第15話 ボンゴレビアンコと先輩の襲来②
クルクルとフォークを回転させて細い麺を絡めとっていく。
煙と共に香るのはニンニクだ、これほどまでに食欲が掻き立てられる匂いがあるだろうか。
兎にも角にも一口目、旨みの爆弾が口で弾ける。すぐにピリッとした辛さ、ずっと啜っていたいような喉越しを経てパスタが身体に吸い込まれていく。
「うーわ、これうっま……」
思わずもう一口。
一度舌に刻まれた味が再び口の中を駆け回る。昼にこってり、これがいいんだよなぁ。
彼女はと言えば、ちょっと大きすぎるんじゃないかとツッコミたくなるほど、フォークの先にパスタを巻き付けていた。
どうやったらあの小さな口に入るんだよあのでっかい塊が。
俺の想像なんて杞憂も杞憂、あーんの大きな口へとこんもりと巻かれたパスタは吸い込まれていく。
「う〜ん!美味しい!」
ほんと、仕事以外……というかご飯食べてる時は天使みたいにかわいいのに、こと業務が絡むと一気に雰囲気がきつくなるの、どうにかならないかな。
大海原の波のようにうねったパスタを食べ進めること数分、目の前から視線を感じる。
もちろん視線の主は我らが女王様、もとい三栖である。
「交渉しましょう」
「果たして俺が乗るかな」
机の下で足を蹴られる。やめてくれ、先が尖ってるんだって。
ここが法廷なら俺に軍配が上がるだろう。いや、判決が下るのはこいつになんだが。上がるとか下るとかややこしくなってきた。
「うーん、でもやっぱりお昼にニンニクは……」
ここに来てまともな思考をしてやがる。
「ほんとにいいのか……?ニンニクの香ばしい油をまとったパスタにこのピリッとした唐辛子……破壊力すごいぞ」
「やめてよ人が悩んでる時に美味しそうな話するの」
彼女がうんうんと頭を悩ませている間に、店員さんにお願いして取り皿を2つもらう。
自分のペペロンチーノを少し取り分けたところで、三栖は真っ直ぐな目をしてこちらを向いた。
「やっぱり少し分けてくれない?背に腹はかえられないわ」
仕事の時にも見たことの無いような真剣な顔に吹き出してしまう。
どうせ食欲には勝てないだろう、そう踏んだ俺の予想は正しかった。
「ほらよ、そう言うと思って取り分けといたから」
取り皿を彼女の前へ置き、流れでボンゴレビアンコも少し自分の取り皿へ移す。
「あっ!」
「交換だからな」
「……わかってるわよ」
それはわかってないやつの声色じゃねえか。
くるくるとフォークを回す。
ニンニクの大暴走を受けた口内へ、貝たちか放り込まれる。
うるっとしたあさりに、ぎとっとし過ぎないオリーブオイル。これは主役級。
あさりの出汁だろうか、しっちゃかめっちゃかになった俺の口内でも、その存在感は健在だ。
後追いでほんのり香る野菜の味わいも、あさりの存在感を引き立てており多層的な味を演出している。
目の前に座る三栖もカッと目を見開き、フォークにこんもりと巻きついたパスタを口へ運んでいる。
みるみるうちにペペロンチーノが姿を消していく、おい待てこれおかわりされるか……?
そんな俺の緊張はどこ吹く風、ペペロンチーノを食べ終わった彼女はお上品に口元を拭いている。
「はぁ……美味しかったわ……次来た時はペペロンチーノにしようかしら」
「お気に召してよかった」
「でも仕事の日はニンニクがネックね、やっぱり」
しずしずと座る彼女は、まさかフォークに山盛りパスタを巻き付けるわんぱくガールだとは誰も思わないだろう。
「そうしてりゃおしとやかに見えるのにな、三栖」
「うるさいわよ」
肘をテーブルについて、敢えて姿勢を崩す。フォークをらくるくると回しながら、彼女は面倒くさそうに言い放った。
「期待はずれ〜とかそんな人だとは思わなかった〜とか聞き飽きたのよ」
三栖にも色々あるのだろう。
確かに、何も知らない人から見れば可愛らしくて大人しい女の子だからな。本性はさておき。
「その点、あなたは楽でいいわ。別に取り繕わなくてもいいし」
「お前が取り繕ってるところ見たことないんだが」
「うるさい、そこ!」
馬鹿なことをしている間にお互いのお皿は空に。
「そろそろ出るか」
「そうね、お昼休憩は」
これは我らが愛すべき九重先輩の言葉だ。
「「「有限だし」」」
被った言葉に違和感を覚える。
あれ、1人多くないか?
ぎぎぎっと後ろを振り向くと、先程噂をしていた九重さんが。
「奇遇ね。2人揃ってるところなんて久しぶりにみるわ。あなたたちが仲良いままでよかった」
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