第14話 ボンゴレビアンコと先輩の襲来①
「お昼行きましょう」
だらだらとPCに向かって契約書を読んでいると、隣から声がかかる。
おかしい、いつもは周りに聞こえないように小声で言ってきたりチャットを駆使したりしてるのに。
先週の飲み会終わりにタクシーで家まで送ってから、特に変わったところもなくチクチクと仕事の指摘を受ける毎日だったが……。
とはいえ俺の答えは変わらないわけで。
「うい、今日は何にするんだ」
「前はラーメン行ったでしょう、うーん」
だめだ、予想できない。「麺はもう食べたし次は別のにしよう」なのか「ラーメンは食べたから次は蕎麦にしよう」なのか……せめてもうひとつくらいヒントがあれば。
「あ、そうだ!この前良さげなイタリアン見つけたんだけど」
麺の方だったか。ガッツリ系ってお腹でもないしちょうどいいな。
「いいな、混んでなかったらそこにしよう」
2人並んで昼のビジネス街を泳いでいく。この時間だけは街ゆく社畜たちの顔も幾分穏やかに見える。
1時間、会社によっては45分の休憩は俺たちにとって宝石よりも貴重、Time is moneyと同時に労働力を提供している社畜からするとMoney is timeでもあるのだ。
いつも通り彼女に着いていくこと数分、路地に入ると突然目の前に現れるレンガ造りの建物。
三栖はガラスで装飾された扉に手をかけると、遠慮など知らないかのように中へ入っていた。
前のラーメンでも思ったが、こいつ過去に来たことのある店を俺に紹介して回ってないか……?
まぁ美味しいものさえ食べられればなんでもいいんだが。
「2人で」
慣れた様子で人数を伝えると、案内された席へ。落ち着いたえんじ色のソファは彼女に譲り、俺は椅子を引いた。
「いつも座り心地いい方譲ってくれてるけど、どうして?」
「なんとなくだよなんとなく」
「ありがたいんだけど……たまにはこっち座る?」
ぽんぽんと隣を叩く三栖。
「え゛、並んで?」
「そんなわけないでしょう!私がそっち行くの」
そうこうしているうちに店員さんが水を持ってきてくれる。そうだ、昼休みは短いのだ。俺たちは慌ててメニュー表を手に取った。
注文は後でと店員さんに伝え、2人で額を突き合わせる。
「じゃあ俺はペペロンチーノにしようかな」
「あなた、ニンニク……」
「いいんだよ。被害を受けるのお前だけだし」
「良くないでしょうが!まったく……うーん、私はボンゴレビアンコにしようかしら」
彼女が指差す先にはあさりの乗ったパスタの写真。あー、あさり……心惹かれるものがある。
しかし俺の口はもう致死量のニンニクと唐辛子を迎える準備ができてしまったのだ。
「あげないからね」
彼女は俺の前に両手を差し出し、指でばってんを作った。いちいち仕草がかわいくて腹が立つ。
ふと以前のラーメン屋での食べっぷりを思い出す。あぁだめだ、あれだけ食べるんだから俺に分けるだなんて思考が出てくるはずがない。
「はいはいわかってるって」
「……ペペロンチーノ少し分けてくれるなら考えないでもない」
絞り出された妥協案。
おい、それでも「考えないでもない」なのかよ。そこは確約してくれよ。
「それお前が食べたいだけだろ」
「まさか」
ふふっと口元を手で隠して笑う三栖。どこぞのお嬢様かと錯覚するが、実情はただの腹ぺこな女王様なんだよな。あ、これ言っちゃだめなんだっけ。
待ちきれないのか彼女は店員さんを呼ぶボタンを押す。
「ご注文をお伺いします!」
「じゃあ私は……」
メニュー表の上を三栖の指が走る。
「ボンゴレビアンコで」
「じゃあペペロンチーノでお願いします」
数秒の沈黙。
「ではボンゴレビアンコ1つとペペロンチーノでよろしいでしょうか」
俺たちは揃ってうなずく。揺れる彼女の髪に目が吸い寄せられる。
あれ、どこか違和感が。
「髪染めた?」
店員さんがテーブルから離れてから、ぽつりと聞いてみる。
彼女は少し目を大きく開いて、指を髪に絡めた。
「あなたそういうところ気付くのね」
「なんだと思ってるんだ俺のこと」
「この前のお休みに染めたんだけど、言ってくれたのはあなたで2人目よ」
おしぼりで手を拭くと、三栖は優しく微笑む。
おいおい含みがあるな、2番目か。会社で彼女とそれなりに雑談する……もとい、雑談してくれる人なんて限られているはずだ。
「今ちょっと私に不都合なことを考えてるわね?」
「まままさかな」
机の下で鋭い蹴りが飛んでくる。先の尖った靴で蹴りは反則だろう。最早武器じゃねぇか。
まぁでも誰が1番目なのかはわかった。
「九重さんか?」
俺たち2人の教育係で法務課の紛うことなきエースだった、九重 すずね。
身長は俺と同じくらいでパンツスーツを着こなす彼女は、その仕事ぶりからもルックスからも人気が高い。1年目の時は俺も三栖も仕事が分からないことだらけで、よく彼女の後ろについていったものだ。
今は別の部署に異動してしまったが。
「ん、そう」
入社当時から話しているからか、三栖も九重先輩に懐いている。そういえばたまにランチするって聞いた気もする。
なんて雑談をしていると、真っ白なお皿が運ばれてくる。
湯気立つパスタの香りに誘われて、俺たちの表情も綻んだ。
素早くフォークを三栖に渡して手を合わせる。
「「いただきます!」」
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