第12話 〆は麺よりお茶漬けで③

 出汁の香りと共に運ばれてきたのは2つの器、立ち上る湯気に目が覚める。


「〆にお茶漬けっていいわね……」


 しみじみとした声で呟きながらも、既にレンゲを持ち上げている三栖を見て思わず笑ってしまう。


「なによ」


「早すぎだろ」


「冷めちゃうじゃない」


 それもそうか。

 俺もレンゲを手に取るとお茶漬けの海へと足を踏み入れた。

 まるで砂浜に立った城を崩すかのように白米を掬う。


 テーブルから口までの数秒間で出汁の香りが強くなる。それだけでさっきまでアルコールに浸っていた脳が冴えてくるからすごいもんだ。


 ひと口、どこから安心する味。しかし家では到底作れないようなお店の味。思わずため息が漏れた。


「「はぁ」」


 同時に口から吐き出した息に驚いて前を見ると、三栖もこちらを見ていた。どうにもその顔がおかしくて、口の端が上がってしまう。


「あなたと被るなんてね」


「文句あっか?」


 笑いながら凄んでみると、彼女は大きく口を開ける。


「いいえ、仕事以外のあなたのことは……嫌いじゃないから」


「むしろ俺の仕事を好きでいてくれよ」


「あれで……?」


「うるせぇ、あれでだよ」


 話しながらもレンゲは次々と口へ運ばれていく。器の中にできた城が半分ほど崩れたところで彼女から水を向けられる。


「私、ああいう飲み会はもういいかも」


「つまらなさそうな顔してたもんな」


 2人で飲みに行く時と違って顔の表情が消えた三栖を思い出す。

 人見知りなのか、そもそも話すのが苦手なのか……いや俺とは普通に、というか法務課の中では普通に話せてるしなぁ。


「ちょっと近くに座った人に絡まれるのが面倒で……名前はもう忘れちゃったんだけど」


 あーたしかに絡まれてたなぁ。こいつ顔はいいからな、顔は。


「あなた、そんなに私のこと見てたの?」


「違うわい、たまたま目に入っただけだ」


 いつの間にか空になった器を前に温かいお茶を飲む。満足満足、これ以上はもうお腹に入らない。

 20代も半ばを過ぎた頃から飲み会の定番メニューの揚げ物たちが辛くなって来たのだ。代わりに煮物や汁物、おひたしや漬物がいい塩梅のツマミになってしまった。


 目の前に座る三栖はこの前たらふくラーメンにチャーハンを食べていたが……どうして胸焼けしないのか、どうして腹回りがあんなにもスリムなのかわからない。


「ちょっと、変なとこ見ないでよ」


 無意識にきゅっとへこんだお腹に目が向いていたようだ。それにしても鋭いな。


「見てないって、自意識過剰かよ」


「こういうのって気付くんだからね……」


 ジト目を向けられたなら仕方がない、潔く謝ろう。


「すまんかった」


「ま、いいけど〜」


 俺のことを手のひらの上で転がして遊んでやがる。


「四条くん私に興味あるんだ、へぇ」


「まぁイチ同僚としてな」


「それ以上は?」


「……ない」


 ないったらないのだ。

 俺と話すように他の人と話せたら、こいつの周りにも沢山の人が集まるのに。

 もしそうなった時に果たして、俺は心から祝福できるのだろうか。いや、友人として祝福すべきなんだろう。


 だが、あと少しくらいはこの素直でかわいい三栖を独り占めしたい気持ちがないわけではない。

 というかそんなことを聞いてくるなんて、こいつもしかして。


「そんなに気になるか?もしかしてお前俺のこと好きだったする?」


「いいえ、微塵も」


 光の速度でばっさり。なんなら俺が言い終わる前に否定してたよな。


「そこまではっきり言うなよ」


そういうの・・・・・、できないのよ私」


 こいつはこいつなりに悩んで今があるのだろう。三栖の過去を知らない以上、不用意に踏み込むべきじゃない。


 どこか遠くを見るような、欲しいものに手が届かないような、一瞬だけ羨望の光を放った彼女の瞳は閉じられる。


 これもきっと俺の独りよがりな妄想で、彼女からすればとばっちりなのだろう。

 少なくとも俺がすることは数年前から変わらない。


 見た目だけは100点、コミュニケーションは0点の寂しがり屋な同僚のご飯のお誘いに、嫌々付き合うだけだ。







◎◎◎

次回で一区切り!

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