カゼ二ユレル

みゅう

秘めた想い

 これから部活のあるはま貴子たかこ挨拶あいさつを交わし、足早に教室を後にする。

 それを見送ってから、私は貴子の元に向かう。


「渡したの?」


 開口一番、私は貴子にそうたずねる。


「ううん。まだ……」

「まだって、部活行っちゃったじゃん」

「うん……」


 今日は二月十四日。つまり、バレンタインデーだ。


 貴子は濱にチョコを渡すべく、数日前から準備を進めていて、私もそれを手伝った。

 なのに――


「直接渡すって言ってたじゃない」

「そう、なんだけど……」


 いざその時になったら、怖気おじけ付いたらしい。


「いいの?」

「だって……」


 まったく。こういうところは、昔から変わらないんだから。


 貴子と私は小学校からの付き合いで、今年で八年目になる。仲良くなったきっかけは、教室で一人寂しそうにしていた貴子に私が話し掛けた事だ。放っておけなかったというのもあるが、それより何より貴子と友達になりたいと当時の私は強く思ったのだった。


 貴子は昔から、ここぞという時に尻込しりごみしてしまうタイプだ。委員会の立候補、部活の見学、志望校の記入……。その全てで私を頼り、最終的に私も手助けをしてきた。しかし、今回のこれは……。


「大丈夫だって。貴子、濱と仲いいじゃん」

「それとこれは別だよ……」

「貴子からのチョコなら、アイツも喜ぶって」

「そんなの分かんないでしょ」


 めんどくさ。はたから見たら明らかに両想いなのに、なんでそんなに自信がないんだか。


「下駄箱にでも入れておこうかな」

「名前も書かずに?」

「うっ」


 図星を突かれ、貴子が変な声をあげる。


「ホントにそれでいいの?」

「良くないよ。良くないけど……」


 そんなやりとりをしている間にも、時間は刻一刻こくいっこくと過ぎていく。

 濱が部室に着いてしまえば、どちらにしろタイムオーバー。手渡す事は叶わない。


「帰ろっか」

「え?」


 突然の手のひら返しに、貴子が驚きの表情を私に向ける。


「だって、渡さないんだったら、時間の無駄でしょ?」

「……」


 意地悪いじわるな言い方だったかもしれないが、これぐらい言わないと貴子には効かない。まぁ、多少は私情も入っているが、ほんのひとさじ、隠し味程度だ。


「で、どうするの?」

「私は――」

「残念。時間切れ」

「え?」


 教室の出入り口に、肩で息をする男子生徒の姿があった。


 まだ教室に残っていたクラスメイトから、「どうした、濱」「焦り過ぎ」「ウォーミングアップか」などとからかいの言葉が次々飛ぶ。


 それに「うっせー」と言葉を返し、濱がこちらにやってくる。言葉とは裏腹に、その顔には笑顔が浮かんでいた。


「どうしたの?」


 貴子が驚きと動揺を入り交ぜた表情と声で、近くに立った濱にそう尋ねる。


「いやー、かばんの中にリストバントが見当たらなくてさ、アレないとどうもやる気が……」

「それってこれの事?」


 私はスカートのポケットから、青いリストバントを取り出す。


「そう、それ……ってなんで市川いちかわが持ってるわけ?」

「たまたま?」

「たまたまかー」


 濱は私からリストバントを受け取りながら、そんな風にして笑う。


 馬鹿ばかだ。というか、人を疑う事を知らないのか、こいつは。心配だ、こんな奴に本当に貴子を任せていいのか?


「じゃあ、これ、サンキューな」

「あ」


 再び立ち去ろうとする濱を見て、貴子の声が呼び止める。


「何?」

「あの……」


 ここに来てまだ尻込みするか。……仕方ない。私がひと肌ぐか。


「濱、あまり時間ないんじゃない?」

「え? あ、そうだな」

「だったら、歩いてしゃべったら」

「――っ」


 私の提案に、貴子の顔色が変わる。逃げ道をふさがれた事に気付いたのだろう。


 これでもなお逃げるようなら、もうチョコを渡すのはあきらめた方がいい。


「あー。だな。そうしてもらえると助かる。後十分もしたら、練習始まっちゃうし」

「ほら」


 貴子の背中を叩き、始動しどううながす。


 この状況ではもう逃げられないと観念かんねんしたのか、貴子が立ち上がり鞄を手にする。


「昇降口で待ってるから」


 それを見届けると、私は二人から離れ自分の席へと戻った。そして鞄を手にし、一人教室を後にする。


 廊下を歩き、考える。


 果たして、貴子はチョコを渡せるだろうか。まぁ、渡せなくても、二人が付き合うのは時間の問題な気もするが。まったく。何が悲しくて、人の恋路こいじにここまで気を回さないといけないのか。私にはなんの得もないのに。


 いや――

 得ならあるか。幸せそうな貴子の姿が見られればそれで……。


「あぁ」


 と一人つぶやく。


「私の方がずっと前から好きだったのにな」


 言葉にしてしまうと、途端とたん悲しくなってくる。


 好きだからこそ、相手の幸せをいのって身を引いてしまう。その事を後悔すると同時に、正しい事だとも思う。だって、私の思いは届かないから。

 だから、八年越しのこの思いはそっと胸の奥にしまっておく。この後、昇降口で貴子を笑顔でむかえるために。

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カゼ二ユレル みゅう @nashiro

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