第57話 狐と犬の違い

 え? と驚く前に、夏樹は吹き出しそうになった。冬樺らしくない、中二病な発言。さすがに堪えたけど。


「なに言うてんの? 妖狐は狐。冬樺は犬の妖やろ?」

 尖った耳、長いマズル。もふもふの太い尻尾。豆柴に似た外見の、犬の妖。


「夏樹こそ、何を言ってるんだい。冬樺は狐の妖だよ」

「え? うそやろ?」

 所長の言葉とはいえ、すぐには飲み込めない。かといって、嘘をついているようにも見えない。二人とも、真面目な顔つき。


「本当ですよ。犬じゃないって僕言いましたよ」

「いつ?」


「揚羽さまの猫探しのときです」

「あれは、人になりたいから、犬扱いするなって意味ちゃうの?」


「違います。犬じゃないから、犬じゃないと言ったんです」

 所長が吹き出した。下を向いて隠したけど、肩が激しく揺れている。


「まじで狐なん? ずっと犬やと思ってた」


「夏樹とは8年の付き合いだけど、そんなに天然だとは思ってなかったよ」

 所長は目尻を拭う。笑いすぎて、涙まで出てきたらしい。

「まあ、狐と犬は同じ種目だからな。どちらも食肉目イヌ科。特に柴犬は狐に似ているといわれているからね。しかし、山育ちの夏樹が、犬と狐を見間違えるなんて」


「そんなに笑わんといてぇな、所長」

 気まずい。ケンカの後以上に気まずい。けれど、ケンカをしていたのを忘れて、いつものように話せた。そのきっかけにはなった。


「そのうち気づくだろうと思っていたんですが、気づいていなかったんですね」


冬樺はいつもと同じ。夏樹と話せても、嬉しくはないのだろう。


「なんか、ごめん」


「別にかまいません。いまさら正体がわかったところで、支障があるわけではないですから」

「支障はあるやん」


「どんな支障ですか」

「父親が退治の対象になるかもやねんで」


「そうですね。それが何か?」

「ほんまにええんか」


「何も思いません。言いましたよね。あの人と関わりたくないと。でも、人を襲っているのなら、放置はできません。怖いし、嫌ですけど、子どもとして放ってはおけません」


「自分の父親でも、退治するってこと?」


「します。それだけは断言できます。日和ひよりません。あの人にかける情は、持ち合わせていませんから」


「ほんなら、なんで暗い顔してんねん。旅館の照明のせいだけやないやろ」

 冬樺の顔はいつもと変わらないように見える。でもいつもとは少し違う。


「暗いですか。そんな顔をしていますか? だったら、それは責任を取らないといけないと思っているからです。自分が望んで妖の子どもに生まれてきたわけではないですが、そう生まれてしまった以上、責任を取らないと。ご遺族への補償ができないのは、心苦しいですが」


 夏樹は小さく溜め息を零す。やはり、正反対だ。血を分けた父親にさえも、冬樺は冷酷になれる。裏を返せば、それだけ冬樺の子ども時代が悲惨だったのだと読み取れた。


 理解はしたいと思うけれど、

「自分の手でできるん?」


「力はまだ及ばないでしょう。所長のように弓は作れませんし、浄化の力が自分にあるのかもわかりません。しかし例え力が及ばなくても、気持ちだけはあります。それが僕の責任の取り方です」


「覚悟してるんや」


「覚悟? それはどういう覚悟ですか? 子どもが親を手にかける覚悟ですか? それは違います。覚悟が必要なほど、僕は迷っていないし、心構えも必要ありません。むしろ悔しいぐらいです。僕の力が弱いことが」


 冬樺の言葉に、迷いは欠片もない。むしろ強い口調。

 説得をするつもりはない。けれど、冬樺が責任を取る必要があるのかと思ってしまう。誰かに、他人に任せてしまってもいいんじゃないかと。

 でもきっと冬樺は、自分の手で終わらせなければいけないと言うだろう。


「オレは、ごめん。理解できひんわ」

「しなくていいです。あなたにはあなたの、僕には僕の価値観があるんですから。強要しようと思いません」


 やっと話せたのに、また意見が分れた。

 夏と冬。水と油。どこまでいっても一つになれない、混ざり合えない正反対のもの。

 夏樹が子どもで、冬樺は大人。なのだろうか。


「わかりあえないのは仕方がない。でも相手がどう考えているかを知ることは大切だよ。夏樹は冬樺を、冬樺は夏樹を知るために、たくさん話せばいい。ケンカだって時には有効かもしれない。力に訴えるのだけは、絶対にダメだけどね」

 静観していた所長が、間をとりもつように言った。


「夜も遅いし、今日はここまでにしよう。僕は、明日は大阪周りで聞き込みをしながら帰るから。土曜日だし夏樹は休み。冬樺も帰宅するように」


「もう少し情報を集めてもいいですか。夜には帰りますから」

 冬樺は明日も、吉野で情報収集をしたいらしい。


「わかった。無理をしないようにね」

「オレは? オレも吉野行こうか?」


「いえ、ひとりで大丈夫です」

 言葉尻に被せるように、冬樺に断わられた。


「夏樹は病み上がりだから、休息をしっかり取るように。それが仕事」

「わかった」

 夏樹は所長の言葉に、素直に従った。

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