第18話 先輩とデザートは甘いほうがいい②
「どこ行くんすか」
九重さんとエレベーターに乗り込む。静かに数字が小さくなっていく表示板。
彼女は悩む素振りも見せずに口を開く。
「近くのコンビニよ」
「えぇ〜」
そこでふと思い出す。昔新卒時代によく三栖と連れて行ってもらっていたなと。
九重さんの中で俺たちはあの頃と変わってないのだ。
「こら、文句言わないの」
やがて扉は開いて蒸し暑い空気が顔を殴打する。ビルから外へ出るとそこは夜の街、夏とはいえこの時間になるととっくに陽は落ちているみたいだ。
「暑くないですか?ジャケット」
九重さんは真夏だというのにきっちりとジャケットを着ている。対して俺は白シャツを腕まくりしている。
「部署異動してお客さんと会うこと多くなっちゃったからね〜」
顔に汗ひとつかかずに答える九重さん。どうなってんだ。
確かに法務課にいた時は彼女もラフな格好をしていた気がする。
電車のライトが俺たちを照らす。数年前は九重さんと別の部署になるなんて考えてもみなかったな。ずっとこの人に着いていけばなんとかなるって、俺も三栖も思っていた。
辞令が出た時の絶望感は、今もたまに思い出す。
「なーに1人で物思いに耽ってるのよ」
くしゃくしゃと髪を撫でられる。もう誰かに会う予定もないし髪型が崩れるのはいいが、恥ずかしさは止められない。
「もう子どもじゃないんでやめてください」
「かわいくないわね」
「かわいい時期なんてなかったですよ、社会人になってから」
「ふふっ」
信号が赤になって俺たちは立ち止まる。
「四条君って歩くの早いよね」
「そうですかね……?気にしたことないんですけど」
嘘だ。原因はわかっている。
あのちっこくて頑固でちょこまかと動き回るお姫様と外に出ることが多いからだ。何を急いでいるのか、三栖は歩くのが早い。
「そういえばなぎさちゃんも歩くの早いよね〜」
「そうなんすね、あんまり知らないんですよね」
油断も隙もない、鎌を掛けられている。一応三栖の名誉を守るため、普段から一緒にいると言質は取られないようにしよう。
こうやって言葉巧みに相手から情報を聞き出すのが上手いから、法務課から引き抜かれたんだろうな。うちの課ではそういうスキルを使うことが他に比べて少ないから。
「この九重先輩に隠し事ができると?」
「別に何も隠してないですって、ほら行きますよ」
青になった信号を指差しで足を踏み出す、気持ち少しゆっくりめに。
自動ドアがくぐると俺たちは光に包まれる。ビジネス街のこの時間のコンビニは、意外と混んでいる。仕事の帰り道に缶ビールを買う人、俺たち同様に残業中の休憩で訪れた人、晩ご飯を買いに来た人……なんにせよ、昼と遜色ないくらいには人がいる。
俺たちはデザートコーナーに直行、ラインナップを眺めている。
「先輩が奢るからなんでも買いなさい」
さてさて、プリンにヨーグルト、みたらし団子にケーキなんかもある。どれにしようか。
もちろん自分でも買えるが、やはり先輩の奢りというところに良さがあるのだ。
「私はこのチーズケーキにしようかな」
後ろから腕が伸びてきて目の前のケーキを攫っていく。鼻に流れてくるのはスパイシーな気配。
「九重さんの香水って」
ずっと包まれていたいような、しかし近寄りすぎると危ないような大人っぽい香りに目が眩む。
「いいでしょ。私好きなの、この香り」
イメージにぴったりな匂いに感心する、確か三栖はもっと甘くて……。って考えるのはやめだ。
「どうかした?」
「いえ、俺も好きです。この香り……あ、変な意味とかではなく」
慌てて訂正する。口にしてしまったら気持ち悪い人じゃねぇか。
「そ、うれしいわ」
顔を背けて九重さんはお菓子コーナーへと歩いていく。
あわてて目の前のプリンを掴んで彼女の後を追う。
ふと目に入ったのは三栖が好きなチョコレート。そういえばいつも仕事中にぱくぱく食べてたっけ。
まぁひとつくらい買っていってもバチは当たらんだろう。
片手にプリン、もう片手にチョコを持ってレジへ並ぶ。傍から見たら甘党の社畜だな、少し恥ずかしい。
いよいよ九重さんがお会計。ぼーっとしてると前から手が伸びてくる。
「これくらい出しますよ、自分で」
「奢るって言ったでしょ」
有無を言わせずスマホで決済、財布を出す暇もなかった。店員さんに袋に詰めてもらい受け取る。
ガサガサと音を鳴らしながら中を覗くと、同じチョコの袋が2つ。
改めて言うが、九重さんはいい先輩なのだ。
俺は何も見なかったことにして、自動ドアをくぐった。
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