい、と思ったのも束の間、フラッシュバックするのは三栖の顔。「なにしてんのよ」とでも言いたげな、唇を尖らせた表情を思い浮かべて口から息が漏れる。
「すんません、自分友好関係狭いんでなんとも」
同じく椅子を滑らせて、俺は彼女から距離をとる。頭の中の三栖は、なぜか両手で丸を作っていた。
頭を振って幻想を消し飛ばすと再び九重さんに向き直る。彼女はいつもの表情に戻っていた。
「これはなぎさちゃんも苦労するわ、今度ちゃんと発破かけないと……」
訳の分からないことを呟く九重さん。まぁでも、多分。
「いや、大丈夫っすよ。俺も三栖のこと、嫌いじゃないですし」
夜のテンションってのは、つくづくやっかいだ。
◎◎◎
こんにちは、七転です。
最近は私の作品を読んでくださったみなさんの感想を読んではにこにこしてます。
だから書くの進まないんだよなぁ。
感想くださった方、ありがとうございます。返信はできないけれど全部拝読してます。
レビューも♡もたいっっへん力になります。
これからもどうぞよろしくお願いします。
p.s.この前投稿した短編が週間ランキング2位にいます、感謝!
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