第16話 ボンゴレビアンコと先輩の襲来③
「あ、九重さんだ!」
分かりやすく顔が明るくなる三栖。それもそうか、俺以上に心を許してるもんな。
「久しぶり……でもないわね、この前ランチ行ったし」
さりげなく伸ばされた手から、自分たちの伝票を守る。ほんとに、油断も隙もない。
とまぁ仕事も気遣いもできるいい先輩なんだが、どこか人をからかう癖があり……。
「それで、まだ四条君は尻に敷かれてるの?なぎさちゃんの」
手を口に当てて彼女は笑う。細められた目が悪戯っぽく光った。
「そりゃあもう。毎日毎日」
「昔のままね、安心した」
美人の含み笑いって絵になるな、なんて仕方の無いことを考える。
「いやだめなんですよ安心したら。どうにかこの地獄から抜け出さないと……」
言うが早いか、後ろから蹴りが飛んでくる。反応速度が上がってる。
これがもしバトルものの漫画だったら俺は今頃店の奥に吹っ飛んでいただろう。
「暴力反対、話し合いで解決しようぜ。法務課だろ?」
そこは紳士な俺、誰も傷つかない方法を提案する。
「あなた言っても聞かないじゃない」
両手を上げて降参する。よく俺のことをわかってるようで。
九重さんの前では素なんだな、安心した。
「職場でもそんな感じなの?」
目を丸くして九重先輩が驚きを口にする。そりゃそうだよな、こんなに気さくに蹴りが飛んできていたら。
これが日常であってたまるかという気持ちと、これも三栖が自分を信頼してくれている証拠だと安心する気持ちが俺の中でせめぎ合っている。
「いや、これは2人でいる時だけです」
「結構な頻度で?」
「えぇ」
さっきから無言な三栖はなんなんだ。少し顔が赤いのは気のせいか、蹴りは止んだものの後ろから腕の辺りを摘まれている。おい、えぐる気か。
(なんださっきから)
(2人で会ってること言うのやめてよ)
(別にやましいことしてないんだからいいだろうが)
腕に込められた力が強くなる。こいつ、この小さい身体のどこにそんな力が……。やはりよく食べるからか?
内心で失礼なことを考えていると、九重さんがにんまりと口角を上げる。まずい。この人、他人を揶揄うことに関しては容赦ないからな。
「なぎさちゃん!」
「……はい」
三栖もそのことを分かっているのか、じりじりと後ろに下がっている。
それを咎めるかのように九重さんもにじりよる。何をやってるんだ、こんな昼休みの店で。
「2人で会ってるのね?」
「な、なんのはなしでしょうか」
「この期に及んで往生際が悪いわよ〜」
九重さんはいつの間にか俺たちの伝票をひらひらと靡かせて隣を抜けていく。
そして三栖の肩に手を置くと、耳元でささやいた。ぼそぼそと呟かれた言葉は小さくてすべては聞き取れなかったが、俺の名前が微かに聞こえた気がした。
やがて三栖の耳元から顔を離すと、九重さんは俺の方を振り向く。
奥で三栖は顔をほんのりと赤く染めている。やめろ、口を開かなければかわいいんだから。
「それじゃまたね〜今度の案件、あなたたちも入るって聞いたから楽しみにしてるわね!それと、」
相も変わらず人を煽ってやろうという光を瞳に宿して、俺に水を向けた。
「え、俺にですか」
「そう、四条君にも。私のかわいいなぎさちゃんをよろしくね!」
「……言われなくても」
「ならよし!」
ふわっとたなびいた髪から、三栖とは違った少し辛味のある香りが漂う。でも俺はどちらかと言えば三栖の……ってこの話はやめだ。
いつの間にか九重さんはレジへ、取り残された俺たちだけがぽつんと残る。
「嵐のような時間だったな」
「ほんとに……元気が吸い取られてる気がするわ」
出しかけた財布をポケットに戻して、俺たちはとぼとぼと会社ヘと向かった。
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