第13話 〆は麺よりお茶漬けで④

「帰るわよ!!」


 店を出た途端、彼女は大きな声で宣言する。言われなくても帰るんだが。1次会が終わった時とは違って三栖は笑顔を浮かべているものの、足は依然としてフラフラである。


 道脇の柵や電柱に当たりそうでヒヤヒヤする。


「お、おい、帰れるか……?」


「なによ。ぜんぜん酔ってないし〜」


 こちらを向きながらも千鳥足で進む三栖。頼む、前を向いて歩いてくれ。

 機嫌が良くなったのは大変ありがたい話ではあるんだが、如何せん心配だ。夜は遅いと言っても終電までは時間がある。

 これは……。


「あー、三栖さんや」


「なーに?気持ち悪い呼び方して。四条君」


「俺タクシーで帰ろうと思うんだが相乗りしていかないか?」


 彼女はぱちくりと目を瞬かせると、花が咲いたように笑み浮かべた。

 普段眉間にシワが寄っているのを見続けているから、こういう不意にかわいい顔されると困るんだよな。


「え〜四条君がそこまで言うなら一緒に乗ってもいいけど」


「おい、あんまり調子乗ってると置いてくぞ」


「ごめんなさいってば、ん!」


 俺の前に来たかと思えばずんっと腕を差し出される。ふわっといい香りが鼻を撫でた気がするが、きっと気のせいだ。

 腕を掴めってことかよ。


「え、何」


「タクシーのとこまで連れてって!歩くの疲れた」


 わがまま女王様過ぎる。

 仕事中は厳しいけど、こっちが本性だったりするんだろうか。まぁ仕事以外でほとんど会うことのない俺にはそこまで関係ないが。

 それでも今日は絡まれて大変だったろうし許してやろう。せいぜい明日、酔いが覚めた頃に1人で悶絶してくれ。


「はいはい、何歳なんだお前は。ほらいくぞ」


 彼女の細い腕を掴んで歩き出す。

 いつもは前を歩く三栖が隣に、しかもこんなに近くにいるのは不思議な感覚だ。


「ふふ、四条君って優しいよね」


「褒めても何も出んぞ」


「タクシー代とか出るかもしれないじゃない」


 それは元々出そうと思ってたよ。

 駅のタクシー乗り場に着くと、長蛇の列を成している車へ。


 俺たちが近付いたのを察して運転手さんが後部座席を開けてくれる。

 さっと乗り込んで三栖へ顔を向ける。


「ほら家の場所言ってこいよ」

 

 彼女は身を乗り出して運転手さんに住所を呟くと、こちらへ身を寄せる。


「そっち寄れよ狭い狭い」


「重い?」


「んなこと言ってないだろ、どんな聞き間違えだよ」


 体重をこちらに預けて目を閉じる三栖。

 そのまま……あ、まてこいつ寝ようとしてやがる。


「寝るのはまずい、起きてくれ」


「え〜このまま連れて帰ってくれるんじゃないの」


 ふにゃふにゃの返事、こいつ飲みすぎるとこんな感じなのか。

 次から飲みに行く時気をつけないと。というか飲みつぶれるなんて大学生までにしてくれよ。学生なんて何してもだいたい許されるんだから……会社の飲みでこの状態になったら目も当てられんぞ。


 いくつかの信号を通り抜けて彼女の住む街へ。

 腕時計を見るともういい時間、やっぱりタクシー拾ってよかった。


 隣にはむにゃむにゃ言ってる三栖。

 腕に抱きつかれているせいで、さらさらの髪が首を撫でる。まったく、勘弁してくれ。


 やがてタクシーは速度を落とす。彼女のマンションに着いたみたいだ。


「すんません、ちょっとこいつ送り届けてもいいですか?」


 快く頷いてくれた運転手さんに感謝だな。

 外へ出て、未だにむにゃむにゃしてる三栖をタクシーから引きずり出す。


「ほら着いたぞ」


「あれ、なんで四条君が私の家の前に?」


 寝惚けてやがる。


「いいから帰って寝るぞ、タクシー待たせてるからはよ」


 ずるずると彼女をマンションのエントランスに押し込んでいく。


「んじゃちゃんと寝ろよ!」


「あ、ちょっと!」


 段々頭が覚醒してきたのか、いつもの彼女の顔に戻りつつある。

 記憶もそのまま残ってぜひ恥ずかしがってくれ。


 エントランスから足早に出ようとすると、ぽすっと背中に衝撃。

 振り返れば彼女が顔を赤くして佇んでいた。


「四条くん……」


「ん?」


「あの、えっと、今日はありがとう……それだけ!おやすみ!」


 ぱたぱたと踵を返して自動ドアの奥へと彼女は消えていく。

 思わずぽかんと空いた口が塞がらない。ほんと、こういうかわいいところは程々にして欲しい。心臓に悪すぎる。


 タクシーを待たせていることを思い出し、弾かれたように足を動かす。

 ああいうところを見せれば彼女が遠巻きにされることもないのに、人見知りとかいうデバフが強すぎるだろ。


 熱を持った頬を冷ますように手で扇ぐ。

 あぁ困った、本当の意味でどきっとさせられるなんて思ってもみなかった。


 バタン、と車のドアを閉める。


 今は車内の空調の風よりも夜風に当たりたくて窓を少し開ける。

 暑く感じるのは、夏のせいだけではなさそうだ。




◎◎◎

こんにちは、七転です。

ここまでで一旦区切りかなぁと思ってます。

続きは本当に1文字も書いてません!

私の気力があれば……!


話は変わりますが、明日私の『営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常』が電撃文庫様から刊行されます。

もしよかったら、お手に取っていただけますと幸いです。


ではまた!

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