第58話 妖狐
最初の行方不明者が届けられてから二週間が経った。
ここまでの全行方不明者は5人。
交野市以降は、29日京都府
そこでぱったりと途絶えた。
妖狐は吉野から岩湧山、飯盛山、交野市から笠置、と山を使って逃げている。
北に向かっているのなら、京都との県境付近に
ハイキングコースを大きく外れての捜索は、自分たちが遭難する可能性があるので、無理はできなかった。
幽世側も動いているのか、京都と三重に妖狐が入った形跡はないらしいと、所長から聞いたのは7月末。
奈良側の捜索は、
奈良にいるのはほぼ確定され、調査にも熱が入る。
そして
2日前に降ったゲリラ豪雨のせいで、水分を含んだ山の土はぬかるみ、歩きにくい状態だった。だからこそ、その痕跡に気づいた。
細い登山道の一部に深めのくぼみがあった。水が少しだけ溜まっていて、避けようと思ったところで、おかしいと気がついた。
「これ動物の足跡か?」
大きさはゾウの足跡に近い。ひときわ大きなくぼみの前に、四つの小さなくぼみ。それは先が尖っていて、爪を立てたように見えた。
野生動物の可能性もあるけど、それにしては大きすぎる。ここがアフリカならライオンかと思えなくもないけど、ハイキングができる山にライオンがいれば、騒ぎにならないわけがない。
霊感のない人には視えない妖だからこそ、目立たず生息できているのではと思えた。
所長と冬樺も呼んで見てもらうと、冬樺は間違いなく妖狐の足跡、それに匂いから父親だと断定した。
そこからはハイキングコースを外れて調査をすることになった。
冬樺の鼻を頼りに歩き回り、洞窟を見つけたのは新月前日の昼頃だった。
「間違いありません。あそこにいます」
冬樺は苦い物でも噛み潰したかのような表情で、洞窟に目をやった。
「一度帰るぞ」
冬樺以外は新月の影響を受けている。妖狐も同じでケガも負っているが、それでも三人では戦力が頼りない。佐和を含めた応援が必要だと、所長は判断した。
引き返そうとしたタイミングで、冬樺が「無理ですね」と呟いた。
洞窟からそれが姿を見せた。
ゾウよりもはるかに大きく、ライオンのような獰猛さで、夏樹たちを見下ろしてくる。
「でっか」
あまりの迫力に、夏樹はただただ茫然と見上げた。
「覚えのある匂いだと思うたら、お前は弟の方ではないか」
低くがらがらとした声からは、久しぶりの親子の再会とは思えないほど、情を感じなかった。
「匂いは変わらんが、器は成長したようだな。しかし、なんじゃそのちっぽけな妖力は。儂の血を分けたにも関わらず、貧弱よのう」
くくっと、馬鹿にするように喉の奥で嗤う。
振り返ると、冬樺は一声も出せず、苦痛そうに顔を歪めていた。
「お聞きしますが、あなたが吉野で天狗と揉め事を起こした妖狐ですか」
所長が歩いて、妖狐と夏樹たちの間に入り、妖狐に訊ねた。
「ふん。不愉快なことよ。ちいと間違えて吉野に入ってしもうてな、息の荒い天狗に見つかった。あんな小者に後れを取るとは、儂も年を食ったな。情けなや」
「人の社会で行方不明者が出ています。あなたが襲ったのは間違いありませんか」
「人? ああ、喰った。天狗につけられた傷が思ったより深手でな。妖力が零れてしもうて、回復のためにな。ここまで逃げるのも、少々難儀した」
「認めるのですね。では、我々はあなたを退治せねばなりません。冬樺の父親といえど、人に害をなす妖は、退治の対象となります」
言うなり、所長は弓を作り出し構えた。
いきなりか、と思いつつも、夏樹も咄嗟に体が動いていた。
三本の矢が妖狐に向かって真っすぐに飛んで行く。
夏樹が、矢の後を追うように走る。
妖狐は軽々と跳び、矢をよけた。三人がいる方に向かってくる。
夏樹も走りながらジャンプし、妖狐を迎え撃つ。
空中で振り下ろされる爪をよけ、下から顎を蹴り上げた。
んぐっと堪えるような声が妖狐から聞こえる。
妖狐の腹に、所長の弓が三本刺さっていた。真下から所長が打ったらしい。
夏樹は妖狐の鼻をむんずとつかむと、体の向きを変え、下顎に両足をかけた。
膝を曲げて力をこめ、蹴りながら手を離した。
反動で妖狐は飛んで行き、洞窟に当たり、崩れた洞窟の上で腹を見せた。
所長の矢が、どすどすと刺さっていく。
立ち上がろうとしているのか、妖狐が悔しそうに歯をぎりぎりと軋ませながら、体を動かした。
着地した夏樹は、すぐさま妖狐に向かった。立ち上がる前に、ぼこぼこにしようと。
「この、小童が!」
怒りの声とともに、きらきらとしたものが押し寄せてくるのが視えた。
「夏樹!」
「夏樹さん!」
あっと思った直後にきらきらに飲み込まれ、頭が割れそうなほど激しい頭痛を引き起こした。
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