第55話 鬼の伝説

「下り坂になるんや」

 いきなり急な下りが出てきて驚く。高架の坂を過ぎると、景色が一気に開けた。


 左には民家と山が続いているけど、右手は谷のようになっていて、畑や棚田があった。

 下り坂がずっと続く。道幅が広くなっていき、生駒側は、歩きやすい道だった。


 気配を探りながら歩いていくと、また分岐が出てきた。看板に鬼取方面と書いてあり、山に向かう道を行く。

 急な坂道を下りて行くと、立ち並んだ民家で、弱いながらも妖の気配を感じた。


 探し当てた民家の呼び鈴を押すと、女性の声で応答があった。

 人を捜していて、話を聞かせて欲しいと伝えると、60代ぐらいだろうか人の良さそうなおばさんが出てきてくれた。この人は、人間だった。


 所長に教えられたとおりに、探偵事務所の名刺を渡して、怪しい姿を見かけなかったと訊くと、おばさんは首を傾けて考えてくれた。


「怪しい姿言うてもねえ、この辺はお店目的の人か、暗峠通る人ぐらいしか来んのよ」

「人じゃなくても、辺な動物とか見ませんでしたか」


「覚えはないわ。ごめんやで」

「ここは鬼の伝説が残ってるやないですか? 子孫いてるんですか?」


 おばちゃんはきょとんとした後、あははと笑った。

前鬼ぜんき後鬼ごきの伝説あるね。信じてるの? かわいらしいねえ。昔の人は、空想が好きやったんかなあ」


 笑われてしまっては、深く訊きこむことはできなかった。

 おばさんに礼を言って立ち去ろうとしたところ、


「なんや、おまえ」

 低く、咎めるような声が玄関から聞こえた。


 年配の男が怖い顔をして立っていた。妖の気配を立ち上がらせている。

 おばさんがいる玄関を閉じて、男が外に出てくる。


 夏樹がよろず相談所の方の名刺を渡すと、ひったくるように受け取った。

「おまえ、霊力がんがんやないか。何の用やねん。こんな所まで来て」


「行方不明者が近くで出てるんで、調査してるんです。おじさん、鬼の血流れてますよね」

「ほんで、俺の仕業かと、疑っとるんか」


「違います。怪しい奴を見かけてないか、訊きたくて」

「帰れ! ひっそり生きとんのに、おまえらみたいな物好きが掘り起こしてくる。俺は何もやってない。帰れ!」


 疑われたと勘違いをしている男は、どれだけ違うと言ってもわかってくれなかった。

 捨てられた名刺を拾って、夏樹はここでの聞き込みを諦めた。鬼の気配は男以外からはもうない。


 気を取り直し、もともと予定した宝山寺まで歩いていくことにした。

 門前町に向かう山の中の道を歩いていると、狸がひょっこり道に現れた。


「おっ、かわいいな」

 思わず声をかけてしまった。遠目で見ようとしていたのに逃げられるな、と思っていると、意外にも狸の方から寄ってきた。


「あれ? 妖やん」

 見た目は完全に狸だけど、普通の獣にあるはずのない妖力が見えた。


「そうでしゅ。ボク、狸の風五郎ふうごろうでしゅ。お兄さんは、変わった気配したはりましゅね」

 夏樹が腰を下ろしたことで敵意がないことを察知してくれたのか、小さな四本足を動かして近寄ってきてくれた。


「変わった気配って言われたん初めてやわ。霊力高いだけやで」

「それが霊力なのでしゅね。ボク初めて感じましゅた。少し前に怖い気配を察知したので、見回りに来たんでしゅ」

 夏樹の目の前で、ちょこんと座る。


「少し前って、どれくらい?」

「どれくらい? わからへんでしゅ」

 狸に日付や数字はわからなさそうだから、いつの事だったかを聞くのは諦めた。


「怖い気配ってどんなんやった?」

「どろどろした怪しい気配でしゅた」


「どろどろした気配。姿は見た?」

「怖すぎて遠くから見れへんかったけど、あれはボクたちの天敵、狐でしゅ」


「狐の妖ってこと?」

「アレは普通の狐やないでしゅよ。とてもとても大きかったでしゅもん」


「でっかい狐か。わかった。教えてくれて、ありがとうな」

「霊力さんのお力になれたんでしゅか? よくわかりませんが、良かったでしゅ」


「オレは岩倉夏樹っていうねん。今、何も持ってないから、お礼あげられへんけど。風五郎は、奈良に来れるか?」


「奈良?」

「名刺渡しとくわ。ここに来れることがあったら寄って。オレもここに来れそうやったら、土産持ってくるわ」

 取り出した名刺を渡すと、風五郎は器用に両手で受け取った。


「はいでしゅ。長老に伝えておくでしゅ」

「よろしくな」


「あの……狐のことで、ひとつ気になることかあるでしゅよ」

 風五郎は初対面の夏樹に、出し惜しみをしないで情報をくれた。

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