第17話 先輩とデザートは甘いほうがいい①

「それで、俺はどうしてこんな時間に呼び出されてんすか」


 会議室に2人、この人数で使うには広すぎる部屋に声が反響する。

 目の前にいるのは九重さん。机に寄りかかってとんとんと指を鳴らしている。


「いやぁ残業してるかわいい後輩を見つけたから連れ出してみようかと」


 現在時刻は19時30分、絶対定時退勤マンこと俺には珍しく残業している。

 理由は単純で、大型案件に三栖のせいで引っ張られたからだ。普段の仕事をして、それよりボリュームのある案件を捌くなんて……愚痴のひとつでも言わせて欲しい。


 ちなみに三栖は先に帰りやがった。今日のノルマは終わらせたらしい。流石だな。


「いや、残業なんで仕事したいんですけど……」


「お、真面目なこと言うね〜いつのまにか四条君はこんなに成長して」


 袖で涙を拭うフリをする九重さん。三文芝居もいいところで。


「今演技下手とか思った?」


 うわこわ、ばれてら。

 この人、仕事できるし優しいけど、たまに人の心を見透かしたようなこと言うから背筋が冷えるんだよな。


「まっさか」


「そのまさかでしょ、まったく」


 とはいえ先輩に褒められること自体は嬉しいのだ。それが完璧超人と名高い九重さんならなおさら。

 ……まぁ身内、というか昔の部下補正は入っているだろうが。


「それで、初めの質問に戻るんですけど」


「あー、流石に君はなぎさちゃんみたいに誤魔化せないか」


「あいつのことなんだと思ってるんですか……」


 まぁ九重さんのこと大好きだもんな、三栖。まるで産まれて初めて見たものを親と認識する雛鳥のように、とことこと後を着いていくのだ。


「四条君、真面目に答えて欲しいんだけどさ」


 ガラリと九重さんの雰囲気が変わる。あぁこれ仕事の話だな。しかも他の人にはあまりに聞かれたくないような。


「今回の案件、なぎさちゃんは大丈夫そう?」


 やっぱりこの人はずっと俺たちの教育係なのだ。この前のスタートアップ飲み会でも思ったが、三栖は人見知りと正義感が邪魔して他人と普通のコミュニケーションを取るのが得意じゃない。……いや、柔らかく言いすぎたか。あいつはコミュ障だ。


「能力の話……じゃないですよね?」


「そんなこと四条君が1番よく知ってるでしょう」


 今まではよかった。俺たち法務部はそこまで個々の案件に入っていくことはない。そういう組織構造なのだ。

 営業が仕事を取ってきてくれて、企画が内容を詰めて、経理が資金繰りして、俺たちが審査する。事業の進展には直接関わらない、だからこそ規則や法令に則して審査ができるのだ。


 それが、事業立ち上げから関わるとどうなるか。

 形になったものを審査するのではなく、そもそも形を作る段階で予測しながら提言していかねばならない。


 三栖なら可能だろう、もちろん知識や仕事の早さ的には。問題はそこではないのだ。


「だから課長も四条君をなぎさちゃんと組ませたんだと思うよ」


 九条さんは苦笑いする。彼女もわかっているのだ、今回三栖は越えなければならない壁があることを、そして俺がその補助をしなければならないことを。


「優秀な後輩を持つっていうのも悩ましいわね」


「ほんとに……優秀な同期がいるとこっちが霞みますよ。別に目立ちたいわけじゃないんですけど」


「はぁあなたも重症ね……」


 再びコンコンと指でテーブルを叩き、九重さんはため息を吐いた。

 そのまま時計へちらっと視線を向ける。


「いい時間ね」


「そうっすね」


 どちらからともなく会議室を出る。さて、いい息抜きになったし頑張るか、と伸びをしたところで背中をぽんっと押される。


「じゃあ久しぶりに先輩が甘いもの奢ってあげよう」


「唐突っすね」


「なんか苦労してる四条君が見えたから」


 そんなことないですよ!と普段の俺ならば、そして九重さんじゃなかったら返していただろう。


「じゃあお願いします」


 ここは素直に奢られておこう。たまには甘えたっていいだろう。


 彼女は眉尻を下げると、満足そうに頷いた。

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